東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

現代の中野正剛はいないのか

2017-06-18 09:10:01 | 加計問題

中野正剛とは大げさな、と言うかも知れない。しかし、喩えは大きなものがいい。そのほうが分かりやすい。それに本質的には同じ病根である。

 中野正剛と言っても若い者は(90歳以下のものには)知らないかも知れない。国粋主義者というか、右翼の論客というか。昭和十七年正月に朝日新聞紙上に「戦時宰相論」を発表し、東条英機首相を激怒させた。当局に命じて彼を逮捕させたが、当時の検察は起訴する根拠がないとして東条の意志を忖度せずに(というよりかは東条のあからさまな指示に抵抗して)釈放された人物である。

 当時は戦争中で今よりははるかに強権を持っていた首相に対しても検察は首相の圧力に対して拒否する正気を持っていた。いまの安倍首相の属僚に遥かに優る。

 中野正剛は釈放後東条に抗議して自決している。翌年7月サイパン島が陥落すると東条英機の退陣を求める声が強まった。東条は総選挙にうってでて政権を維持しようとしたが、当時の閣僚の反対にあい解散出来ず、とうとう退陣した。これも前年の中野正剛の自決から流れがかわっていたからであろう。

 ちなみにこの時に東条の衆議院解散に反対したのは今の安倍首相の外祖父にあたり、当時の確か軍需大臣だった岸信介である。孫とは大分器量が違った訳だ。

 ひるがえって今の加計疑惑を見ると、保守の論客や保守マスコミでは安倍首相のご用聞きのような失笑ものの擁護記事を書いたり、意見を述べたりする者ばかりである。彼らを支持して信じて来たものとしては愕然とする思いである。

 安倍首相に忠告するが、官邸、側近、閣僚は召使いではない。ただしく首相を補佐する幕僚である。8月に内閣改造で目先を変える計画だそうだが、新しい布陣に正しい人選が出来るかどうかが最後のチャンスと心得よ。もっとも安倍氏が召使いタイプばかりを重用するのは、大物、硬骨漢を使いこなす自信がないからであるとも言われている。

 

 

 


萩生田という男、特区とは何ぞや

2017-06-16 20:17:26 | 加計問題

 特区の定義がはっきりしていれば明確に判断が下せる問題だと思うが門外漢が外野から見ていると理念というか定義というか概念は無規定であり無内容である(違うなら明確に説明してください)。

 政治主導で岩盤規制に穴を開けるなら「官邸トップ」や「総理」の意向で動いて構わないではないか。忖度もへったくれもない。メールでも命令でもどんどん下達したらいいではないか。どうしてそれをあけっぴろげにできないのか。出来ないということにこそ、うさん臭さ、不明朗さを感じる。あるいは単なる無能力、低能ということかもしれない。

 岩盤規制を壊すと格好のいいこと、威勢のいいことを言いながら、従来からの文科省の認可というお墨付きをもらうという形式(隠れ蓑)に固執し、総理の個人的友人への便宜供与を隠ぺいするのが目的なら何人も許さない大罪であることを認識せよ。

 政府が必死になって忖度はない、審議の過程に一切タッチしていないというなら、最初の大枠を決める時にも関与していないということでいいのかな。特区での事業展開は自由な入札によるなら(建前はそうらしいが)少なくとも複数の業者が応募できるようにしなければならない。

 萩生田とかいう男が添削したという文章は明らかに自由な入札を排除する目的としか考えられない。これは上記の特区の条件に付いての理解が正しければ「明確な手続き上の瑕疵それも意図的な作為的な違法行為」である。

 いろいろごちゃごちゃと審査機関を設けていて(これも制度設計上の瑕疵だと思うが)文科省が応札を審査する前に無識者(有識者ともいうらしい)の審議会があってそこでも審議したらしい。例の(広域的に存在しない)という条件は本来無識者会議の審議の過程で決めるべきものだろう。あるいは複数の応札があった場合には文科省が認可を審査する過程で判断すべき問題である。無識者会議にかける前に官邸が文科省に圧力をかける問題ではない。

 ところで萩生田という男は前に文科省の政務官だったらしいね。その時に前川氏とそりが合わなかったのだろう。別の文科省内のコネを通して非合法に圧力をかけたらしい。羽生田の持っている人脈の線が前川前次官を含んでいなくて脱線混線がおこったとも考えられる。

 萩生田の引きによると思われる文科省からの出向者が内閣府にいるらしいから、これらの筋が非合法に絵図を書いたことは十分に推測できる。よく言うよ、圧力をかけてないとか干渉していないなんて嘘を。

 


安倍官邸の見当識喪失状態について

2017-06-16 07:45:19 | 加計問題

痴呆症の診断の一つとして見当識の喪失がある。自分の生年月日が思い出せない、自分の名前が書けない、今年の年号は?、今日が何日か、何曜日か言えない、などをチェックする。

 政治家の場合、国民の注視するなかでの(つまりテレビ視聴者の目を考えて)自分の立ち居振る舞いに気を配るということであろうか。安倍さんはもともとこう言う点では保守政治家としては珍しく目配り、気配りのきいているほうであった。

 しかし、森友、加計問題ではそのような見当識はまったく見られない。あれで強硬突破出来ると考えて少しも疑わなかったようである。簡単に言えば発狂した様に見えた。菅官房長官もいつもの無難な応対が出来なくなっている。彼の場合はなにか意識下で強いやましさがあったのかも知れない。官邸の最高レベルというのは彼のことだろう。

 森友問題では財務省幹部の反吐が出るような国会答弁をたしなめるのが首相、官房長官の役目だろうに。反吐発言の影に隠れては正体みたり、と言わざるをえない。

 菅氏が「官邸の最高レベル」が自分の事であることを反射的かつ断定的に(カテゴリカリーに)否定する理由がわからない。「ああ、私の意志ですよ」といって何の問題があるのか不思議でならない。なにかまだ隠された理由があると推測せざるをえない。(入札のはるか前に加計学園だけを予定してごり押ししたら経済犯罪になると自覚しているのか)。

 安倍首相の場合、この急変は薬害かもしれない。かれは前回の辞任理由となった難病の治療薬を常用しているというが、それが精神的な副作用をもたらしているのか、マスコミは取材すべきだろう。

 とにかく、安倍氏の人格が急変した様な印象を国民は受けている。あるいは安倍氏が官房スタッフのコントロールを失うほど見当識を喪失しているのか。これは119番ものである。

 


加計疑惑は問題を分けて追及せよ

2017-06-14 08:54:38 | 加計問題

問題を適切に腑分けしないと、追及は空振りに終わる。官邸や文科大臣(その手下)はあいまいな質問にあいまいに答えられるから適当にやり過ごしているうちに問題はうやむやになる。

 加計問題のメールに関していえば、問題には三つの正面がある。

1:総理の問題

2:官邸(首相の取り巻き)の問題

3:文科省の担当官僚の問題

 いまはもっぱら3:だけに集中しているわけだ。問題の文書は官邸の人間が「総理の御威光もとえご意向だ」と脅迫したといっているわけで、2:の問題を同時並行的に追求しなければならない。官邸は3:の問題を解決しないうちはする必要がないというのだろう。しかも野党もちっともこの点を追求しない。

 今朝のテレビに竹中平蔵という小泉時代に踊ったピエロが出ていた。総理がこんなことを直接指示することはあり得ない、という。1:の問題だがこれが一番難しい。証明という観点からは。

 しかし、「あった」と「ない」の確率はフィフティフィフティだろう。証明はもっとも困難である。だから50・50というのだが。

 2:の問題、これは確率から言うと90対5パーセントだろう。5パーセントはどちらともいえないというものである。権力者にぶら下がる連中が「上」の意向だといって圧力をかけるのはよくありることで、そう理解するのが世間では普通である。無理がない。

 公明党の幹部も言っていたが、政府の強圧的で不誠実かつ乱暴な対応は国民の疑念を払拭するというよりも、むしろますます深めるものである。だれもが「なにかやましいことがある」と感じざるを得ない。もっとも「やましく」感じるのはまだ良心がすこしはあるということだが。

 今朝のテレビで義家とかいう副大臣が告発者は守秘義務違反の可能性があるといっていたが、これを見ていてやくざの弁護士が無理筋の弁護をするのと同じだと思った。もう彼らは法廷に刑事被告人として立っていて、なりふり構わず罪を逃れようとしているのと同じである。

 


安倍宰相論、双頭政治の勧め

2017-06-07 22:41:19 | 加計問題

というか自民党論なんだが。日本において首相選出は公選制ではないからね。自民党を消去法で選ぶわけだ。民進党に政権を取られたら大変だと大多数の人は自民党を選ぶのだろう。べつに自民党や安倍さんがいいと思っている訳ではない。

 しかしそろそろ消去法に頼るのは危険な水域に入ったようである。といって自民党に代わりがいるとも思えないことが歯がゆいわけである。自民党の中で安倍さんを選ぶのも消去法で許容されると考えていたが、どうも心配になってきた。

 安倍首相は外交ではまあまあだろう。外交問題の側近と言うかブレーンも森友や加計の内政担当や山口レープ事案に介入した警察官僚に比べると及第点かも知れない。外交担当首相と内政担当首相という双頭政治はどうだろう。ま、おとぎ話だが。工夫してみる余地はある。

 外交でも心配が無い訳ではない。トランプやプーチンとはうまくやっている様に見えるが土壇場でうっちゃりをくう可能性が非常に高い。安倍さんにそういう事態を回避したり、対処する能力がないのではないか、と最近の動きを見て感じだした。

 プーチンとの間では経済協力の話はどんどん進むが北方領土の問題は曖昧のままだし、プーチンを見ていると結婚詐欺みたいだ。金だけ安倍さんに貢がせて肝心な時に逃げられちゃうような気がしてならない。そうなった時に安倍さんがうまくハンドル出来るか疑問だ。

 トランプの方ともうまくやっているようだが、TPPは脱退するし、パリ協定も離脱表明だ。商人国家のアメリカそして根っからの商人のトランプには中国の魅力というのは(商売の対象としては)振り切れないだろう。結局は日本と中国を両天秤にかけて、情勢次第では肩すかしをくうのではないか。

 安倍さんは米ロ両国に騙されるんじゃないだろうか。最近の彼を見ているとそこまで心配しなければならないような気になって来た。

 


テレビ芸者は飛んだり跳ねたり

2017-06-06 22:07:26 | 加計問題

夕刊フジは段々日刊ゲンダイに似て来たね。スタイルが、とうことだが。

三流の学者とか評論家、三流のテレビ芸者(世間で識者と言われている人)のご説を拝聴するという形で一面を埋めるという安直で芸のない作文である。幼稚なゲンダイだからするのだろうと思っていたが、夕刊フジも劣化が著しい。

 今夕(コンセキ)の一面は「岸教授」のお説拝聴という形式。岸教授って誰だ。写真が出ていたから分かった。テレビのお座敷を渡り歩いている男芸者だ。元通産省の官僚という。今は慶応大学の教授らしい。花代はごく安い部類だろう。時たま断片的に聞く話からすると、何をいっているのか毒にも薬にもならないはなしをペラペラしゃべる部類だ。

 自分の言っていることが分かっているのかな。「文科省が規制を緩和しない理由を説明出来ないならば規制を緩和するだけだ」というが、其の前に当事者(これが分からない、普通に考えれば加計学園の人間だが、どうも実際には官邸の人間らしい)が規制緩和の必要性、具体的案件の正当性を説明しなければならないだろう。この手順は踏んでいるのかな。そしてそれに対して文科省はどう返事をしたのか。それを説明しない限り岸君の説は乱暴すぎる。

 認可して欲しい当事者が説明する責任が第一に来る筈なのに、文科省が拒否する理由を説明しろ、と言っているのはよく分からない。ここまでこじれたら、マスコミは当事者(加計か官邸か知らないが)と文科省の対応を順を追って公にする必要がある。

 なにも知らせないで岸君みたいに一方的に言われても困る。

また、規制緩和が文科省の許認可権を剥奪することなら、最初から文科省に押し掛けて早く認可しろと強要する必要もない。さっさとやればいい。要するに文科省の許認可権は認めているのだね。

この記事のサブタイトルは「前川氏(を)ヒーロー扱いするメディアに失望」というのだ。まさに印象操作記事だ。安倍さんのとぼしい語彙を借用すれば。

 

 

 


加計問題は疑獄事件である

2017-06-05 17:07:28 | 加計問題

前回のアップの追記でも触れたが、特区の業者を公募したかどうか調べようとインターネットを調べてみた。3月10日の中日新聞によると、今治の特区参入業者の公募は今年の1月4日から11日まで行われたそうだ。

 しかし、妙だ。「官邸」や「首相の意向」が文科省を襲ったのは昨年の10月前後と報道されていた。というと、決まる前から加計学園を無条件で認可しろと言っていたわけだ。つまり入札そして審査で業者が決まる前に。

 「加計学園」を承認しろと強要していたことになる。普通は応札を受けて、それを審査してから業者を決定するからどう考えても今年の1月11日以降相当の期間を経てからの話になろう。それを昨年の秋から入札も行われない時点で、特定業者を専門の行政機関を差し置いて官邸は決めて文科省にごり押ししていたことになる。もっともそれが首相のお友達の学校なのだから筋としてはわかる話だ。人情としては分かるという意味である。すなわち犯罪小説の構成というかすじとしては、破綻がないという意味だけである。しかし、法律的にはそこから破綻した。疑獄事件に発展することは間違いなしだ。若狭議員もその辺まで読んで自民党を離党したのかもしれない。

 分かったよ。首相や官邸がメールや文書の存在を否定したり、調査を拒否するのは。もっとも自分たちが潔白なら、調査することは自分の無実を証明することになるのだから、本当は渡りに船のありがたい話のはずなんだがね。ところがそうじゃないとうわけだ。自分たちの有罪を証明することになるからね。筋は通るようでである。

 官邸は形式だけは整えようとおざなりの公募を行ったが猿の浅知恵だった。そこから綻びが広がったのは皮肉なことだ。

 


前川元次官の側から考える加計問題

2017-06-04 16:48:08 | 加計問題

官僚の仕事は二つある。一つは政策を立案することだ。もう一つは申請されて来た案件の許認可である。今回の加計騒動は後者にあたる。

 役人は申請者が申し立てる理由が妥当か審査する。妥当と思わなければ認可することにはアレルギー的拒否反応がある。役人というのはそうした生き物である。推測だが今回まともな申請理由が出されていないのではないか。あるいは役人側がそう判断したかである。

 長年の習性でまともな申請理由やデータがついていない(と思われる)事案には役人はハンコを押せない。アレルギー的拒否反応がある。勿論役人の判断におかしいときも多々あろう。

 もしデータも根拠もださずに「総理のご意向」とやらかしたのなら官邸は解散しなければならない。明らかにすべきことは:

 加計問題でまともな根拠があったのか。それが文科省に提示されたのか。つまり理論構成がなされているのか。これは視聴者にはわからない。ここまで問題がこじれたなら国会の場でその根拠とやらを提示して公に議論するべきだろう。今朝のフジテレビの討論会で自民党の小野寺氏がいろいろ言っていたが、加計学園の申請にはそうした書類がついていたのか。

 おおきな組織にいると経験するが、時々トップの意向だからといって専門知識がない腰巾着が横車を押そうとして問題をこじらせることがある。私のカンではどうも之に該当するのが今回の事件のようだ。

 このような議論を国会ですれば前川側に無理があるのか、官邸側に不都合があるのかが国民の目にあきらかになる。それをしないで、官房長官がヒステリー女の様に個人攻撃をしたり、感情的な印象操作と取られても仕方がない発言をする。逆効果ということがわからないのかな。

 それから、官邸がもし自分のやろうとしていることが正しいと信じているなら、「官邸の最高レベル」だの「総理のご意向」文書の存在を慌てふためいて隠蔽する理由がわからない。「ああそうですよ」と認めればいいではないか。

 それが真の政治主導のあり方である。裏でこそこそ恫喝まがいのことをして、表ではそれを否定するのは卑劣漢だけがすることである。安倍さんや取り巻きがやりたいのは、依然として官僚主導を表看板にして、自分の都合のいい案件だけは裏で見えない様に政治主導でやるということかな。これはまともな政治ではない。

 前に戻るが国会論議を通して理由を国民に説明すればいい。国民は納得するよ。「官邸の意向」おおいに結構というだろう。なにを怖れているのか。根拠のないヨコシマなことをしているという後ろめたさがあると受けとられてもしょうがない。

文部次官に対する脅し文句としてだけ使って、国民にはそんなことは言っていない、そんな文書はないなどと見え透いた嘘をつくものに政治をする資格はない。

++ あとで思いついたこと;素人だから許していただきたいが、もし特区で数十年も封印していた獣医学部を認めるとなると、加計のほかに手を挙げる希望者がいるかもしれない。その場合はどうなるのか。公開入札をするのが筋と思われる。そうすると文科省の審査の結果、加計以外が選ばれる可能性もある。それが嫌で強引に安倍首相の友人にだけ差別的に隠密裏に目立たないように便宜を図るというならこれは犯罪ではないか。罪名は知らないが、経済犯罪としては相当な重罪ではないか。前川氏が手続きに瑕疵があるとか、公正な手続きがゆがめられたと言っていたのはこのことだろうか。 

安倍首相や官邸の慌てぶりや感情的な反応を見ているとどうもそうらしい。

 

 

 


痴呆症患者の言い訳、加計学園

2017-06-04 09:25:48 | 加計問題

今朝7時半からのフジテレビの報道2001(番組名の記憶に自信ないが)を見ていたのだが、今日の司会はまあ合格だ。出演者のバランスも可だ。今の司会者になってからどうも迫力がなくなったように感じていたのだが。前は確か今の神奈川県知事だったかな、黒岩氏じゃなかったかな。記憶が鮮明ではないが、彼の司会はメリハリがあった。

 もっぱら加計学園のはなしだったが、森友問題でも書いたが、総理をとりまく同心円で一番内側のヒエラルキーの岩盤はボロボロに腐っている。それに比べれば特区だとか、岩盤規制の撤廃なんて緊急度、プライオリティーは低い(相対的に)。同心円の再構築が安倍政権長期化の鍵だ。司令部の部屋の壁がベニヤ板ではすぐに壊れてしまう。それが出来るかどうかは心もとないが。

 和泉とかいう首相補佐官が、加計学園問題で前川氏に会ったことがないとか、圧力をかけたことは記憶にないし、メモをないとかいったとか。メモはともかく、記憶にないというのは、つきも吐いたり(ツイタリ)、世紀の大嘘だ。

 本当なら即刻辞職して痴呆症か記憶喪失症の治療を受けるべきだろう。半年にもならない前の話だろう。それを覚えていなくて職務が遂行出来るのか。また、職務上当然日誌等に会見者の記録を残すのが「秘書」としての責務だろう。内容は書いてなくても、それをみればいろいろと思い出す筈だ。

 和泉とか言う男のこの言葉には次のような意味があると精神科医なら判断するだろう。

 a:おなじく内閣参与とかいう木曽という男は、会ったことはあるが圧力をかけたことはないと言っているそうだ。このほうが無難な官僚言葉だろう。会ったことまで否定するのは痴呆症である。よほど逃げたがっているのだろう。

 b:この言葉はマスコミに対する回答らしい。すなわち国民に対する言葉だ。つまり国民を舐めきっている傲慢そのものの態度である。これでマスコミがぐうの音も出なくなると判断したのなら痴呆症重度5である。あるいは国民はなめられたのか。

 なお、この問題は前川氏側の思惑も忖度しなければならないが、稿を改める。