東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

川上哲治V9と楽天善戦

2013-10-31 07:44:50 | 社会・経済

日本シリーズの楽天なかなかやるね。これは星野監督の力はなく、導入ようやく50年のドラフト制度の成果だろう。原監督のV2もV9ほど簡単にはいかない。

楽天が田中投手をとれたのもドラフト制度のおかげだしね。

川上哲治氏がなくなった。なつかしい名前だ。かれのV9はドラフト制度が導入された1965年から始まったわけだ。それだけに偉大といえる。

もっとも、ドラフトが定着したのは大幅に制度が改正された1978年以降だろう。V9は73年に終わっている。

V9はちょうど端境期で巨人大鵬卵焼きでだれでも菅野投手のように巨人に集中した時代の戦力が残っていた時期だろう。

此れによって是れを見るに、どのチームにも優勝するチャンスがあるということは、ある意味では公平平等、別の意味では野球賭博の胴元がよろこぶ状態になったわけである。オッズがばらつくからね。

ひるがえって、競馬会をながめると、ファン減少で長期低落傾向にあるというが、種牡馬買い付けも日本中央競馬会が一括して行い、馬主購入希望者にドラフトで分配すれば賭博性が高まり競馬人気も復活するかもしれない。

ファンも成熟しているから、かってのハイセイコウのようなスター馬の出現で一気に売りあげが増えるということはもうないだろう。公平な運用を担保しながら、競馬本来の賭博性を高める工夫をしなければ凋落は食い止められない。

もっとも賭博性を高める意味で馬単とか、3連単だとかWIN5も導入されているが、効果はいまいちではないか。

種牡馬のドラフト制度導入しかない。同時に生産馬の分配にもドラフト制度を導入するのがいいだろう。

参考になりましたか?



朝鮮に徴兵制なし

2013-10-22 09:11:24 | 国際・政治

このブログ、このカテゴリーでは他人のアップに言及することはあまりないようだ。不文律なのかもしれない。紳士的な雰囲気でよいと思う。

事実関係なので、お許しを得て、確認の意味で、蒙を啓いていただく意味でアップします。

日本統治時代、朝鮮人(当時の言葉で)に対して同じ日本人とはいえ徴兵制をしいていなかったと聞いていますが?(これは差別の一種かもしれませんね)

太平洋戦争末期に兵員の消耗が著しいので補充の意味で朝鮮人から志願兵を募ったとは聞いています。しかし、その大部分は最前線に送られることなく、捕虜収容所勤務などについたといわれます。

終戦後、多数の朝鮮人兵士が捕虜虐待の罪で連合国軍からBC級戦犯として訴追され処刑されたといいます。

さて、志願兵を募ると大変な倍率の応募があったという。これで内地人とおなじステータスが得られるということで応募が殺到した。日本人名への改名(創氏改名)とおなじ動機です。改名は認可(許可)制で原則として日本名への改名は許されていなかった(要確認)。もっとも満州などでは現地の人たちとの関係を有利にするために勝手に日本人名に改名したという。つまり、許可性でもあまり強い制約を持っていなかったということでしょう。

これは徴兵制の話です。将校などの職業軍人には日本人と同一の機会が最初から与えられていた。陸軍士官学校への入学試験に合格すれば職業軍人としてのキャリア昇進が認められている。朝鮮人で少将以上になった人は沢山いる。今のパククネ大統領の父親は日本の陸軍士官学校卒業で終戦時には日本軍の大尉か中尉ではなかったか。

それからシナの若者にも日本の陸軍士官学校は開かれていた。中華民国主席(大統領かも、呼称確認必要)の蒋介石も日本の陸軍士官学校の出身です。

補足; その後wikipediaで確認したので一部修正しておきます。大勢においては趣旨を変更する必要はないようです。

志願制は日中戦争勃発後始まったらしい。一例として1942年には4077名を募集したが、応募者は62倍強の25万4千2百73人であったという。

また、法改正により1944年9月から徴兵制が始まったが入営は1945年1月から7月の間に限られたため訓練期間中に終戦を迎え、実戦には投入されなかった。

また、パクチョンヒ元大統領は満州国士官学校に入学でした。終戦時の階級は中尉。理由は書いていないが、彼は入学不適格者とされたが、三度血書を提出して入学したという。よほど入りたかったのであろう。


日本のゲリラ鎮圧に百万人の米兵が必要

2013-10-09 20:36:56 | 国際・政治

10月6に始めたこのシリーズで政治文書(歴史文書)に出てくる数字はよほど注意しなければいけないと述べた。

アメリカ人は百万という数字が好きだ。自分の幸福をミリオネアという言葉でしか表現できない野蛮人である。

トルーマンが原爆を投下しないと日本を降伏させるまでに更に百万人の米兵の犠牲が必要だとほらを吹いたはなしがこのシリーズの発端であった。

マッカーサーがこんなことを言った(といわれる)。ころごろはオイラも用心してこういう。

天皇を戦争裁判にかけたら、日本人全体がゲリラ化して内戦がおこり、アメリカは長期間日本に百万人の米兵を半永久的に駐留させなければならなくなる、とね。吹きも吹いたりだ。

余談だが、天皇が本土決戦を絶対に不可としたのは、必然的にゲリラ戦を国民全員に強いることになるからだ。兵士として戦うのとゲリラとして戦うのでは悲惨さが全く違う。ゲリラには国際条約の保護は全くない。平服を来た戦闘員(スパイとゲリラ)には人道的な扱いをする必要がないというのが国際常識であったし、いまでもそうである。

アメリカのイラクやアフガニスタンでの現在の行為をみればわかる。テロリスト(ゲリラの一種)とみなすから容赦なく残酷な作戦を行うのである。天皇は国民にこのような帰結をもたらすような、アメリカに口実を与えることになるような軍部の本土決戦策を排除したのである。

ちなみに社会党(いまはないが)の残党諸政党がいう、憲法改正反対(第九条)、自衛隊反対などの思想は、外国から攻撃を受けた場合に、1:なにも抵抗しないで隷属しろ、あるいは2:ゲリラ戦で抵抗しろという二つの帰結しかもたらさない。これは野坂昭如が朝までテレビで放言した。かれはいざとなれば国民はゲリラとして自然発生的に戦うから自衛隊もいらないし、第九条も変える必要がないというのだ。あきれてものもいえない。

国民に時間的余裕がある間に国防策をたてず、いざとなれば地獄のゲリラ戦で抵抗しろというのか。そんなことで政治家といえるのかな。


「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」終わりまで読みましたぜ

2013-10-08 20:48:18 | 国際・政治

鳥居民著草思社文庫、最後までようやっとの思い出で読んだ。毎ページ「賛成するにちがいななかった」、「ではなかったか」、「間違いのないところであった」、「なかったのであろうか」、「あったにちがいない」、「からであろう」という言葉で終わる文章を読ませられて嫌にならないほうがどうかしている。

しかし、いったん書き出したからお約束通り最後まで読んだわけ。

一つの推測として、言っているようなストーリーを組み立てることは出来るだろう。唯一無二となると難しいが。

そしてせいぜい10ページか20ページに収めることだ。それならインパクトもあった。それを200ページ近くに引き延ばし、全然関係のない(歴史としてはつながっているが、タイトルには直接関係のない)シナ事変初期の話や尾崎秀実のはなしで100ページもひっぱるのはね。感心しない。

これはもっとも草思社の編集の責任かもしれない。

それと気になるのはこれが鳥居氏の独自の見解かどうかということ。戦後60年以上の間には類似の研究はあったのではないか。

鳥居氏は三人の研究者のお世話になったと書いている。しかし、具体的に言及、引用していないのでどういうことか、読者にはわからない。ちなみに三人とはアルペロヴィッツ氏、仲晃氏、五百旗騎頭真氏である。

どこまでが鳥居氏の発想で、どの部分が先行研究者の見解なのか腑分けができない。

ま、そんなことに関係なく、言及している出来事から、あらためてあの戦争の感慨を新たにするであろう、人それぞれに。

アメリカとの戦争は昭和19年には終わっていた。昭和20年以降アメリカのやっていたことは戦争行為ではなく、ホロコースト犯罪であった。

日本国民民間人への焼夷弾爆撃(戦略爆撃という美名がある)で麻痺した道徳心の消滅から戦争終結に必要のなかった原爆投下までは、大量殺人犯が十人殺したあとは、あと何人でも同じだという神経(無神経)へのほんのわずかの飛躍だったのだろう。


尾崎秀実の思い出本題

2013-10-07 19:25:12 | 国際・政治

とある秋晴れの午後、多磨墓地で二人の外人青年に道を聞かれたことがある。

二人とも金髪の白人でひょろひょろと背が高く、スラブ系のように見えた。一人はタタールの血が混じっているのか頬骨が張り出していた。

私は久しぶりに東京に帰ってきて病死した昔の恋人の墓参りをしようと思い立ったのである。

二人は日本語で話しかけてきた。「おざきほつみの墓はどこですか」。言われて戸惑ったがかすかにゾルゲ事件の関係者かしらとあやふやな記憶が浮かんできた。わたしが「ああ、ゾルゲ事件で死刑になったスパイの?」とつぶやくと二人は侮辱されたようでなにやら言おうとしたが、もともとこちらも墓がどこにあるのか知らないらしいと思ったのか私から離れていった。

彼らは手にメモだか地図のようなものを持っていた。どうも近くに尾崎秀実の墓があったらしい。いまでもロシアではゾルゲや尾崎は救国の殉教者として大きな尊敬を集めているらしいことが彼らの反応でわかった。

いつのことだったか、もうソ連邦は崩壊していたような気がするが、大分昔のことだ。


尾崎秀実の思い出

2013-10-07 08:14:02 | 国際・政治

物騒な題だな。前回の続きである。

鳥居民「原爆を投下させるまで日本を降伏させるな」。ようやく90ページまで読んだ。読むのに苦労する本だ。理由は文章が下手なせいだ。

著者が最初に断っているが、シナ事変(昭和12年以降初期)の話が最初の半分以上、後半がタイトルの話。そしてしょっぱなに終戦直前の御前会議の話が10ページほど出てくる。前回はここを読んでのアップであった。

90ページ当たりまで苦労して読んだ。ほとんど昭和19年に東京拘置所で絞首刑になった尾崎の「活躍」だ。だから書名のテーマがどう料理されているかご報告できない。

著者は戦時中のシナ関係の歴史の専門家だそうだが、ほとんど推測だ。「ではないか」、「と推測される」といった文章で埋め尽くされている。文章がうまくて、整理されていて、必要な補足説明(素人向けの)があれば面白いのかもしれないが、せっかくのネタがかわいそうだ。

90ページまで読んだところでは尾崎の最大の仕事(尾崎自身も最大の仕事と考えていたことは)、スターリンに日本の南進方針をご注進したことではなくて、日本にもあった蒋介石との和平推進論に反対してシナ大陸で大々的に日本軍の作戦を展開して、シナに平和をもたらさないようにするように言論マスコミに登場して煽ることである。これは毛沢東から尾崎への指令であったという。

蒋介石と日本軍が争っている間に毛沢東がシナ各地に浸透しようというわけである。

つまり蒋介石が日本と講和すれば、蒋介石の国民党軍は次にシナ共産党の討伐に向かうから毛沢東には都合が悪いわけだ。

そこでいつになったら「原爆投下裏話」の話をできるかわからないので、尾崎の思い出をひとつ。なにそんなに眉を動かさなくてもよろしい。大した話じゃないから。

長くなったな、わけてアップするか。

つづく


政治臭文書で数字に注意

2013-10-06 13:22:52 | 国際・政治

「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」鳥居民著草思社文庫を読み始めた。

このカテゴリーに掲載されたいたほかの人の記事で興味をもったのだ。

最初に著者はトルーマン大統領が「原爆を落とさねばさらに百万の米兵が死ぬ」とか言って原爆投下を正当化した問題を取り上げている。これがどうも香具師のいんちき口上らしい。アメリカの学校では今でもこれが教えられているという。もし本当ならとんでもないことだ。

香具師の口上と違うのはいくら抗議しても値段が、いや数字が下がらないことである。

鳥居氏はフィリピン、沖縄での米兵の戦死者は2万7千人であることから考えて百万というのはおかしいという。もっともな意見である。

もっとも、べらぼうに多くの、という意味でミリオンズ・オブという修辞なのかもしれない。それなら翻訳者はモチット工夫せい。

一方鳥居氏のいう数字にも変だなと思うのがさっそく出てくる。アメリカがグアムサイパンを占領すると日本本土へのB29による爆撃を開始したが、連夜500機の大型爆撃機B29が飛来したという。ちょっと変だ。

テニアン、グアム、サイパンの飛行場から出撃させているわけだが、一晩で500機も出撃させる能力が米軍にあったとは考えられない。第一そんなに多数を出撃させる必要もなかっただろう。

これは当時日本近海に複数遊弋していた航空母艦から出撃した艦上攻撃機(戦闘機に毛のはえたようなもの)やB29編隊の護衛で飛来するムスタングなどの護衛戦闘機を含んだ数ではないのかな。

まだ本題に入っていない。本も10ページほど読んだだけだ。以下次号。

& その後調べたところ、何度か500機程度の編隊で空襲したことがあるらしい。毎回ではない。原爆搭載なら一機ですむわけだからえらい生産性の向上になるわけだ。

だけど、この資料米軍の資料なのかな。それとも日本軍の資料なのか。まだ半信半疑である。著者の鳥居氏は出典をあきらかにすべきだろう。


2 + 2

2013-10-04 07:44:19 | 国際・政治

2 + 2 に アメリカの本物の閣僚がふたりきたのは前代未聞だと馬鹿なマスコミははしゃぎまわっている。たしかにいままで2+2はテレビの短いテロップが流れるくらいのボンヤリしたニュースではあったわな。

ヘーゲルとケリーが日本に来たのはシリアで大失敗して、なにか埋め合わせをしなければならないということだろう。アジアならまだ存在感がしめせると考えたのかもしれない。

ヘーゲルなんぞ、日本に来る前にチョン半島にいってパククネの狂説をかしこまって承っている。パクなんか女の常で、告げ口をするいい相手が来たと思ったのだろう。

それとロシアとの2+2が行われるのが大きい。場所は決まったのかどうか。とにかくコズロフ外相が出席することは間違いないようだ。国防省も大臣が出るのではないか。アメリカがいまごろジェスチュアで雁首をそろえてもありがたみはネエゼ。

それと、これは昨日だけのことではないが、握手をするときにすぐカメラのほうを向くように促すのはどうみてもエチケットに反する。そんなにない機会なのだから、相手との親密の情を深めるいい機会だ。相手の目を見て、言葉を交わして信頼を深めるべきだ。

手を握って、相手がまだ話しかけそうにしているときに、ジェスチュアでカメラのほうを向かせる。田舎者と思われるぜ。

この珍妙な日本の政治家の習慣はいくつかの原因があるようだ。

1:田舎政治家の常として、外国の偉い人と一緒の写真を選挙でばらまきたい。だから正面から写真をとらせる。

2:日本のレベルの低いマスコミ・カメラマンから声がかかる。「こっちを向いてください」てな声がな。

つまり田舎者政治家と薄汚い日本のカメラマン双方に原因がある。

& あれじゃ外国の政治家が日本との会議への出席を嫌がるわけだ。撮影するほうはテレビに出ないからわからないが砂利みたいなゴミみたいなカメラマンがわんさと取材にくるらしい。そいつら全員にシャッター・チャンスを与えなければならないから、被写体は長い間バカみたいなひきつったような顔をして立っていなければならない。まるで警察の手配写真を撮られるような嫌な気分だろう。日本の政治家以外には。

それに日米同盟といっても主従の関係であり、しかも何十年と続いている関係だ。日本が勇気をもって日本の利益を代弁して問題提起しなければ、実務者レベルですべてことはすむ。つまりアメリカの閣僚は出席するまでもない。それもアメリカ閣僚が出席に消極的だった理由だ。


NISA連歌・耳

2013-10-03 10:30:49 | 国際・政治

  財務省やら金融庁の下っ端役人があれこれ消費者保護の観点から煩瑣なレッドテープを考える。彼らも無知能の政治家からせっつかれて苦し紛れに考えるのである。間に立つキャリア官僚は『道路』でしかない。政策立案能力もなく、法案作成能力もない。道の駅である。かってシナ文明が日本に伝来したときに、その間にあった生蛮である朝鮮半島種族が果たしたような役割しか果たせない。<o:p></o:p>

  そこに、悪辣な銀行族が加わる。主導権を握っているのは彼らかもしれない。「へいへいぺこぺこ」しながら新しい法案、規制を自分たちの利益に合致させる。そのさい、銀行が犠牲に供するのは一般顧客である。彼らの大得意であり、もっともうまみのある顧客は規制の網を逃れられるようにする。今回のみずほの黒社会への特別待遇はその典型である。企業と黒社会が規制を免れるのである。<o:p></o:p>

  煩瑣な規制はすべて一般零細顧客に押し付けられる。皆さんも感じるだろうが、ここ10-20年、とくに金融危機以後銀行の窓口での手続きが恐ろしく厳しくなったことを感じているだろう。やたらに書類を書かされる。申告させられる。いまどき役所の窓口だってあんなことはしない。銀行は山のような、そうして作った書類を監査に来た下っ端役人にみせて、「どうです、法令順守でこれだけ厳密にやっています」と役人をだますのである。役人もわかっていてもだまされるのである。これが彼らの文化なのである。<o:p></o:p>

  銀行の窓口でやたらと書かされるアンケートなど法令では要求されていない。ところが銀行はこう顧客に説明するのである。「法律で要求されていますので」、「当局、関係官庁の指導ですので」。そんなものはない。顧客は要求された書類とかアンケートはつぶさに調べる必要がある。そしてその場では応じてはいけない。書式を家に持ち帰って、関係法令の条文との関係を確認すべきである。99パーセント応じる必要はないことが分かる。<o:p></o:p>

  ところが闇社会、大企業相手だとこんな煩瑣なことは要求しない。利益の源である相手を怒らせたくないのである。官庁に対するレッドテープ遵守(コンプライアンス)の証拠は一般顧客に必要のない書類を提出させて作る。なにしろ零細顧客だから圧倒的に数が多い。集めた書類は膨大になる。下っ端役人も満足する。報告を受けたキャリア官僚もご満悦である。<o:p></o:p>

  銀行がこういう行為をするのは、官庁用の書類の山を作るほかに、集めた個人情報をさまざまに悪用するためである。このメリットのほうが銀行には大きいだろう。顧客はこの程度の知識はもって、貴重な情報を詐取されないように警戒することが必要である。

 新しく導入されるNISAの説明(新聞などの)を見ていると同様のことが繰り返されるのは明瞭である。

 

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NISA連歌・波

2013-10-02 09:04:25 | 国際・政治

  昨今の銀行は品位もなにもあったものではない。これも金融危機でやたらと合併したのが原因だろう。悪貨が良貨を駆逐するという事例は銀行合併後をよく表している。わけのわからない銀行と合併を繰り返す。そして段々と格の下がる相手が合併対象となる。旧財閥系銀行はおっとりした上品さを失い、そのレベルは吸収したはずの最低の銀行の弊風に収斂する。<o:p></o:p>

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  私など銀行との関係といっても、零細顧客として通帳を握りしめて窓口嬢と対面するくらいのものである。この顧客との接点が如実に銀行の品位の低落を現わしている。<o:p></o:p>

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  かっては(百年前、50年前)は銀行に勤めているお嬢さんといっただけで仲人はなんの苦労もいらなかった。現在、窓口嬢といっても風俗嬢まではいかないが、スーパーのレジと変わらない。<o:p></o:p>

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  窓口の奥の実情については間接的に感じるほかないが、ひっきりなしに送り付けられてくるDMの悪質さは消費者金融なみであるところから、やはり悪貨が良貨を駆逐していることは明瞭である。<o:p></o:p>

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  大体、銀行に教える住所や電話番号などの個人情報は万が一の金融事故から顧客を守るためだと思って登録しているのだ。それをDM送付に使っていいなどと許可した覚えはない。<o:p></o:p>

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  銀行は自社のDMに流用するだけではない。意図的に他社に名簿情報を流出させていることは経験から明瞭である。大体、男の銀行員で定年まで勤めるのは一握りのキャリア行員だけだろう。たいていは途中で恩を売った融資先の会社などへ移っていく。そのときに自分の、会社の顧客情報を持っていく。危なくて、本当は個人情報など登録してはいけないのだ。<o:p></o:p>

  かって、大銀行はDMを送りつけるなどという「悪質」な行為は一切しなかった。