東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

かわいそうな真央ちゃんたち

2006-12-28 23:07:23 | 社会・経済

フィギュア・スケートのテレビ中継が亀田コウキのボクシング中継みたいになってきた。CMでぶつ切りにされてCMの谷間に埋まっている。連盟の理事長の逮捕や、NHK杯の担当者の不祥事で民放に回ってきたのだろうが、TBSやテレビ朝日はひどかった。もともとひどい局だからしょうがないが、今日はフジテレビだから大丈夫かなと思ったが、前二局と同じ。真央ちゃんたちがかわいそう。

なんとかいう格闘技中継と同じで実況ではなくて録画でCMと試合の比率が逆転するように編集されている。まあ、どうでもいいが、連盟は大分収入があったから、文部省や国からの補助金は辞退したんだろうね。それなら納税者として納得。いままでどおり国から補助金を貰っていたら承知しないから。

亀田コウキと言えば思い出したのはカラミティー・みのもんた君だ。彼がヨイショした相手は途端におかしくなるね。亀田コウキしかり、安倍首相にも官邸でお茶を呼ばれたとかでヨイショ・モードに入った途端に安倍晋三君がおかしくなった。カラミティー・ジェーンなら映画になるが、もんた、じゃねえ。イズエイは大丈夫かな?古い話だ。


紅白歌合戦追加

2006-12-28 11:32:41 | NHK

前回表題でNHK問題を書きましたが、古井戸さんのブログ(試稿錯誤)からTBをもらいました。だいぶ放送業界の事情にお詳しいようです(少なくとも私よりか数段)。それで若干の感想を。

欧州には国営放送(公共放送というのか、経営形態はバリエイションがあるのかもしれません)がいくつかあるようです。よくBBCが引き合いに出されますが、わたしは知識も経験もないのでご意見拝聴ですが、おなじ人間がやること、あまり理想化するのはいかがかと。何年か前、EUのなにかの委員会で強制的な視聴料の徴収は人権侵害であるという勧告だが決議があったように記憶しています。当然のことながら、いろいろな意見があちらでもあるということです。NHKとBBCの放送内容の質の相対評価についてはお説のとおりなのでしょうが。

米国のPBSについては教えていただきました。企業と篤志個人の寄付による運営とのこと。日本の放送行政でも参考にすべきでしょう。企業もつつましやかなクレジットしか入れないということ、そうあるべきでしょう。

蛇足:放送行政ということでNHK以外にも広げると、民放のことも考えなければいけません。免許制度そのもの、現行の制度運営の見直しなど。


その器にあらず

2006-12-27 20:46:07 | 社会・経済

というか、拉致問題一点豪華主義だったのか。しっかりしてくださいよ、と言いたくなる。安倍首相の拉致問題に対する功績は評価する。まさに余人をもってかえがたい存在であったし、あり続けるだろう。そしてなによりも拉致問題は日本国民を長い迷妄から覚醒させた想像以上に裾野の広い問題であった。アメリカ人であればfar reaching implicationsのある問題であると言うだろう。

それにしても、どうなっているのか。今日の佐田大臣の問題だ。どうしてこうも続くのか。脇があまいのか、人を見る目がないのか。マスコミでは側近の調査能力(身体検査というらしい。ようするに問題をかかえているかどうかの身辺調査のことらしい)の欠如をいうが、大体は本人の鼻が利けば(そうして首相にでもなるひとは臭覚音痴では困るのだが)大体胡散臭い人間はにおうものだ。英語ではfishyというね。

臭覚音痴だとするといずれロープから落ちる。もし、安倍さんに寄ってくる人間にこういうタイプが多いと安倍さんの人徳も問題になるだろう。


紅白歌合戦の順番

2006-12-27 20:23:02 | NHK

紅白歌合戦って注釈無しに話を進めても分かるよね。分からないのはワタシだけだと思う。思えばNHKはこのブログに沢山話題を提供してくれた。感謝の意味をこめて今年最後の一発だ。

今日の7時のニュースのメインの一つは紅白歌合戦の出場順番が決まったことだそうだ。こんなのが公共放送のニュースになるのかね。電波の不法使用ではないのか。総務省の監督はどうなっているのか。

自局の痴呆番組の予告を重大ニュースにする不埒さはいうまでもない。よくもこんなマンネリ番組を何十年も続けるものだ。NHKの企画能力の欠如を証明するものではないか。税金を取ってよくも恥ずかしくないものだ。視聴料といわない。税金と言う。それももっとも悪質な税金である。専制国家でもこんなに悪質な税金の取り方はしない。

税金は納税者に対するサービスの原資である。消費税にせよ、一般税にせよ、ガソリン税のような特定財源のためのものにせよ、すべてサービスを納税者に還元する建前になっている。かっての国営企業であった国鉄は輸送サービスを提供した。料金は利用者のみから徴収した。国鉄に乗らない客から運賃を取るなどという人倫に反したことは聞いたことが無い。郵政公社は切手を買わせるが手紙を出さない人から切手代をとったということは聞いたことが無い。

タバコは国の強権に守られた専売であるが、タバコを吸わない人間からタバコ代をゆすりとったいうことを聞かない。ひとり、NHKのみが聞かない、見ない人間から視聴料を取る。最近では気が狂ったのか法的手続きを取ると言っている。

NHKは放送法の手続きに基づいて解散せよ。80年間にわたって投入された膨大な国費を精算して国民に返還したうえで、事業を続けたいなら広告料で運営するなり、電波にスクランブルをかけて利用者から料金を取るべきである。


パドックはたてに見ろ

2006-12-25 08:46:36 | 社会・経済

いまだ思想戦は終わらず2:調教はたてに見ろ、とも申しますな。テレビのゲストコメンテータとかいう得体のしれない職業がございますが、彼らのえらそうなご講話も時系列で見なければいけません。とにかく、彼らや評論家、文化人のたぐいはすばしっこいのが多いです。カメレオンのようにたくみに色を変えて生きます。破廉恥そのものです。

思想は衣装である、とカーライルは申しておりますな。コスプレであるとも言えますな。だまされないように監視しなければいけません。NGOを作って監視、モニターをしてもらいたいものです。とにかく、風向きが変ったと見ると一斉に巧妙に針路を修正する。連中はつねに大波に乗って先頭で旗を振らないと気が済まないのです。彼らは風向きが変ればまた転向しますよ。かっての連中のように。

世の中を眺めますに、面舵を切っておりますな。それは誠に結構なことでございます。しかし、論客レベルではいろいろ滑稽な問題があるようで。昭和10年代もそうでありましたが、にわかに舵を切った論客が増えまして、これは転向とも付和雷同とも申します。昨日までしゃべっていたことには口を拭って知らん振りです。

とうぜん、評論家のインフレ現象が起きる。個人の質の著しい低下がおきる。ここ2,3年のわが国も同じような状態になりました。こんなヤツがと思うようなのが論文を書いている。わが国では必ずこういうドーナツ現象がおこります。国民的レベルでの練りがたりないのに評論家のインフレ現象が起こるのであります。思想と言うものは練りに練って、鉄を鍛えるようにたたきにたたいて鋭利な穂先のように鍛えるものであります。


広告にもエスニック性があるのか

2006-12-24 16:08:31 | 社会・経済

ソフトバンクの携帯の広告ね。大分悪評のようだ。ヤフーのポータルでもニュースの上位に顔を出している。案外中立的なわけだ。女子高生らしき生徒が数人で話している。ソフトバンクの携帯同士だと通話が只になるとかいう話をね。一人だけソフトバンクの端末を持っていない生徒が暗い顔をして「わたしのところにかけるとお金がかかるから、かけなくてもいいよ」とか言う。そうすると、他の生徒が慰め顔に「あんたのせいじゃないんだから」というテレビCMだ。

いじめを連想させる広告と言うことで批判がわきおこっているらしい。いじめには気がつかなかったが、だれでもむかつく広告だろう。広告の効果なんてないはずだ。妙なCMをつくるとあきれた。だいたい、あの料金、ソフトバンク同士だと通話がタダというのは、企業なんかの大口へ大量に業務用に売り込むぐらいしか手がないものだ。不特定多数を対象にテレビコマーシャルをしても効果はない。大口顧客向けには別のセールス、販促方法があるだろう。カネをかけて反発をまねいているだけだ。容易に予想できるはずなのに不思議なことをする。あの感性は半島では受けるのかね。

なんでも画一的に同じもの、同じ考えを押し付けて同調しないものを批判する。これをいじめというんだろうがね。広告だけじゃないね。歴史認識なんてのも幼稚なのを押し付けようとするのもおなじヤリ口なんだ。

あの企画はCM製作会社が持ち込んだものでは在るまい。プロならあんなことをするわけが無い。あるとするとすれば半島系の広告代理店の場合だろう。世界とは常識が違うからね。ソフトバンクはなんでも孫社長が決めるらしいから彼が「こいつはいける」と思ったのかもしれない。ちょっと、ずれているね。


いまだ思想戦は終わらず1

2006-12-21 20:54:15 | 社会・経済

「昭和維新」なるものは決して明治維新に較べられるものではなく、平成改革は一部の人間によって平成維新と不埒にも僭称されるが、決してそのようなものではない。

昭和維新も平成維新も明治維新に較べれば矮小、卑俗きわまりないものである。如何となれば、厚みと深みと練りのレベルが隔絶しているからである。

大体、明治維新という言葉がいけない。正確には幕末、維新の大動乱、思想戦と呼ぶべきである。そしてもっとも重要なパートは幕末の思想戦である。明治はその思想戦の成果の上を走っているにすぎない。幕末というのも適切ではない。むしろ藩幕体制後半期というべきであろう。それは狭義にみてもアヘン戦争での清国の大敗の情報がもたらされた1942年から慶応年間にわたる。

18世紀後半から日本周辺に出没する西欧の船舶の数は増えだして19世紀の初頭にはわが国に深刻な国防論議を巻き起こした。したがって見方によっては、この思想戦は半世紀を越える厚みがあるのである。そして、武士階級のみではなく、富農、医者や神官などおよそ文字の読めるすべての全読書人を巻き込んだ全国的な思想的攪拌期なのである。

軍部政権を革新政権とみなして「昭和維新」というものがいるが、この時期の右翼思想というものは大正デモクラシーの一つの成果に過ぎない。陸軍幼年学校、士官学校の生徒で大正デモクラシーにかぶれなかったものはいない。右翼が大衆動員、大衆示威運動の威力を享受したのも大正デモクラシーのおかげである。文書、ビラ、マスコミを使った大衆宣伝の威力を認識したのも頭山満、北一輝らの右翼陣営である。彼らが自らの大衆示威運動、文書宣伝の威力に自信を持った最初の出来事が昭和天皇の皇太子妃の問題である。大正末期のいわゆる「宮中某重大事件」である。相前後して右翼に敗北した最後の元老山形有朋が死亡した。これによって幕藩体制後半期から続いた思想戦の成果を享受してその惰性の上を走っていた「明治維新」は終焉したのである。

真に国民的に有効な議論をするためには、国民の間に広く、深く、じっくりと時間をかけて降りていかなければならない。「昭和維新」の場合は思想戦の場合にもっとも避けなければならない権力やその暴力装置と安易に結びつこうとしたことである。つまり、軍部という暴力装置、一部の高級官僚である。彼らは革新官僚とよばれた。岸信介などは「革新官僚」の代表である。これでは中南米やアラブ諸国でしょっちゅうおこるクーデターとかわりがない。

そして平成の現在、膨張した中空状態の保守論陣は昭和維新とおなじ徹を踏もうとしているようである。かれらが目指すべきは官僚、行政機構に潜り込もうとすることではなくて国民のなかに降りていって長い思想戦を戦うことである。


注文がきつかったかな

2006-12-15 22:21:11 | 社会・経済

マスコミが怖がるものが三つある。鴨と鴨を引っ張ってくるおっさん、そして集団で不買運動をするカルト教団だ。鴨とは言うまでもなく広告主、それを引っ張ってくるのは広告代理店、カルトというのはいわずと知れた政教不分離集団。

してみると前回のマスコミへの注文はちょっときつすぎたかも知れない。あまり深刻に考えないこと。


タウンミーティング

2006-12-15 21:04:42 | 社会・経済

やらせの問題で首相をはじめ給料の返上合戦が始まっているが、当時の責任者への追及が曖昧だね。それと分からないのが広告代理店の責任だ。D社が入っていたらしいが、やらせとかハイヤーなどインチキ経理の問題の多くは広告代理店というかイベント屋の知恵であり、アイデアであり、かつまた彼らの手法なんじゃないの。まあ、中堅官僚も一緒に謀議したんだろうが。あるいは指示、承認の場合もあっただろう。

民間企業だから追及する筋合いじゃないということなんだろうか。この辺のところは政府の報告書ではどう書いてあるんだろう(書いてないんだろう)。せめてマスコミは国民の好奇心を満たして頂戴な。今後D社は出入り禁止、H社がたなぼたなんてね。


義経しています

2006-12-14 20:29:40 | 社会・経済

松坂投手にはおめでとさんでいいらしいね。結局ボストンレッドソックスのベースでしたね。決まるとすればあれしかない。ボラス氏は松坂が尻をまくって日本に帰る(実際はボラスが帰すといいたいのだろうが)なんてすごんだが拙劣な手だった。みずから代理人としての能力がないと告白しているようなものだ。かりに、松坂との契約でまったく一任されていて、こういう乱暴なことが出来たとしても、今後ボラスに頼む日本選手はいなくなるからね。

ところで最近義経してるもんであちこちで戸惑っているらしい。義経してるって?あれですよ。京の五条の橋の上、右かと思えばまた左でさあ。牛若丸というのは義経ですよね。

ボラスの続き、あの風貌は特徴がある。目つきの鋭いところは独特だ。彼は100パーセントのコーケイジアンじゃないな。チェロキーあたりが12.5パーセントぐらい入っているんじゃないかな。