熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

イギリスで一番美しいのは樹木・・・カレル・チャペック

2007年04月16日 | 海外生活と旅
   戯曲「ロボット」で有名なチェコの作家カレル・チャペックが、1920年に国際ペンクラブ出席で訪れたイギリスについて書いた紀行記「イギリス便り」を読んだが、時代の違いもあるが、非常にユニークな視点が面白い。
   第一印象と言う書き出しで、語り始めるのはロンドンのお巡りさんの素晴らしさで、古代ギリシャの神々もかくやとばかり、美と壮大さを基準に採用されたと断言せざるを得ないと言っているのだが、この警官や牧草地と共に、特に美しいのは主として樹木、みごとに肩幅の広い、年輪を重ねた、枝を四方に張りめぐらし、のびのびとした、おごそかな、とても大きな樹木である、と言っているのである。

   手元にあった写真を口絵に使ったのだが、これは、初夏グリーンパークを急ぐ乙女を撮った写真で、こんな感じの公園がチャペックのイメージかと思う。
   チェコは、残念ながら、プラハだけしか知らないのでチャペックの故郷の森や林がどんなのか分からないが、私の見たドイツやハンガリーに近いとするならば、どうも、原始林的な鬱蒼とした森林がかなり多く残っていて、大木はその一部を形成していてイギリスの森と違うと言うことかも知れない。
   イギリスでは、徹底的に原始林を切り開いて開発して、新たに植林しなおされているので、大きな木は、広々とした公園や芝生の緑地に、単植されていたり、比較的空間を作って植えられている。
   このために、木が自由に伸び伸びと大らかに育って行って、あの品格と威厳を備えてくるのであろうと思う。

   私の良く通った散歩道でもあったキューガーデンなども典型的なイギリスの庭園で、こちらの方は、植物学の学問研究のために多少の違いはあるが、やはり、広々とした空間に、巨大な大木が、堂々と風格と威厳を備えてそそり立っている。
   この風景や景観は、幾分新宿御苑に似ているが、もう少し自然に近い。

   もう一つ、公園でチャペックがビックリしているのは、東欧のように公園に歩行者用の小道を作って通るのではなくて、芝生の緑地をそのままじかに歩けると言うことであった。
   古い樹木の醸し出す森の中に一面に敷き詰められた緑の絨毯の上を、自由に散歩を楽しめるイギリスは、これまで見てきた国々のうちで、いちばん、おとぎ話のようで、ロマンチックな印象を与えたと語っている。

   ハンプトン・コート、リッチモンド・パーク、ウィンザーなどを訪れたようで、これらは何れも王室の宮殿や狩場の森や林だが、原始林的なところは一切ない綺麗に再開発された公園なのでそれなりに整備されていて美しい。
   勿論、イギリスのことだから、徹底的に自然らしく維持管理されているのは当然である。
   
   チャペックは、オランダから船でドーバーを渡ってフォークストンに降り立ったようだが、真っ白な断崖絶壁の出迎えが印象的だったのであろう、絵に描いている。
   鉄道でケント州の田舎をロンドンに向かった時、公園のように美しい自然風景に感激しているが、確かにイギリスのカントリーサイドは美しい。
   コンスタブルの絵のような牧歌的な風景は少なくなったが、車窓から見える田舎の風景には、豊かな自然がそのまま息づいている。
   河や湖沼なども、日本のようにコンクリートで固めたり目に見えるような形での河川工事が少ないので非常に自然である。

   チェコのボヘミアンスタイルの自然風景は、荒削りの自然そのままなので、イギリスの人の手の入った農村風景が美しく見えたのであろう。
   イギリス人が作り出すイングリッシュガーデンは、大変な人の世話と手が入っているのだが、如何にも自然そのものであるかのような風情を漂わせている。

   イギリスの名園を随分歩いたが、大陸ヨーロッパのような巨大な幾何学文様風に力で自然を組み伏せたような庭園は少ない。
   ローマやギリシャの廃墟のような点景を取り入れた不成形な造形を主体としたような庭園が多いが、この美意識は大陸ヨーロッパ人とは大いに違っている。
   自然の風景を徹底的に訓化して理想的な自然の佇まいを創り出す、それがイギリス人の美意識の根底にあるような気がしている。
   
   ところで、ここが凡人と違う所だが、チャペックは、この巨大な古木とイギリスの社会との接点を語っている。
   これらの樹木が、イギリスの保守主義に大きな影響を与えており、貴族的本能、歴史主義、保守性、関税障壁、ゴルフ、貴族達で構成されている上院、その他の特殊で古風な物事を維持している。巨大なオークの足下で、古い物事の価値、古い樹木の持つ崇高な使命、伝統の調和ある広がりを認めたいという危なっかしい気分、そして多くの時代を通じて、自らを維持するに足るだけの強さを持つ、あらゆるものに対するある種の尊敬の念を感じたと言うのである。
   私自身は、古木と伝統的保守主義のイギリス人気質の関係は、どっちがどっちと言うのではなく、両方が因であり結果だと思っている。

   更に面白いのは、古い樹木や古い物事自身には、悪戯な小鬼、風変わりで冗談好きのお化けが住んでいると言うチャペックの指摘である。
   真面目くさって謹厳実直な筈のイギリス人が、ユーモアたっぷりの冗談を連発して人を煙に巻き、何でも賭け事にしてしまう無類のギャンブル好き、これが世界に冠たるイギリス人のイギリス人たる由縁でもある。
   正装ホワイト・タイでの大晩餐会で、フィリップ殿下のスピーチ中、何分で終わるかを賭けて掛け金を集める為に帽子を回しているイギリス紳士の仲間に入ると、不思議にイギリス社会が分かったような気になった、そんなロンドン生活が懐かしくなった。
   
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