田原『犬とわたし』(絵・いがらしみきお)(澪標、2023年11月20日発行)
田原『犬とわたし』は絵本。
犬と出会い、犬と別れる。思い出が残る。思い出は死なない。死なないというよりも、何度でも生き返ってくる。思い出が生き返るとき、また、犬も生き返る。
しかし、このとき、そこには「哲学」がない。「思想」がない。そして、その「哲学がない、思想がない」ということこそ、「絶対的な哲学」なのだ。世界で存在しうる(存在に耐えられる)たったひとつの「事実」だ。
こう言い直そう。
哲学なしに、思想なしに、どんないのちも生きてはいけない。生きているいのちは、みんな哲学、思想をもっている。それをことばにするか、ことばにしないか、だけである。ことばにしなかったからといって、そこに思想がないとは言えない。ことばをもたないいのちに対して思想がないと考えるのは、ことばもたないいのちと向き合っているその本人に思想がないからだとも言える。
ことばを発しないいのちから何を聞きとるか。
安易にことばを与えれば、それは嘘になる。
田原のことばは、嘘になる前で踏みとどまっている。だから、何も語らない犬からのことばが自然に聞こえてくる。
絵本の主人公の少年が犬のことを忘れないように、犬もまた少年を忘れることはない。
いつも一緒、
いつも一緒に走っていた。
前半に出てくるなんでもないようなことばだが、繰り返されている「いつも一緒、」が、この絵本を貫く思想である。哲学である。世界に存在しうるに値するたった一つの事実である。
人間が語る哲学(思想)で、私は「みんなが幸せになれるように」ということば以上のものを聞いたことがないし、読んだこともないが、「みんなが幸せになれるように」のなかにも、実は「いつも一緒」がある。「いつも一緒」以上の哲学、思想は、この世には存在しない。
お正月に、
肉のついている骨をかじるわたしを
じっと見つめて
よだれを垂らす犬はとてもかわいかった。
ああ、このとき、犬はただよだれを垂らしているのではない。一緒に骨つきの肉にかぶりついているし、骨つきの肉にかぶりつく少年を「とてもかわいい」と思って見ているのである。まるで母親が骨つきの肉にかぶりつく子どもを「とてもかわいい」と思って見ているように。そして、同時に、母親は、子どもになって骨つきの肉にかぶりついている。この「いつも一緒」を「一体になる」という。
おかしいのは(楽しいのは)、絵である。
この絵本の犬は、田原そっくりの目をしている。田原に出会っていなかったら、いがらしみきおは、こんな顔の(こんな目の)犬を描かなかっただろう。いがらしの描く犬は、その絵は、犬と田原が「いつも一緒」にいること、「一体」であることを証明している。それがとても愉快だ。
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