詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

青柳俊哉「仮晶」ほか

2024-09-29 12:13:57 | 現代詩講座

青柳俊哉「仮晶」ほか(朝日カルチャーセンター福岡、2024年09月16日)

 受講生の作品。

仮晶  青柳俊哉

惹かれて野花の咲く原へ

月へむかって花の成分がながれだす

ひとつの茎が指にふれる

かたい腺毛の奥のしずけさ
唇を花びらが噛む
苦みのある繊維質の霧のような香気

月がしぐれて 舌 崩れる

多孔質
スポンジ状の子房の中へそそがれて
種子へ結晶する

接合されて
野花と生きはじめる

 「月へむかって花の成分がながれだす」は、青柳の「詩語法(詩文法)」の特徴である。肉眼では見ることのできない運動が、言語によって実現されている。「花の成分」は具体的に何を指すか。それは読者の想像力に任されている。
 この詩には、ほかにもおもしろい語法がある。
 「ひとつの茎が指にふれる」「唇を花びらが噛む」。「ふれる」「噛む」という動詞の主語は「茎」「花びら」。人間ではないものが、人間に働きかけている。ここでは、人間が自己主張しない。「無」になっている。そして、その瞬間にあらわれる世界を生きている。
 そうした運動のあとに「月がしぐれて 舌 崩れる」という魅力的な行があらわれる。「舌」につづいているのは空白(一字空き)であって、助詞がない。もし「月がしぐれて 舌が崩れる」であったら、どうなるのだろうか。「崩れる」は自動詞であって、他動詞ではないから「ふれる」「噛む」のように、何かが肉体に働きかけた結果の動きではないのだが、何かしら、それまでの運動の印象とは違った感じがしてしまう。助詞「が」を省略することで、「舌」が宙ぶらりんになる。「崩れる」が自動詞なのに、それまで読んできたことばの運動(文体)の影響で、何かの働きかけがあって「崩れる」という動きが起きたのだと感じてしまう。何かが「舌を崩す」と感じてしまう。では、何が? 「月」か「しぐれ」か。(「しぐれて」は名詞ではなく、動詞なのだが。)
 ここには、不思議な「保留」がある。「判断中止」がある。
 それを経て、「私の肉体(と、青柳は書いているわけではないが。青柳は「私の精神(意識)が」と補足するかもしれないが)」「野花」と「接合されて」「生きはじめる」。野の花として、再生する、と読んでみた。

もし神がいるのなら  堤隆夫

子どもたちの未来が、
戦争のない平和な時代でありますように
飢えに苦しむことがないように
環境汚染や被曝のために、
故郷を追われることがないように

病や事故で苦しむ人々が、
少しでも少なくなるように
必要な時、必要な医療が、いつでも受けられますように

もし神がいるのなら、わたしは祈る

国境を越えて、人々が手を取り合って、友達になれますように
学ぶ環境が、阻害されることがないように
機会の平等が、保証されますように
笑顔で働ける環境でありますように
がんばれば、報われる世の中でありますように

もし神がいるのなら、わたしは何度でも祈る

そして--自分と違うからといって、差別やいじめがないように
助け合って生きていく世の中でありますように
個々の人間が、その多様な存在のまま、尊重される世の中でありますように

もし神がいるのなら、わたしは祈る
そして--神に栄えあれ

ある詩人の言葉が、今、わたしの胸に突き刺さっている
--「戦いと飢えで死ぬ人間がいる間は、俺は絶対風雅の道をゆかぬ」

 「もし神がいるのなら、わたしは祈る」が繰り返される。途中に「何度でも」を挟んで、それが強調される。その強調を、さらに印象づけるのが「ように」の繰り返しである。この詩のポイントは、おなじことばを繰り返すところにある。
 この「ように」は、まだ実現されていないことをつぎつぎに明るみに出す。くりかえすこととで、見落としていたものが、そういれば、これも、あれも、と誘い出されてくる感じである。
 そうしたものが増えてきて、増えることで強くなる。
 「祈り」と書かれているのだが、「祈り」を超えて「欲求/欲望」になっていく。さらに、それを実現する「意志」へと変わっていく。堤自身の「決意」へと変わってく。
 それが最終行に結晶している。そこには「祈り」ではなく「決意」がある。

垣根越しの秋  杉惠美子

目眩のしそうな暑さから
少し抜け出して
クーラーの設定温度も少し上げて
ようやく 視線の行き先も落ち着いてきました

家の中でも動きが出ています
時折 熱い珈琲が欲しくなります

夜になると
月がひときわ明るく 私をたずねてきます
私も思わず話しかけたくなるのです

庭のあちこちには蝉の抜け殻が落ちています

毎年 この姿は不思議な気持ちになります
触れたくはないけれど 見捨てたくもないような

じっと見ていると
ありのままの姿で
今日の私をすり抜けたあとのようで
自分のことばをすり抜け
その先にある もっと広いことばを探しているような気がします

ゆっくりと季節は進み
秋の草が戸惑いながら揺れています

 この杉の詩にも、くりかえしがある。そのくりかえしは、堤のくりかえしとは少し違う。一直線に進まない。高みへのぼっていくというよりも、深みへおりていき、ゆっくりと広がる。
 おわりから二連目。「すり抜ける」「ことば」が「私/自分」を交錯させる。これは「蝉の脱け殻」の「抜け」と「すり抜け」の「抜け」が交錯していることもあって、「私/自分」と「ことば」のどちらが「脱け殻」なのかというような、不思議な疑問を呼び覚ます。
 杉は、たとえば月、あるいは蝉の脱け殻と対話するだけではなく、自分自身とも対話する。それが「戸惑い」「揺れる」ということばのなかに静かに反映されている。

おかしいでしょ!  池田清子

エスコ、ペルー、ゾゾ、マツダ、
バンテ、ケイ、京セラ、みずペ、

一体、どこ?
福岡ドームでいいでしょ

あっ
ブルーのユニフォーム
西武戦か?
えっ
日ハム?

黒と黒のユニフォーム
一体、どっちの主催試合?

おかしいでしょ!

 「おかしいでしょ!」は、怒りである。自分の知っていることが否定された怒り。でも、だれに対して怒っていいのかわからない。この怒りは、堤の書いている怒りのように力にならない。あるいは、力にしないことを目的とした(?)怒りとでもいいのだろうか。つまり、笑うことのない「笑い」でもある。
 こうした詩は、一篇ではなく、たくさんあつめると、不思議な「厚み」を抱え込む。たくさん書き続けることは、一篇を完成させるよりも難しいことがある。

 

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1 コメント

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青柳俊哉ほか  の詩 (大井川賢治)
2024-09-29 13:09:15
谷内さんのおなかまの詩である。
その中の、杉恵美子さまの詩に惹かれた。
/もっと広い言葉をさがしているような気がします/の1文である。
気になったのはその主語についてである。
月なのだろうか?
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