しっかりと覚えているつもりですが、それは35年前のことなのですね。
今朝の朝日新聞の天声人語に、三島由紀夫の自殺から35年とありました。
その第1報を聞いたのは「大変なことになった!三島が死んだ!」と研究室に飛び込んできた4年生の先輩から。
「卒論、三島なのに!」と。
市谷の自衛隊で割腹。なんか時代との齟齬を感じるようなニュースでした。
何冊かの本を読んではいたけれど、そういえば「春の雪」を書き下ろしで読んだのが最後かもしれない。はたして三島由紀夫の書こうとしていたことのなにを理解したのか…。
そういえば翌朝下宿で手にした朝刊に衝撃的な写真が載っていました。
あの時から35年なのですね。
お城の中の大学、そう大学はお城の中にあった昭和30年代後半に建替えられた建物だったけれど、数年前の同窓会で卒業以来初めてその城下町を尋ねたときは、どの学部もすっかり取り壊されて公園になっていました。
その25日の夕方、研究室に飛び込んできた先輩の様子をしっかり覚えているのだけれど、勿論その研究室もあるわけはない。
その際に訪ねた下宿先は、私の学生時代も既に充分に古い、蔵を改造した学生下宿だったのにちゃんと残っていたから、消えていくのは必ずしも順番ではないということですね。
当たり前に月日は流れていくようで、実は順番どおりかどうか、判らないものです。
今朝の朝日新聞の天声人語に、三島由紀夫の自殺から35年とありました。
その第1報を聞いたのは「大変なことになった!三島が死んだ!」と研究室に飛び込んできた4年生の先輩から。
「卒論、三島なのに!」と。
市谷の自衛隊で割腹。なんか時代との齟齬を感じるようなニュースでした。
何冊かの本を読んではいたけれど、そういえば「春の雪」を書き下ろしで読んだのが最後かもしれない。はたして三島由紀夫の書こうとしていたことのなにを理解したのか…。
そういえば翌朝下宿で手にした朝刊に衝撃的な写真が載っていました。
あの時から35年なのですね。
お城の中の大学、そう大学はお城の中にあった昭和30年代後半に建替えられた建物だったけれど、数年前の同窓会で卒業以来初めてその城下町を尋ねたときは、どの学部もすっかり取り壊されて公園になっていました。
その25日の夕方、研究室に飛び込んできた先輩の様子をしっかり覚えているのだけれど、勿論その研究室もあるわけはない。
その際に訪ねた下宿先は、私の学生時代も既に充分に古い、蔵を改造した学生下宿だったのにちゃんと残っていたから、消えていくのは必ずしも順番ではないということですね。
当たり前に月日は流れていくようで、実は順番どおりかどうか、判らないものです。