東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

日米安保賛成

2015-05-24 11:04:51 | 歴史修正主義
前回に記事を補足する。私の立場は日米安保支持である。現下の情勢でそれ以外のオプションは考えられない。基本的には安倍総理が進める安保体制は概ねいいのではないか。これから国会論戦での説明で詳しいことも分かるであろうから、現在の状況では漠然としか言えないが。

しかし、それとこれとは違うし矛盾もしない。米国に押し付けられた一連の動きは一種の手打ちである。シマの取り合いに勝った者と負けた者との手打ちである。

そこで一区切りを付けて未来志向に向わないで、いつまでも難癖をつけ続けるのは実利的メリットが大きいからである。チャイナの場合は自覚していると思われる。つまり意識的操作に対象である。半島の場合は実利狙いの他に、自分たちの言葉によってカルト念仏に酔った様になっている面もあるようである。このような、狂乱に至るとチャイナと違って相手にしようがない。

注意しなければいけないのは、そうして前回の記事もこれに関連するが、アメリカ、とくにオバマになってから政権内の左翼親チャイナ、半島勢力が呼応する様になったからである。これは日米関係の将来によくない。

もともと、アメリカは日本がアジアで勢力を強めるのを警戒する。そのために、第二次大戦後にアメリカがばらまいた刺がある。日本という自動車が全力疾走に移るとパンクする様に。

尖閣しかり、竹島しかり、北方四島しかり。最近では中韓の動きに乗ってこれ幸いと『歴史認識』や『修正主義』という言葉で日本を牽制出来ると思っている。

アメリカは日本を利用したくて、さじ加減しながらこれらの『トゲ』と使っているのだが、そのうちに自分たちでコントロール出来なくなる。さらに精神分析的に読めば、面と向っては中韓の様に子供のようなことはいえないが、彼等が日本の『侵略だとか残虐行為』と喚き立てればアメリカが行って来た数々の『人道に対する罪』つまり原爆投下や非戦闘員の大量虐殺を目論んだ東京大空襲や日本全土への空爆を隠蔽し、日本人の意識に上らない様にし、自分たちの罪の意識が刺激されない様に出来ると思っている。

このような理由から現下の状況ではもう一度戦争中戦後のアメリカの振る舞いを歴史的俎上に上げておくことが必要と考える。



 東京裁判は裁判ではない

2015-05-24 10:30:21 | 歴史修正主義
係争事件の一方の当事者が裁く裁判というものは存在しない。裁判という名前を意図的につけて愚衆を惑わすにすぎない。お得意のリンチ文化にすぎない。

万に一つ、譲って裁判だとしよう。裁判なら当事者は意義を申し立てることが出来る。もっとも軍法会議なら即決再審なしが多いらしいが、それはちゃんとした軍法会議の規定があることが前提である(例外はある。独裁国、未開発国の場合)。東京裁判は一応先進国が双方に名を連ねているから、後付の理屈、法規でごり押しすることは許されない。勿論その規定が国際法としてすでに有効であることが必須である。

二審、上訴がない裁判を裁判マニアの左翼の諸君が受け入れられるのか。もっとも、彼らはいつでも自分の都合のいい理屈をつける(実際には操るご主人様につけてもらう)のであるが。

東京裁判は強姦犯人が被害者に対して、被害者が挑発したから被害者が全責任を負うべきだ、盲判を押せと主張することに等しい。普通は強制された署名合意は無効とされる。

全裸で無防備の被害者を前にして、いやならもう一度やるぞ、と言われて署名した書類に合法性はない。しかし、民族滅亡を免れるためには道は一つしかない。原爆をあと一ダース落として、関東平野全域にサリンを撒くぞと言われれば、他に選択肢は無い。これを昭和二十年敗戦という。

イタリアの戦争裁判

2015-05-22 11:46:33 | 歴史修正主義
枢軸国という言葉を知っているかね。連合国というのが分かるか。これが分からないようだと第二次世界大戦の戦後処理問題を理解することはできない。

枢軸国とは日本、ドイツ、イタリアであり、連合国というのはそれと戦った米欧各国である。

そこで、イタリアの戦争裁判はどうなっているのか、という訳であるが、なかったらしい。理由はあるのか。まともな理由はないようである。というのも、にわか調べであるから、違っていたら訂正して欲しい。

ドイツ、日本というライオンや虎がいるのに狐みたいなイタリアを相手にしても面白くないということか。

少し、調べたが第二次大戦とイタリアというのはわけが分からない。1943年に実質的に連合国に対する戦闘能力を失ったあと、ドイツ軍のてこ入れで一応1945年まで戦闘状態ではあったらしいが、戦線はもっぱらイタリア国内であったようだ。

今のイタリアの政治と同じで色々な勢力が「しっちゃかめっちゃか」やっていて、連合国に通じる勢力もあり、ドイツの支援を受けているものもあり、また、それらの連中がしょっちゅう寝返ったり、離合集散を繰り返したりしていてとても明快に総括できるような状態ではなかったようだ。なんだか現代の日本の野党再編に似ているね。

一部勢力が連合国側と通じていたから「戦勝国」だと自称する者がいる。しかし、国際連合の初期メンバーにはなれなかったようだ。でも戦争裁判は? 免れたようだ。

戦争前半の戦場はアフリカのイタリア植民地および欧州各国の植民地だが、連合国側はみんなアフリカに植民地を持っていたから、アフリカでの行為を戦争犯罪等と糾弾することは出来ない。へたをすると、自分たちに跳ね返ってくる。

戦争後半はイタリア国内の散発小競り合いであり、格好の材料も無い、ということなのだろう。

ロシア外相「日本は第二次世界大戦の結果に疑いを挟む唯一の国だ」

2015-05-21 20:14:00 | 歴史修正主義
そうかもしれない。しかし、もうすこし、問題を明確にしたほうがいい。つまり戦後処理問題(複数)をまず議論可能、解答可能な形の設問(複数)にすることが必要だろう。当然に理由のあることであろうが、その理由を説得力をもって世界に発信出来ることは極めて重要である。

いつまでも一部の国に因縁をつけられるのも不愉快である。そしてそれを隠れ蓑にして自国の罪の意識を回避する大国にも困ったものである。

其の前にこの記事を紹介すると、これは産経のモスクワ発黒川信雄氏の署名が有る。他のメディアがどう報じたかは見ていない。19日付の国営ロシア新聞(電子版)掲載の北方領土問題についてのインタビューだそうである。国連憲章第107条のからみでの主張らしい。

東京裁判については触れていない。従って国連憲章の条文解釈の相違ということだろう。日本政府の107条の解釈とは違うということだ。東京裁判の問題も戦後問題を考える時は検討を加える必要がある。判断停止に陥っては知識人の恥と知るべきであろう。

まず戦争裁判という前例のない芝居が何故挙行されたのかという問題。そしてニュルンベルグ裁判のコピペが東京裁判で許されるのかという問題。

Wikipediaを軽く当たってみたが、どうも感心しない。クリアカットではない。

歴史修正主義なしに歴史『学』は成り立たない

2015-05-10 08:00:30 | 歴史修正主義
歴史は勝者がでっち上げる。後年敗者が考証して糺す過程なくして『学』としての歴史学は成立しない。

その場面にいるのは勝者と敗者である。判定者、裁判官がいるわけではない。理想的な裁判制度というのは先進国でもないが(程度問題としてはあるが)、理想的に近いと言われる裁判制度でも誤審の可能性を排除出来ない。

いわんや勝者が敗者を裁くことに胡散臭さがつきまとうのは当然である。東京裁判で中立的な国の判事はいない。あえてあげればインドのパル判事くらいのものである。かれはイギリスの隷属国であったインド人だが、インドは対戦中イギリスに従属して日本と戦ったグループと日本の支援のもとにイギリスから独立を目ざしたグループに分かれた。そういう意味では純然たる戦勝国とは言えない。

その唯一、中立的立場に近いパル判事のみが「日本無罪説」を取ったことは有名である。

死刑廃止論者の最大の根拠はいかなる場合でも誤審の可能性があるから、というのである。いわんや、喧嘩を勝ったばかりの興奮しきった獣性をむき出しにした勝者が裁いた内容が未来永劫正しい等という理屈は幼児でも認めないであろう。

後世の修正動議を真正面から受け止めて、学問的検証の手順に耐えてこそ、勝者の主張は確立するのである。動議を提出する事自体を事前に押さえ込もうとする、忌まわしい策動のことを『ファッシズム』と言う。