レギュラー基準

夏休みが始まる前に、子どもたちに伝えたことがあります。

「夏以降の試合のレギュラーは、6年生最後の大会ばかりになる。だから夏休みに努力した子が試合に出るのが当然だと思っている。練習を休まない子が出るべきだと思っている。これまでの辰巳ジャンプの先輩たちも、みんなそうしてきた。さて、みんなはどう思うか?」

この提案に対して、今年の辰巳ジャンプの子どもたちも同意しました。そして毎回の練習のスタートで、このことを確認しながら取り組んでいます。


6月末にも子どもたちに伝えたことがあります。

「秋に向けて、7月中は個人技術を上げるために、自分の課題に取り組んで、技術を上げる月にする。だから新しい技術とか、これまでの技術を向上させるのは7月中しかないと思ってほしい。7月中はできるだけ何も言わないようにする。自由にいろんなことをやりなさい。ただし8月はチームとしてまとめていく月にして、トップを走っているチームに追いつこうと思う。」

こうしたことを、これまでの辰巳ジャンプの卒業生には、私から伝えなくても自分で自分の道を選んで練習参加していました。

「私は都大会に出て勝ちたいから、今年は親戚の家に遊びに行かないで練習する。」
「宿題も早く終わらせて、バレーの練習にかける。」
「親を説得して、練習には全部参加する。」

子どもたちの父親から私によく語りかけられた言葉は、
「これまでは自己主張をせずに、家族の予定に合わせていた我が子が、どうしてもバレーの練習に出たいから帰りたいと言うんです。家庭的には残念な気持ちはありましたが、我が子がそこまで思いをかけることができたことに嬉しくもなったんです。だから親戚に自慢をしながら帰ってきました。」



この夏、あることがきっかけになり、自分の夏休み中の「休み(夏季休暇5日、週休日の変更2日半)」はすべてチーム練習を入れました。勤務校が明治7年開校以来の140周年という節目を迎えているので、立場上、夏休みなどないとも言える状況です。ゆっくり自分のことをする時間は、先日練習を休ませていただいた、8月2日の「マインドマップ・アドバイザー資格取得講座」への参加くらいしかありません。(資格はしっかり取らせていただきました。ありがとうございました。)

こうした私の思いに応えようとする子はいるわけです。
この絆が辰巳ジャンプの求めてきたバレーボールです。

練習によく来てくれる2005年チーム(江東区年間完全制覇チーム)の先輩たちがよく言います。
「私たちの時には、夏休みなんかなかったですよね。先生の車に乗って、あっちこっちに出かけて試合をしていましたよね。それが当たり前です。練習を休むなんてあり得ないですよ。」


8月、今年も練習を休まない子たちの努力によって、チームは徐々にまとまってきました。努力は必ず報われなくてはなりません。
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チームの形

6月15日に一時公開し、直後に削除したブログ記事を再び公開する。



1999年4月、私が大田区立徳持小学校から江東区立辰巳小学校に赴任しました。当時、徳持JVCを指導していた私は、週に4日、午後4時になると辰巳から徳持に通い、バレーボールの指導をしていました。
1999年6月、徳持JVCは予選を勝ち抜き、都大会初出場を果たしました。

1999年7月、辰巳ジャンプは辰巳小学校の校長先生の許可を得て、週1回の課外活動としてスタートしました。当時部員数は最大43名を数え、にぎやかに活動していました。8月に行われた東京都ソフトバレーボール大会では、男女1チームずつが表彰状を得て、発足1ヶ月にして成果をあげたことに校長先生も大喜びでした。

2000年4月、正式に都小連にチーム登録。辰巳ジャンプVCとして公式戦にも出場し始めました。

2002年2月、都大会初出場。(主将:ユメカ)

2005年には男女チームで都大会出場。江東区大会男女で年間完全制覇。ここまでチームとして一気に登ってきた感じでした。

2007年、私が辰巳小学校から江東区立香取小学校に転勤。これに伴い、チーム停滞。一時期部員が3人になり、公式戦に出場できず。

2008年、辰巳ジャンプを再度立て直すことを決意。これによって部員が次々入部する流れができる。
      新入部員のほとんどが2年生中心。2012年に確実に都大会に出られるよう長期ビジョンを立てて指導をするようになる。
      土日中心の練習しかできないため、長期計画でチームを作ることを決める。

2012年、7年ぶりの都大会出場。江東区大会準優勝。支部大会4位。

2014年、都大会連続出場。江東区大会第3位。支部大会3位。


チームにはチームの形がある。
長い年月をかけて、ここまで作り上げてきた形がある。
この形を、今は崩していく気はない。
支流に流れていたチームの流れを、本流に戻す行動を本気で開始する。
まずは「朝練や夜練はしない」とこれまで決めていたことを、遠慮しないで復活する。
私が知らないうちに怪我人が出ることが続いているからである。
その報告すら監督にないチームは危険だからである。
よって、6月をもって水曜日の夜練習をやめる。
空いた時間は学校の勉強をしたり、自主練をしたり、体調を整えてほしい。


辰巳ジャンプは、あくまでも辰巳ジャンプなのである。
他の価値観や思わくが入った場合は、辰巳ジャンプに戻す必要が生まれる。
監督の知らないところでチームを動かすことなど言語道断である。
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