小金沢ライブラリー

ミステリ感想以外はサイトへ移行しました

ミステリ感想-『天城一の密室犯罪学教程』天城一

2021年12月18日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「幻の探偵小説作家」天城一の初作品集。

2004年このミス3位、本ミス9位

~感想~
3部構成に分かれ、PART1は噂に聞いていた通りのすごい内容。事件の概要を語り終えるとともにシームレスに解決が語られそのまま幕を閉じる、伏線も手掛かりも何もなく、ただ事件と真相だけが残り、必要最低限のことすら描かれないのだ。
比喩でも誇張でもなんでもなく事件の概要からそのまま解決に直結して間にあるべきものが軒並みすっ飛ばされており、ザ・ワールドを見たポルナレフかキング・クリムゾンを体験したブチャラティになること請け合いである。
しかも解説は「至福の論理ゲーム」と持ち上げるが、その中身は催眠術、八百長、都合の良い機械、説明されない特殊設定、腹話術、無から急に生えてくる伏線や手掛かり、と残念なトリックか禁じ手ばかりで全くいただけない。
自作解題のPART2を挟み、PART3からは探偵役が入れ替わるのだが、PART1であれだけ有能だった島崎警部が急に金田一作品の刑事くらい無能になるのも大きな謎。浮世離れした摩耶正に翻弄され、その軽快なやりとりで読み物としての面白さは跳ね上がり、事件の概要も格段にわかりやすくなるものの、一方で伏線や手掛かりは相変わらず追加されないし、トリックは残念なままなので、ミステリとして楽しむことはほとんどできない。
異色の論文形式で描かれる「盗まれた手紙」で「そんな記述はどこにもない」などと言い放つがいったいどの口が言っているのかと小一時間問い詰めたくなる。(※だが収録作ではこれだけが唯一楽しめた)
昭和の黎明期のミステリだからと大目に見るには、鮎川哲也はとっくに密室三部作を、泡坂妻夫は亜愛一郎シリーズを書いているのだから、ただただ本作が駄目なだけなんだよなあ…。
また自作解題のPART2と巻末の密室作法・自作解説はそれなりに楽しめるのだろうが、密室トリックを分類するにあたり古今東西の有名ミステリのトリックの種類を数十作に渡って明かしているので、恐ろしくて読めたものではない。

(思ったよりはるかに酷かったが)もともとこういう作風だと承知して読んだからまだいいものの、問題は「ノックス・マシン」や「ニッポン硬貨の謎」や「独白するユニバーサル横メルカトル」の時と同じく、これをこのミス3位、本ミス9位と高評価した面々である。
本ミスはまだ許そう。でもこのミス3位って何?
いったい何を考えて、本当にこれを心から楽しんで投票したの? 数十作のネタバレももう全部読んでるからOKだった? みんな褒めてるから一緒になって褒めただけじゃないの? イキってメフィスト賞のアレに唯一投票した東大・京大ミス研と同じでは?
本作を楽しむためには、シンプルすぎる本編を十全に理解し、残念なトリックも至福の論理ゲームと讃えられ、数十作のネタバレも笑って受け入れられ、論文さながらの自作解題や密室講義を読んで恍惚に到れるという条件が必要不可欠であり、どう考えてもそんな人種は多様性を重んじる21世紀にも数えるほどしかいないだろう。
キン肉マンのアタル兄さんも必要最低限のことしか語らないキャラだが、ブロッケンJr.という理解者(通訳)がいて初めてその意図が伝わるのだ。投票者にブロッケンがごろごろいるとは思えないし、アタル兄さんだって最低限のことは語っている。

総じて初心者は絶対手出し無用なのはもちろんのこと、マニアを自認する向きでさえ取り扱い注意、というか怖いもの見たさで触れる程度にしておくべきだし、くれぐれも古典名作のネタバレを踏まないよう要注意のこと。
わざわざこんなキワモノに手を出さずとも、他に読むべき昭和ミステリの傑作はいくらでもあるのだから。


21.12.15
評価:問題外
コメント (2)