日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

…ふぅ~ん… 反芻している。

2012-07-18 12:32:06 | 母のことなど
現在入院中の母のこれから。
充分高齢だから、もう充分、という思いは本人にある。
でも命はあるのだから、「一日一日を前向きに」なんていっても白々しい、か。
では、何がいいのか。
周りのものは、できることしかできない。
生きているということは、その人自身のもの。

母は、こうなったからには(自分の身の回りのことも不自由になったのだから)
「もう長男夫婦のいうことを聞くよりほかないから」
という言い方をする。
「本当はこうありたいのに、我慢するしかない」という底意が含まれている気がする。

「そうじゃないんだよ」とワタシの中に声にならない声。
「相手に、したくないことまでを強制はできないし、自分でもそうしたくないでしょ。依然と違って、社会の仕組みとして介護制度ができたのだから、それを利用して自分の「生きる」を全うするということができるようになったのだよ」と。
だから、
「自分で選択して介護施設で暮らすよ」と、きっぱりと言って欲しい、娘がいる。
そうしたら、家に戻りたいときは、長男夫婦も同意してくれるだろうし、私が連れて行ってもいいし、「それがいいんじゃない」とワタシは思っている。

多分その流れになるだろう。
で、
「もう長男夫婦のいうことを聞くよりほかないから」
のフレーズが出てくると、あ~あ、なのです。

いいじゃないの。
介護施設宛に絵ハガキを送るよ。
気軽に電話もできるようになるよ。
自分のお城が、施設の1室でいいじゃないの。
いっぱい絵や写真を飾って賑やかにもできるよ。
100歳まで、大丈夫だよ。

どんな生き方をするか、決めるのは自分。
年取ったからって、長男夫婦まかせじゃないんだよ。
さ、自分で決めた、と言ってほしい、ワタシです。
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早朝の庭

2012-07-18 06:43:05 | 庭 7月
清少納言は「冬はつとめて」といったけれど、夏の早朝も凡人にはいい。
まだ朝日が射さず(東側の家の陰です)気温が上がっていない。昨日の炎天で疲れた花たちは、夕べに水を貰い、一晩で疲れを癒したかのようにすっきりとした表情をしています。
ひんやりした空気の中でベンチに腰掛けてぼんやり。至福です。

また、今日も炎天でしょう。
日差しはまもなくあなたたちのところにも届きます。
この暑さはちょっと頑張らなくてはならないかも知れません。
色とりどりの花をつけているあなたたち、急に賑やかになって、主が一回りみんなに挨拶するのも忙しくなりました。
みなさん夏の花壇をありがとう。ワタシ水遣り頑張ります(苦笑)。


あまりに暑くて、能動的ガーデニングは一休み。
現状維持(水遣りと花壇の草抜き)ぐらいです。
ボチボチでいいと思っています。
①サブ通路とメイン通路の後半をやること。
②挿し木のラベンダー群やバラたちを上手く育てて定植に持っていくこと。
③元気に育っている東壁のつるバラの誘引するための柵(?)を作ること。
④大鉢に常緑グリーン(オリーブにしようか?)を植えること。
⑤秋蒔きの花の準備(スィトピーはたっぷり植えたい)。

これら、水遣り、草抜きと平行してやらなくっちゃいけない。
ガンバレ→ワタシ
そのためには、夏バテしないように気をつけなくっちゃ、と気持ちもシャンとします。
これが副次効果でしょうか。

家族から「道楽だよね」といわれた。
まったくです。苦笑







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