東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

誰が殺人餃子の公表を遅らせたか

2008-01-31 20:17:35 | インポート

JTフーズというのはJTの子会社だってね。昔の専売公社、今は株式会社というから調べたら株式の50.02パーセントは財務大臣がもっている。相変わらずの国営会社だ。年間売上高4.7兆円。たくさんの政治家が群がる。JTも相変わらずの小役人根性で政管界にゴマをすりながらうまい汁。現状を総括するとこうなろう。

今回の殺人ギョーザ事件は昨年の暮れに発生しているのに、公表が一月も遅れた。今晩のNHKでもいろいろ取材したフリをしている。都庁が報告を送るファックスの中継ミスをしただってさ。いい加減にせいよ。

今回もJTは真っ先に政治家にお伺いを立てたに違いない。媚中派の政治家は中国を刺激しちゃまずい。そっとやり過ごせと指導する。おりから福田首相は中国にいく。もうすぐコキントウが来日する。中国のご機嫌を損ねちゃまずいというわけだ。

とろこが市川で深刻な事態が発生して押さえ切れなくなった。以上の経緯が本当かどうか、マスコミ労働者諸君は検証しなければならない。媚中派が「二階」からもみ消しをはからなかったかどうかをだね。

自民党だけじゃない。このあいだ、中国でコキントウに拝謁出来た感激でみっともない笑顔を撮られた小沢一郎や民主党の連中だって事実を抑えにまわっていた可能性が高い。

そもそも、この天洋食品だっけ、この会社から日本のたくさんの会社が大量に買っているらしいが、その仲立ちも政治家がしたのではないか。


ヘニスのふすま

2008-01-29 10:02:24 | 篤姫

槍衾(やりぶすま)という言葉がある。集団で槍を水平に構えて隙間なく壁をつくる戦法だ。防御、攻撃どちらの戦法だったか忘れた。

クレッチマーは天才というのは精神病質者が時代の律動に共鳴して発現するものだと言ったんじゃないかな。それともオイラが言ったのかな。ま、天才というものは秋になって豹が美しい毛に抜け替わるようなものだ。これを豹変という。「大人虎変、君子豹変」とは易経の言葉だったかな。大人虎変もおなじ意味である。

西郷が最高に輝いたのは幕末の日本を西郷カルト教の信徒のごとく、手足のごとくテロリストたちを操って時代を回転させたときだ。

今日は篤姫放映を記念して鹿児島観光である。桜島を見渡す日当たりの良い丘の上に西郷隆盛の墓がある。その異様な光景に吐き気を抑えられなかったのは、何年前のことだったか、忘却つかまつり早漏。

墓を巨大にして美々しく飾るのは田舎ものの通弊である。西郷の墓も巨大な美岩がそそり立っている。それはまだいい。

驚いたのは西郷の墓を囲んで隙間なく息苦しくなるほどの至近距離に巨岩の墓石が林立していたことである。おおくは西郷にしたがって西南戦争で死んだ連中のであろう。西郷は大根じゃない、巨根の持ち主であったという。一説には陰部の病気で膨れ上がっていただけという。とりまく墓石は西郷との近さをお互いに争っているように見える。

西郷の墓石は陽根が勃起するがごとく、怒張するがごとく天を突いている。周りにはオイラの西郷ドンに触らせてなるものかと西郷一派の連中が天に向かってふとかペニスのやりぶすまを築いているように見える。それとも西郷ドンが逃げようとしても逃がさんぞというつもりだろうか。

西郷は倫理家である。建設の時代にテロリストはいらない。ある種の蜂は仕事が終わると集団で火の中に飛び込んで自殺をするという。西南戦争では西郷が先頭にたって火の中に飛び込み、手足のように使ったテロリストを道連れにして一派一からげに問題を解決したように見える。西郷の西南戦争における言動を検討するとそのように思われるのである。合掌


直木賞の市場性と南国太平記の市場性

2008-01-27 07:44:40 | 篤姫

直木賞は三越の包装紙くらいの効果があるらしい。一方南国太平記はマーケットで見かけない。もっとも直木三十五の小説というのはなべてまったく本屋にはない。小説として拙劣ということだろう。古本屋や図書館にはあるのかもしれないが。

南国太平記が再版されないのは、それ以外にも言論自主統制の意味合いがあろう。つまり出版社が勝手に自主規制している可能性がある。平成の御世は女学生のような自己検閲の最盛期である。大日本帝国の最盛期、検閲があり、治安維持法が支配していた時代よりも言論統制がカッチリしている事態は笑止というほかはない。

皇太子妃の実家のスキャンダルをエログロ風の筆致で書いた小説など新聞や週刊誌でははなから掲載しないだろう。その一方で日本語を不自然にゆがめる言葉狩りなる悪習が悪臭をはなっている。一言で現代の風潮を覆えば「狂っている」ということだろう。

南国太平記が書かれた昭和5年、昭和初期は現代とよく似ているんだけどね。大正バブルがはじけた。町はエログロナンセンスおおはやり。モボ(モダンボーイ)、モガ(モダンガール)なる言葉があり、奇矯な風体をした若者が町をおおう。政府は軍縮をしようとする。軍縮というのは最大の官僚集団である軍隊の縮小ということである。いまでいえば行政改革である。つまり今の厚生労働省などの役人が職業軍人にあたる。

この軍縮に反対する軍事官僚が政府に不服従の抵抗を行う(満州事変、シナ事変拡大、515,226事件)。経済は恐慌である。平成の現代とかわるところはない。唯一の違いは、現代では言論の「おりこうさん自己統制」がおこなわれていることである。


年表の楽しみ再び

2008-01-23 16:34:59 | 篤姫

慶応三年の暮れは多事であった。

10月13日 京都二条城会議

諸藩の代表を集めて、徳川慶喜が大政奉還についての意見を聞く。小松帯刀は坂本竜馬とともに大政奉還とその後の徳川を含めた新体制を考えた人物なので最初に賛成を表明した。

10月14日 大政奉還を朝廷に奏上

10月15日 朝廷が大政奉還を許可

10月15日前後に倒幕の密勅が薩長両藩にくだされた(という)。現物はなし、写しなるものがある。密勅を請願したのは、二条城会議で大政奉還に最初に賛成した小松帯刀ほか、西郷隆盛、大久保利通の連名になっている。この関係は種々考量すべきである(結論は出るはずもないが)。請願書のあて先は中山、正親町三条、中御門の三公家になっている。

密勅の発信者(奏上者)は藤原忠能、藤原実愛、藤原経之の三公家になっているが、役職など有効なものか、そもそも本物かどうか断定できない。もちろん写しには御名御璽はない。

一番理解できないのは穏健派の小松がどうして請願をしたのかということだ。ひとつの担保として、すなわち徳川慶喜が大政奉還しなければ倒幕の武力行使に踏み切るということなのか。どうもしっくりこない。

10月26日 小松帯刀、大久保利通、西郷隆盛らは鹿児島にもどる(汽船あるいは軍艦で)。政局があわただしく、このころは京都と鹿児島の往復は蒸気船が使われたため、現在とさして変わらない時間で往復できた。陸路徒歩で行けば最低でも一月はかかったであろうが。

11月13日 鹿児島から軍艦に兵士3千人を乗せて京都へ出航、同日小松帯刀はやはり軍艦で土佐に向かう予定だったが、急病にて出発できず。土佐で大政奉還後の体制について打ち合わせる予定だった。小松のかわりに大久保利通が土佐に向かう。

11月15日 坂本竜馬暗殺される。

11月19日 京都御所において大政奉還後の政治体制が話される(いわゆる小御所会議)。薩摩代表は家老の岩下と大久保、西郷。大政奉還後徳川を含めた大連立を考えていた小松はいない(排除された)。西郷と大久保は大恩ある小松には頭があがらない。岩下では押さえが利かない。

大政奉還の理論的なブレーンであった坂本竜馬は殺されていない。山内容堂でなくても仕組まれたと思うのは当然である。かって斉彬は藩主になるために自分の父親を幕府に売った。斉彬の子分である西郷が大恩ある小松に一服もって動けなくした可能性は十分にある。

会議にははじめから徳川慶喜は呼ばれず、徳川家の領地没収が一方的にきまる。新政府の役職からも一切排除される。

江戸では西郷の指令でテロが続行される。たまりかねた幕府は12月末にテロリストの巣窟である三田の薩摩藩邸を焼き払う。

この知らせが数日後関西に届くや、慶応四年1月3日薩長が暴発して鳥羽伏見の戦いとなる。西郷の挑発がみごとに成功したのであった。

さて、11月13日の鹿児島出発前に小松が急病で動けなくなったのと坂本竜馬の暗殺はあきらかに連動しており、過激派西郷一派の策謀である可能性が非常に高い。

なお、小松帯刀には明治新政府から維新の功労に対して二千石が与えられたが、小松は謝絶している。拒絶したといっていい。小松は病が回復せず明治三年死去した。


西郷隆盛の強迫観念

2008-01-23 13:03:03 | 篤姫

島津斉彬は安政五年(1858年)七月に急死する。鹿児島で軍事演習に臨んでいるときに炎暑のなかでの無理がたたったのか食あたりだという。疫痢に感染したともいう。

これを西郷隆盛が信用しないんだね。強迫観念というのかな、西郷は毒殺という言葉に過剰に反応する。大体こういうのは自分だったらやりかねないという無意識の性向が反映するものだ。だから相手を非難する言葉を注意深く観察すると、大体相手の本性がわかる。

中国や韓国にたくさんある日本人の残虐さをグロテスクな蝋人形にした展示でいっぱいの「抗日記念館」を見学すれば中国人や韓国人の残虐性、野蛮な本性が理解できるようなものである。

彼らの本性を露呈した想像力のたまものがそこにあるのである。想像力は身の丈を超えないというではないか。

閑話休題 西郷の先輩たちはおゆら騒動でおゆらや久光を毒殺しようと計画している。相手もやっているだろうというわけである。

西郷の固定観念によると、おゆらは和製のカトリーヌ・ド・メディシスみたいだ。フィレンツェの支配者一族でフランス王アンリ二世に嫁いだ。彼女がフランスに香水を教えたことになっている。イタリアから香水の調合師を連れてきた。これが実は毒薬の調合師だったというのだ。

カトリーヌはフランスの政治に介入し、政敵を次々と毒殺していった。おゆらは斉興の愛妾として、むすこの久光を可愛がっただろうが、藩政にちょくちょく口を出したことがあるのかね。まして、毒薬の専門家を抱えていたのか。ちょっとありそうにない。西郷の妄想もここにいたれりという感じだ。


おゆら騒動の可塑性

2008-01-23 09:28:02 | 篤姫

おゆら問題の変遷、その第三ラウンドである。大正末年に皇太子(後の昭和天皇)のお后選びで元老とクニノ宮家の間で悶着があった。右翼というか、壮士というか、院外団というか、そういう連中も双方に分かれて争ったのである。

ほとんどの右翼はクニノ宮側についた。理由はない。元老をやっつけたい一心である。きわめて党派性の強い、低次元の政争であった。

問題の発端は昭和天皇のお后にクニノ宮家の良子姫を決めたことだ。前にも話したとおり良子様はおゆらの曾孫にあたる。祖父は斉彬派や西郷隆盛が忌み嫌う久光である。

大正初めの三田村の作文によって、当初右翼の連中はおゆらの血が皇室に入るのは反対であった。薩摩の西郷派に連なる連中も猛反対である。久光の血が皇室に入るのは大反対である。明治政府を牛耳る一方の長州閥も薩摩の血が皇室に入るのは大反対である。政治バランスが崩れるからである。

その彼らがなぜ掌を返したように婚約賛成に回ったのか。簡単である。長州閥の元老山県有朋が婚約反対を表明したからである。敵の敵は味方というわけで、ほとんどの右翼は一転してクニノ宮側についた。頭山満や北一輝も反山県の立場から婚約を支持した。

「綸言汗のごとし」なんて理屈をつけてね。そして婚約は破棄されなかったのである。右翼側の元老に対する始めての勝利である。敗れた山県有朋は政界を引退して翌年死亡する。明治以来続いていた元老支配の時代が終わったのである。この意味合いは大きい。以後、田舎の百姓上がりの高級軍事官僚が支配する時代となり、政治的には無統制無秩序状態となり、昭和20年の敗戦亡国にいたる。ここに明治維新以来の大業の成果は烏有に帰したのである。

なぜ、山県は反対したのか。クニノ宮家に色弱の遺伝があることがわかったからである。あながち、薩摩の血が皇室に入ることに反対するだけが理由ではない。

ある意味では山県はいうべき疑念を批判をおそれず言ったとみることも出来る。それが自分の義務であるとの自覚があった。それに比べると平成の平沼赳夫はだめだ。なにも言わない。ことは色弱ではない。適応障害とかうつ病の問題である。はるかに深刻な問題だ。だんまりを決めるのはよくない。たとえ結論がどうなるにせよ、彼は責任を果たしていない。

第四ラウンド 金儲けのためのリバイバル 南国太平記

職業軍人の娯楽たる南国太平記


文京区役所疑惑

2008-01-22 18:19:29 | 社会・経済

今日というよりは、今朝は書きたい話題の多い日だ。すでに二つほど書いたが、朝書くひまがなかったヤツだ。テレビ朝日だったか、文京区役所がどういうわけか、箱物(統合小学校など)を無理やりに作るのは変だと報道していた。

良い線をいっていると思うね。政官業談合だろう。区役所だけじゃない。あそこの区議会議長は民主党じゃなかったかね。選挙のたびに小沢一郎系の不動産屋が強引な選挙運動をする。テレビ朝日にはフォローをしてもらいたい。


おゆらネタの多年草性

2008-01-22 10:15:32 | 篤姫

おゆらネタというのはbeefyであり、fattyであるから、ネタに生命力というのはおかしいが、何回もリバイバルがある。この江戸時代最後のお家騒動は、しかし、比較的芝居や小説になることがすくない。

それは当事者の子孫が明治時代以降権力サークルに入っているので、伊達騒動のようなほかのお家騒動と違って歌舞伎なんかに出来ないわけだ。明治時代は島津の久光系から公爵だけでも二家が出ているし、西南戦争で西郷隆盛が滅んだとはいえ、薩摩の勢力は新政府で絶大な権力をにぎっていた。

ま、明治末、大正初めに三田村鳶魚が書いたものと南国太平記くらいだ。

第一ラウンドは幕末だ。おゆらネタは最初、西郷隆盛一派の政治パンプレットとして現れる。自藩のみならず、他藩にも自分の恥である藩ネタをオドロオドロしく粉飾して宣伝するわけだ。総会屋の怪文書だな。

朝日新聞みたいなものだ。中国や外国にあること、ないこと自国に不利になることを売りつける。

これまでのNHK大河ドラマ「篤姫」を見てもわかるとおり、斉彬は自国の恥を幕府に売って父を追い落として藩主になる工作を二度、三度とおこなっている。調所のこと、おゆら騒動を逐一幕府に通報したことである。斉彬は自国に対する背任行為とともに、父を追い落とすために外国(幕府)を利用するという人倫の罪を犯しているわけだ。

普通ならこれはいずれもお家取り潰しの可能性がたかい。それを斉彬が平気でやったのは幕府の手先になることで内々話がついていたからである。

要するに第一ラウンドのおゆら騒動のニュース性は斉彬と忠犬西郷隆盛のおゆら、久光に対する嫉妬に基づく。

第二ラウンドは八王子の百姓侍が徳川恩顧の民を気取ったところからおこっている。大正前後に活躍した文芸評論家に三田村鳶魚というのがいる。百姓のくせに、八王子千人同心なんていっていた連中の子孫だという。それが恩顧の徳川家を滅ぼした薩摩にくし、そして明治大正と政界を牛耳る薩摩藩にくし、久光にくしでネタを探していたところ幕末に流布していた政治パンフレットをみつけたのか、西郷一派の生き残りから話を聞いたのだろう。

旧薩摩藩士の加治木直樹だったかな、彼からの聞き書きとして「おゆら騒動」なる作文をものしたのである。これを右翼の連中が利用した。当時右翼という言葉があったかどうかしらない。また彼らが自分たちをそう呼んでいたかどうかもしらない。日本主義者とか国粋主義者といっていたのかな。三田村が文章を発表したのは雑誌「日本および日本人」だったか、国粋主義者の集まるところであった。

第三ラウンド以降は次号にて。


江東区のマンション火災

2008-01-22 07:21:19 | 社会・経済

昨夜また 東京都江東区の「都営マンション」が火災だ。9階という。マンション火災というニュースに三つのキーワードが出てくるケースが多い。いわく、

*江東区、*都営マンション、*9-14階

なぜだろう。消防庁は分析をしているかな。建物の問題か。火災感知器の質、早期発見のマンション側の体制もあるのだろう。また、住民の問題もある。なんといったらいいのか、チト語弊があるが「民度」といいますかね。


ハンドボール、韓国にうっちゃりを食うな

2008-01-22 07:11:18 | インポート

ハンドボールのアジア予選だが、どうして日本開催になったのか不思議に思っている。今朝のニュースでクエートにあるアジア連盟が日本で開催したら日本を除名するとか脅迫文を送ったというニュースだ。

これを見て韓国にいっぱい食わされたんじゃないかというかねての疑念が強まった。この脅迫文を日本ハンドボール連盟は速やかに公開すべきだ。肝心の韓国についてどういっているのかね。

大体、誤審を撮影したビデオをCDにしてアピールしたのは韓国だろう。なぜ韓国開催を主張しないのか。ある程度アジア連盟と裏で話をつけているのではないか。いつもの半島人の手だ。あまり浮かれていると最後に日本が割りをくうよ。

韓国は男子では日本より実力は上だそうだが、有力選手はドイツのプロなどで、やり直しの予選には出られないという情報がだいぶ前から流されている。おそらく意図的なものだろう。結局有力選手を欠いた編成になるのではないか。そして日本が勝つ。開催地も日本、オリンピックにいくのも日本となると、風当たりが強くなる。テロまがいの妨害も心配だ。

日本のハンドボール連盟にどれだけの政治力があるのかね。