詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

長田弘『最後の詩集』(14)

2015-07-13 10:40:30 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(14)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「詩のカノン」も「昔ずっと昔ずっとずっと昔、」という一行ではじまる。「物語」風にして、つまり「架空」を装うことで、ふつうの詩では言えないことを言いたいのかもしれない。「考え」を言いたいのだ。特に、この詩ではそれを感じる。
 「平和」とは何か。詩の中心に、それが書かれている。

平和というのは何であったか。
タヒラカニ、ヤワラグコト。
穏ニシテ、変ナキコト。
大日本帝国憲法が公布された
同じ明治二十二年に、
大槻文彦がみずからつくった
言海という小さな辞書に書き入れた
平和の定義。平和は詩だったのだ、
              (注・「変ナキコト。」の「変」は原文は正字/旧字)

 「平和」について考えていることを、長田は書きたかったのだ。大槻文彦の「定義」をそのとおりだと思っているので、そのまま引用している。その上で、「平和は詩だったのだ、」と言う。
 この「平和は詩だったのだ、」という一文は、一般的な「解釈」からすると、とても奇妙である。
 「平和」そのものについては長田は大槻の定義を採用し、同時に、それを「詩の定義」で補強しようとしているのだ。
 「詩」って何?

昔ずっと昔ずっとずっと昔、
川の音。山の端の夕暮れ。
アカマツの影。夜の静けさ。
毎日の何事も、詩だった。
坂道も、家並みも、詩だった。

 詩については「詩って何だと思う?」に「目を覚ますのに/必要なものは、詩だ。」「窓を開け、空の色を知るにも/必要なものは、詩だ。」と書かれていた。「目を覚ます」「知る」を手がかりに、私は「発見する」「気づく」ことが詩だと読んだ。
 この「詩のカノン」の書き出しからも同じことが言えかな? 「川の音。山の端の夕暮れ。」もまた何か新しいものを発見して、それをことばにすると詩になる、そう言っているように見える。
 しかし、

毎日の何事も、詩だった。

 これは、どうだろう。
 「毎日」繰り返す何事か。「毎日」だから、そこには変化がない。新しいものがない。発見することなど何もない。「昔ずっと昔ずっとずっと昔」から、変わらないもの。それが詩である、と長田は言っているように思う。
 そう考えると、その「毎日」というのは、

穏ニシテ、変ナキコト。

 とも重なる。
 でも、そうだとすると、「詩って何だと思う?」に出てきた「目を覚ます」ということとうまく合致しない。「目を覚ます」のは、そこに衝撃があるから。衝撃(新しい発見/気づくこと)によって「目を覚ます」。「穏ニシテ、変ナキコト。」の繰り返しだったら眠くなってしまう。
 長田は矛盾したことを書いているのか。
 そうではない。少しずつ言い直している。つけくわえている。どんな定義でも、一回では言い切れない。

平和の定義。平和は詩だったのだ、
どんな季節にも田畑が詩だったように。
全うする。それが詩の本質だから、

 「全うする」に似たことばは、これまでも見てきた。「充実(する/させる)」「ひたすら」「ただに」。「新しく」なくても、それが完全に充実したものなら、それは詩である。「完全な充実」というのは、常に「新しさの更新」であり、「永遠」だからである。
 「新しい」と「永遠」は、「一瞬」と「永遠」のように「矛盾」のように見える。
 しかし、そこに「全うする」という「動詞」を組み合わせると、それは「矛盾」ではなくなる。「何かを全うする」と「新しい段階」になる。「一瞬」を「全うする」と、「一瞬」は「永遠」と溶け合う。「全うする」という「動詞」のなかに詩がある。
 「全うする」ためには「ひたすらに」何かをする必要がある。

 「全うする」を引き継いで、詩はつづく。

全うする。それが詩の本質だから、
死も、詩だった。無くなった、
そのような詩が、何処にも。
いつのことだ、つい昨日のことだ、
昔ずっと昔ずっとずっと昔のことだ。

 いのちを「全うする」と死。それも詩である。というのは、死を意識したことばである。死を意識しながら、長田はことばを書いていることがわかる。なんとしても、これだけは言いたい、という気持ちがあふれている。
 いのちを全うする詩。そういうものが「無くなった」と、最後に長田は苦言を書いている。

最後の詩集
長田 弘
みすず書房

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長田弘『最後の詩集』(13)

2015-07-12 10:39:44 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(13)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 ものの見えた(見え方)はひとつではない。「ラメント」は、そう書いている。

昔ずっと昔ずっとずっと昔、
公園の、桜の樹の下で、
子どもたちが、熱心に、
地面に、棒で円を描いていた。
「それは何?」桜の樹が訊いた。
「時計」一人が言った。
「サッカーボール」一人が言った。
「明星」一人が言った。
「花の環」一人が言った。

 「昔ずっと昔ずっとずっと昔、」は読点「、」を除けば「ハッシャバイ」の書き出しと同じ。「ハッシャバイ」では「円」は「お月さま(熟した果物)」だった。「ハッシャバイ」のように、子どもに語っているのかもしれない。おとなのなかにいる、子どもに。「円」で、何かを描こうとしていたことをおぼえている?と問いかけているのかもしれない。何かを描こうとしたことを問いかけると同時に、そのときの「熱心」をおぼえている?と問いかけているようにも思える。「熱心に」は、「冬の金木犀」で「ひたすら」と書かれていた。「夏、秋、冬、そして春」に書かれていた「ただに」でもある。子どもは「円」を「熱心に」充実させてもいたのだ。
 おぼえている? そのときのことを。

公園には、もう誰もいない。
昔ずっと昔ずっとずっと昔、
あの日、地面に棒で円を描いた
子どもたちはいまどこにいるのだろ?

 おぼえている? 何を描いていたのか、おぼえている? あの熱心(集中)をおぼえている?

時計でも、サッカーボールでも、
明星でも、花の環でもなかったのだ。
子どもたちが描いた円は、
子どもたちの、魂への入り口だったのだ。
立ちつくすことしかできない
桜の樹はずっとそう考えていた。

 魂「の」入り口ではなく、魂「への」入り口。
 魂が「円」のなかへ入って行って、「円」を時計やサッカーボールにかえるのではない。「円」を明星や花の環と呼ぶときに、そこに魂があらわれてくる。子どもたちは魂をつくっていたのだ。魂を育てていたのだ。熱心に。集中して。
 そこにあるものを、そこにないもので呼ぶ。これを詩では「比喩」と呼ぶ。比喩とは、魂をつくることなのだ。自分自身をつくりあげること、自分を育てることなのだ。
 そう思って読むとき、最後の二行、そこに描かれた「桜の樹」は詩人・長田の姿のようにも見える。子どものように、比喩を生きる形で詩を書き、長田の魂を育て、長田自身の人格を育てた。人間を育てた。
 「ずっと」は書き出しの「昔ずっと昔ずっとずっと昔、」に繰り返されているのでさっと読んでしまうが、最終行の「ずっと」には長田の静かな自負のようなものが感じられる。「ずっと」は「持続」であり、「ひたすら」であり「熱心に」でもある。それがないと「持続」はできない。また「考えている」も長田の姿勢をよくあらわしていると思う。長田はいつも「考える」ひとだったのだ。この詩集には和辻哲郎の「イタリア古寺巡礼」をはじめとしていくつかの引用や参照文献が示されている。他人のことばと向き合い、自分のことばをととのえなおす。それが長田の「考える」ということだったのだと思う。

最後の詩集
長田 弘
みすず書房

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長田弘『最後の詩集』(12)

2015-07-11 08:58:43 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(12)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「ハッシャバイ」は子守唄だろうか。私が知っている「歌詞」とは違うが、長田はこんなふうに始めている。

昔ずっと昔ずっとずっと昔
お月さまがまだ果物だった頃
神さまは熟したお月さまを摘んで
世界の外れにある大きな戸棚に
仕舞ってからぐっすり眠った
世界は眠ったみんな眠った
おやすみなさいと闇が言った
おやすみなさいとしじまが言った
ハッシャバイ(静かに眠れ)

 「お月さまがまだ果物だった頃」という発見が楽しい。それを摘んで戸棚に仕舞うというのも楽しい。あした起きたら、戸棚に熟した果物がある、という夢をこどもに与えてくれる。あした起きるために、さあ、眠ろう。「眠る」と「起きる(目覚める)」は反対のことなのだけれど、この「反対」が「わくわく」という感じにつながる。
 ひとは(こどもは?)反対のことをしたがるものである。
 そのあとの「眠った」「おやすみなさい」「言った」という繰り返しは、子守唄そのままの静かさがある。「発見する」のではなく、知っていることを繰り返すときの「安心感」がある。
 このあと詩は転調する。

人生は何でできている?
二十四節気八十回と
おおよそ一千個の満月と
三万回のおやすみなさい
そうして僅かな真実で

 「二十四の節気八十回」以下の三行は、長田の八十年の人生で繰り返されたこと。そのなかに「三万回のおやすみなさい」がある。それは「二十四節気」や「満月」とは違い、人間が(長田が)繰り返したことである。そのとき、長田のそばには、だれかがいた。だれかに「おやすみなさい」と言ったのだ。
 最終行の「真実」をどう読むか難しいが、私は、長田が繰り返した「おやすみなさい」にその答えがあると思う。だれかに対して「おやすみなさい」とあいさつをする。それは「発見」ではないが、つまりこれまでこの詩集で読んできた「真実」とは違うものだが、人間の暮らしのなかで共有されてきたものだ。誰が発見した(発明した?)のかわからないが、ひとは「おやすみなさい」とあいさつをして眠る。あいさつをするとき、その人に対して何かを思いやっている。母親がこどもに子守唄を歌うような、しずかな思いやりがある。それを「おやすみなさい」ということばは引き継いできた。
 また、「おやすみなさい」をいうとき、ひとはただ「おやすみなさい」とだけ言うわけではない。母親が歌った子守唄のなかに「お月さまがまだ果物だった頃」という「真実ではない」何かがある。「真実ではない」けれど、その「真実ではないところ」に「真実」がある。こどもをわくわくさせる何か。こどもをわくわくさせたいという、思い。そうであったらいいのに、という「願望の真実/真実の願い」がある。
 「真実ではないところにある真実」という矛盾。詩も、もしかすると、そういうものかもしれない。ことばが少し違うところに寄り道して、「一瞬」を遊んでいる。「一瞬」を「一瞬」のまま充実させている。時間を忘れて生きている。
最後の詩集
長田 弘
みすず書房
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長田弘『最後の詩集』(11)

2015-07-10 09:02:22 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(11)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「フィレンツェの窓辺で」は、空を走っていく雲をみつめ、雲は「小さな翼をはためかして飛んでゆく」「童子天使」だと思う詩。童子天使は雲の比喩ではなく、雲が童子天使の比喩であるかのように、詩の後半は、天使がかろやかに飛びまわる。
 最後の部分、

ずっと、不思議な音楽の響きが、
耳の奥で鳴っていた。シュトックハウゼンの
「少年たちの歌」だ。近づいてきては
遠ざかり、消えたかと思うと、不意に耳元で、
飛び散る水沫のように、童子天使たちの
幼く短い叫び声がする。フィレンツェでは、
束の間にすぎないのだ、五百年だって。

 こんなふうに動くことばを読むと、「少年たちの歌」さえ天使の比喩のように思える。比喩とは、いま/ここにあるものの本質を表現するために、いま/ここにはないものを代用することだ。ふつうの比喩では「少年たちの歌」を「天使」のようだ、と比喩的に語る。けれど、長田は逆の語り方をしている。
 「少年たちの歌」の方が、雲と同じように、論理的(客観的)には存在する。しかし、それは「耳の奥」という長田の「肉体」の内部にあるので、それがいま/ここに客観的に存在しているということは、他人(第三者)には確認できない。そういうことを利用して、「少年たちの歌」を天使の比喩にしているのだが、そういう語り方をすると、その音楽が客観的にいま/ここには存在しないがゆえに、逆に天使が存在しているような感じになる。実在する天使の本質を語るために、いま/ここにはない音楽が比喩としてつかわれていると感じてしまう。
 現実と比喩が入れ代わってしまう。「童子天使たちの/幼く短い叫び声」こそがいま/ここにあり、それは「飛び散る水沫のよう」という比喩で語られなおしている、と感じてしまう。
 こういう比喩と現実の交代のあと、「束の間」と「五百年」が入れ代わる。「束の間(一瞬)」が「五百年(永遠)」と入れ代わる。長田は、いま、「一瞬」にいるのではなく「五百年」という長い時間(永遠に匹敵する時間)のなかにいる。「五百年」を実感できるフィレンツェに入る。「五百年前」のフィレンツェを「いま」と感じながら、そこにいる。
 「一瞬」と「永遠」は、長田にとってはいつでも同じものである。「一瞬」が充実するとき、それは「永遠」にかわる。長田は童子天使を雲や音楽の比喩で語ることで、「一瞬」を「永遠」に変えている。
 この張り詰めた詩の後半、特に最終行には長田の思想(生き方)が強く感じられるが、私は、そういうことばがはじまる前の部分もとても好きだ。

フィレンツェの石の宿からは
アルノ河のゆたかな水の輝きが見える。
部屋の反対側の小さな窓からは、
くすんだ建物のあいだを抜けてゆく
すり減った石畳の細い路地が見える。

 一方の側だけを見るのではなく、反対側も見つめる。そして見えたものをていねいにことばにしてゆく。見える「風景(光景)」をしっかり見極めて、その先にある「見えないもの(本質)」を探そうとする姿勢が、そこに感じられる。
 こういう長田の姿勢を、「知っていることばを捨てるために書く」と私は感じている。知っていることばを捨ててしまったあとに、知らないことば(新しいことば)がやってきて光景を発見する。光景に最適のことばがみつかる。そういう発見するためには、それまでの知っていることばを捨てて、視線そのものを新しくしないといけない。視線だけでなく肉体(聴覚や触覚など)を新しくないといけない。生まれ変わることで、初めて発見できるものがあるのだ。

路地には有機パンの小さな店があって、
パンを抱えた老女が路地の奥へ消えてゆく。
過ぎてゆく時の足音が聴こえるようだ。

 この「聴こえる(聴く)」という動詞が後半で「音楽(少年たちの歌)」を聴くことになる。
 詩のハイライトも美しいが、詩の助走も美しい。助走が美しいからこそ、あざやかな飛躍ができるのだと思う。


最後の詩集
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長田弘『最後の詩集』(10)

2015-07-09 09:04:41 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(10)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「アレッツォへ」で「光の恩寵」と呼ばれていたものは、「アッシジにて」では次のように言われてる。

街と畑と野と丘と空を、わたしは
見ているのに、わたしが見ているのは、
(見るとはしんと感じることだった)
わたしがいま、ここに在る、
この場所をつつむ風光なのだった。

 これは、わたしをつつむ「風光」の「恩寵」、あるいは、わたしをつつむ「風光」という「恩寵」によって、わたしは「ここ(この場所)に在る」ということ。そして「この場所」とは「アッシジにて」のことばを借りて言えば「無骨に生きる人たちの世界の像」としての「風景」のただなかのことである。そう長田は気づいた。気づかされた。(これに先立つ行に、「気づいた」ということばがアッシジの街と畑と野と丘と空を「見つめる(見る)」という動詞といっしょに書かれている。)
 「見る」「気づく」は「発見する」「知る」ということばにつながるが、ここではさらに、

(見るとはしんと感じることだった)

 と書かれている。「発見する/知る」は精神の活動。「感じる」は「精神」というよりも「こころ」の動き。
 「恩寵」も「知る」のではなく「感じる」ものだろう。
 わたしをつつむ「風光」によって、わたしはここに在ると感じるとき、長田はそのことを「恩寵」として感じている。
 この「感じる」に「しんと」ということばがついている。「しん」は「沈黙して/静かに」ということ。ことばを発せずに、ただ受けいれるということ。ことばを捨てて、ことばを「無」にして、受けいれること。
 この光景を、長田は、また別のことばで言い直している。

聖堂も、教会も、大いなる修道院も、
中世来の建物も、街の普通の家々も、
幼な子の肌色をした風光のなかに溶け入って、
(風の音、そして消えてゆく鐘の音)
ウンブリアの陽光が、明るい沈黙のように
夏の丘を下って、ひろがっていた。

 「恩寵」としての「光景」を受けいれたとき、長田は風光のなかに「溶け入って」しまう。「溶け入った」のは建物だけではない。長田も溶け入って、風光そのものになる。そして、「ひろがって」いく。「しんと」ということばは「沈黙」と言い直されている。風の音も鐘の音も消えて(沈黙して)、光がひろがる。このひろがるは、「充実」を言い直したものでもある。光がひろがり、光が満ちる。
 その至福のなかにいる長田に問いかけるものがある。

どこからきたの? 雑草と石ころが言った。
どこへゆくの? 小さなトカゲが言った。

 書いていないが、長田はきっとこう答えたのだ。「どこへもゆかない。ここにいる。どこへでもゆく。ここにいる。」と。「ここ」が、すべて。「ここ」が「永遠」。
 長田が光景をことばにする。そのとき、あらゆる場所が「ここ」になる。「ここ」こそが「恩寵」がおこなわれる場所なのだ。

最後の詩集
長田 弘
みすず書房
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長田弘『最後の詩集』(9)

2015-07-08 08:45:40 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(9)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「アレッツォへ」のなかに「恩寵」ということばが出てくる。

登りとはほとんど感じられないのに、
登りきったところで周囲の風景がひろがり、
丘の上にいることにはじめて
気づくようなのがいい。
眺めというのは光の恩寵なのだから。

 これまで読んできた詩のなかでは、「眺め」は「発見するもの」のように書かれていたと思う。

窓を開け、空の色を知るにも
必要なのは、詩だ。                 (「詩って何だと思う?」)

 「知る」は「目を覚ます」でもあった。その「知る」という「主体的」な動詞のために、私は「知る」を「発見する」と読んだ。
 「知る」は「アレッツォへ」のことばで言い直すならば「気づく」になる。「気づく」も自分の動きのように読める。私は、読んでしまう。「自分で気がつく」と。
 しかし、長田は「気づく」と書くけれど、そこに「自発性」以外のものを感じている。「気づく」は「気づかされる」である。これが「恩寵」。「眺めは光が与えてくれたもの(恩寵)」であると「気づく/気づかされる」。
 世界には「気づかされた」のに、「気づいた」と勘違いすることがたくさんある。
 長田がここで書いていることばをつかっていえば、気づかされたとは「ほとんど感じない」のに、それは「気づいた」のではなく「気づかされた」ことだった、ということになる。知らず知らずに「はじめて」のように「気づく」。
 「気づいて」、しかしそのあとで「これは気づいたのではない、気づかされたのだ」と知ったとき、それは「恩寵」に変わる。
 長田は丘の上から光景(「景色」ということばをつかっているが、長田の描く世界は「光景」ということばの方がふさわしいと思う)を眺め、そう感じている。そう記すことばを読みながら、そこに書かれていることばは長田から私たちへの「恩寵」なのだと思う。
 岡田が書いているようなゆるやかな、おだやかな起伏をのぼり、静かに広がる光景を見たことが、岡田のことばを読むことで甦ってくる。長田のことばを読まなければ思い出すことができなかったもの、気づくことができなかった世界が、見える。それは私が「気づいた」のではなく、長田のことばに「気づかされた」のである。だから「恩寵」という。
 「恩寵」には「気づかされてくれた」だれかに対しての感謝がこめられている。
 この詩には、「恩寵」としての「風景論」が書かれている。人間と風景との関係が書かれている。「風景」への「感謝」が書かれている。

人は妄念を生きるのではない。
風景を生きる。風景は装飾ではなく、
無骨に生きる人たちの世界の像なのだ。
風景は開かれた眺めをもたなければならない。
なぜなら、人には、ある種の孤独、
休息のかたちをとった
空間が必要だから。

 この部分だけを取り出すと、「風景」の「必要性」を書いているようにも読めるけれど、「風景」に出会い、そこで「孤独」を癒してきた(癒されてきた)という思いが、このことばを動かしている。「開かれた眺め」に出会い、そこで「孤独」を開放することができた。そういう長田の体験が、このことばを動かしている。
 「風景」を「無骨に生きる人たちの世界の像」と言い直すとき、長田の眼は「無骨に生きる人たち」にそそがれている。「無骨に生きる」は、「朝の習慣の」ことばを借りて言いなおせば、「希望」や「未来」を念頭において生きるということとは違った生き方だろう。「目的」の「達成」のために生きるのではなく、「一刻を失うことなく、一日を/生きられたらそれでいい。」という生き方だろう。「一瞬」を大切にし、その「一瞬」を充実させて生きる人が知らず知らずにつくりあげたものが「風景」なのだ。ひとと風景が一体になっているのを私たちは「眺める」。そのとき「風景」は、「無骨に生きる人たち」からの「恩寵」であるとも言える。
 そう書いたあとで、長田は、さらにつけくわえる。

生きられた人生の後に、
人が遺せるのはきれいな無だけ。
時の総てが過ぎ去っても、
なおのこる、軽やかでいて
濃い空の青だけだ。

 「無」は「無骨」ということばのなかの「無」でもある。それは「希望」や「未来(目的)」をもたない。人間を縛る「希望/未来」とは無縁なものをこそ、長田は遺したいと願っている。
 「無」はまた汚れをもたない「透明/光」のことでもある。「一点の曇りもない青い空」ということばが「アレッツォ」のなかにあるが、それが「無」であり、「透明/光」である。その「無/透明/光」を「青」ととらえるのは長田の特徴だが、その「青」を修飾する「濃い」ということばが強烈だ。
 「濃い」には「充実」がある。「充実」したことばを遺したい、という長田の祈りの切実さを感じ、体がふるえる。


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長田弘『最後の詩集』(8)

2015-07-07 08:32:45 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(8)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「アッティカの少女の墓」。『或るアッティカの少女の墓』という本を読み、「もう一人の自分がそこにいる」と感じて書いた作品である。

死が遺すものは、何であるのか。

 という一行がある。
 あとがきによれば「春風新聞二〇一四年春夏号」が初出。長田が亡くなったいま思うと、死を意識しながら書いていた作品なのかもしれない。「少女の/日頃愛した普段の品と思われる/簡素な副葬品は、一つとして/その死を、暗鬱なものと伝えないという。」とも書かれている。その少女のような死、その少女の「副葬品」のような作品、暗鬱なものを伝えないことばを書き残したいと長田は願っていたのだろう。
 この詩のなかで、長田は、「悼む」という行為を定義している。

死者の身近に在って、死者がいつまでも
人間らしい存在であれとねがうことだった。

 「死者が/人間らしい存在」であるということは、「生きつづける」ということだろう。「生きている」ときと同じように向き合う。それが「悼む」。
 それをさらに言い直して、

死のなかでなお生きつづける親身な精霊。
死者は、時を忘れて生きる存在にほかならない。

 とつづける。生き続けるのは「精霊」。「肉体」は死んでも「精霊」が「生きる」。その「精霊」は「時を忘れて生きる」。この「忘れて」は「超えて」である。
 最初に引用した行にもどって言い直すと、死が遺すものは「精霊」である。「精霊」は生き続ける。「精霊」は「時を超える」ということになる。
 そうした「精霊」を長田は遺したいと願った。
 私は「精霊」を「ことば(詩)」と置き換えて読みたい。「ことば」を読むと、ことばのなかに生き続けている長田を感じる。詩のことばは「時を忘れて(超えて)生きる存在にほかならない」と思う。
 たとえば、書き出しの

葉桜の季節がくると、
ハナミズキの枝々の先に
幼い葉たちが群れて、揺れながら、
柔らかな日の光をつかんで、
いっせいに、萼(がく)を開きはじめる。

 の透明な描写。特に、「つかむ」「開く」という反対の動き(手を想定すると、つかむ手は閉じる、手を開くと放すということになる)が交錯する緊張感に満ちた部分に、「一瞬」を「永遠」にかえる力を感じる。「充実」した力を感じる。
 さらに最後の方の、

四十雀のはげしい啼き声に、目を上げると、
目の前に直立するアケボノスギの、
ながく孤独な裸木にすぎなかったのに、
いま、枝先の新芽の閃くようなうつくしさ。

 ここにも「ながく(過去の長い時間)」と「いま(瞬間)」の対比があり、その「差(違い?)」を超えて、ことばが動いているのを感じる。「時間」が凝縮し、「永遠」に結晶する。そして輝いているのを感じる。
 こうしたことばの力は「永遠」に生き続ける。そして、そのことばを読むとき、長田は生きている詩人として私の目の前にいる。
 長田は、力に満ちたことば(詩)を私たちに遺してくれたと感じる。「悼む」ために、私は長田の詩を読む。そして、感想を書く。生きている長田とことばを交わしたくて。

最後の詩集
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*

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長田弘『最後の詩集』(7)

2015-07-06 11:18:25 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(7)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「朝の習慣」の前半。

目を上げると、もうちがう。
空に、ついさっきの雲がない。
おおきな雲が一つ、ゆるやかに
東に移動してゆくようだったのが、
いつのまにか、空の畑に、
雲の畝がいくつもつづいていた。
微かな風の音が、空を渡ってゆく。
ついさっきからいままで、
どれくらいの時が過ぎたのか。
たぶん、ほんの一瞬にすぎないのに、
その一瞬が、永遠などよりも
ずっと長い時間のように感じられる。

 「一瞬」と「永遠」の対比。「一瞬」がもし「永遠」よりも長いとしたら、どうしてだろう。きっと「一瞬」が充実しているからだ。「一瞬」が充実するとは、どういうことだろうか。長田なら、「一瞬」をことばであらわすことができたとき、それは充実するというだろう。
 この詩では、そのことを実践している。「一瞬」のあいだに何があったか。雲が動いていった。それをていねいに描写している。描写のなかには、たとえば「雲の畝」というような「比喩」が含まれる。「比喩」というのは、これまで読んできた詩のつづきでいうと「発見した」ことである。新しいものが、そこにつけくわえられている。世界の新しい見方、雲が並んでいる様子を「畝」ととらえる見方が新しい。「永遠」ということばは何か「普遍」を感じさせる。「普遍」は「不変」であるのだが、それは「新しい」ことが「不変=普遍」になるということ。
 「あ、あれは雲の畝か」と長田の詩を読んだ後、空を見上げて私は思うようになる。「雲の畝」は読者に共有されて「永遠」になる。
 この「一瞬」と「永遠」は、詩の最後の方で、次のように言い直される。

一刻を失うことなく、一日を
生きられたら、それでいい。

 「一瞬」を充実させる、ことばにする。そうやって一日を生きるならば、「一瞬」も「一日」も「永遠」になる。
 この「永遠」をまた次のようにも言い直している。

立ちどまり、空を見上げ、立ちつくす。
あの欅の林の梢の先にきらきら光る、
日の光が、今日に遺されている
神々の時代の、うつくしい真実だ。

 「うつくしい真実」が「永遠」である。そのことばの直前の「神々の時代の」というのは、実は、詩のなかほどにあるのだが、それはあとから触れる。
 この詩行では、「真実」と「永遠」に触れながら、「立ちどまり」「立ちつくす」と書いている部分が印象に残る。「立つ」という「動詞」を「一瞬」と置き換えてみる。「一瞬」を「一瞬」のまま、そこに「とめる」。そしてその「一瞬」を「つくす」。完全に使い果たす。燃焼させる。そうすると、その「一瞬」が「一瞬」を超えて「永遠」になる。そういう「一瞬」にするために、長田は「立ちどまる」。そして見たものを「ことば」する。「ことば」のなかに「世界」を「満たす」、「世界」を「ことばでつくす」。そういうことを実践している。
 「神々の時代」と「時間」については、詩のなかほどに書かれている。

かつて世界が神々のものだった時代、
希望は、悪しき精霊のもので、
人に、不必要な苦痛を募らせる、
危険な激情のことだった。
未来も、そうだ。意志によって
達成されるべき目的が未来だなんて、
神々の時代が去ってからの
戯言にすぎない。未来を騙るな。

 この行は「冬の金木犀」を思い起こさせる。「冬の金木犀」には「未来は達成ではない。」という一行があった。「目的を達成することが未来の仕事ではない」、「いま/一瞬」を「未来の目的」のためにつかうな、ということだろう。
 「いま」という「一瞬」を充実させるためにこそ、人は生きなければならない。「充実」ということばは「冬の金木犀」のなかでは「ひたすら緑の充実をいきる、」という一行の中にあった。
 詩を、こんなふうに重ね合わせて読むと、「冬の金木犀」の最後の一行、

行為じゃない。生の自由は存在なんだと。

 の「自由」にこめた長田の祈りがわかる。「いま/一瞬」を充実させる。「目的(未来)」から「自由」に生きる。ひたすら「一瞬」をことばにする。そのとき人間は「自由」な「存在」になる。
 「永遠」は「自由」でもある。

最後の詩集
クリエーター情報なし
みすず書房
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長田弘『最後の詩集』(6)

2015-07-05 08:56:20 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(6)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「冬の金木犀」は、「詩って何だと思う?」のつづきで言うと、「発見された」金木犀である。
 私は「冬の金木犀」がどんなものか知らなかった。私の知っている金木犀は「甘いつよい香りを放つ」花である。いや、その強い匂いである。
 しかし長田は、「甘いつよい香りを放つ」と書くことで、その金木犀(誰もが知っている金木犀)を捨てる。そして、世界のどこかに隠れていた金木犀を書く。そのことばといっしょに、新しい金木犀が「現れる」。その「現れ」を描写することばを通して、私は新しい金木犀を「知る」。そして、「目覚める」。

秋、人をふと立ち止まらせる
甘いつよい香りを放つ
金色の小さな花々が散って
金色の雪片のように降り積もると、
静かな緑の沈黙の長くつづく
金木犀の日々がはじまる。

 「新しいもの(発見されたもの)」は最初はわかりにくい。いままで知っていたものと違うからだ。「静かな緑の沈黙の長くつづく/金木犀の日々」。これは金木犀を描いているのだが、すぐには何かわからない。金木犀が「緑の沈黙」をつづけている、って、どういうこと? 金木犀は常緑樹だ。いつも緑。「沈黙」ということばからは、私は何か「存在しない」という印象をもつ。「不在」の感じ。何かに反論したいけれど、ことばを発せずに沈黙する。そのとき、反論が「不在」になる……という感じ。だから、常緑樹なのに「緑の沈黙」は奇妙。何か、違和感がある。
 その私の違和感を解きほぐすように、長田のことばはつづいてゆく。「緑の沈黙」を長田は言い直している。

金木犀は、実を結ばぬ木なのだ。
実を結ばぬ木にとって、
未来は達成ではない。
冬から春、そして夏へ、
光をあつめ、影を畳んで、
ひたすら緑の充実を生きる、
歯の繁り、重なり。つややかな
大きな金木犀を見るたびに考える。
行為じゃない。生の自由は存在なんだと。

 「緑の沈黙」とは、実を結ばず、「ひたすら緑の充実を生きる」と言い直されている。「実を結ばぬ」ことが「沈黙」。「達成(実を結ぶ)」を求めない。「ひたすら」緑を充実させる。緑は「実」のためではなく、「甘いつよい香りを放つ/金色の小さな花々」のために生きている。きっと、「緑の充実」(太陽から栄養を吸収し、ためこむこと)が、あの花の香りに結びついているのだろう。「光をあつめ、影を畳んで」の「集める」「畳む」という動詞に、そういうことを感じる。「畳む」は「畳み込んで、しまう、蓄積する」というイメージにつながる。
 「ひたすら」というのは、「夏、秋、冬、そして春」に出てきた、

ただに、日々の気候を読む

 の「ただに」ということばを連想させる。長田は「ただ、ひたすらに」何かをするということを「生き方(思想)」としていたのだ。それが、こんなふうことばになってあらわれている。

 最後の二行は、「意味」をつかみとるのが難しい。長田にはわかりきっていることなので、ぱっと言ってしまっている。説明しようとしていない。
 「行為じゃない」は「達成ではない」ということかもしれない。「実を結ぶ」ことではない、と言い換えることもできるかもしれない。「未来(生き方)」を私たちはおうおうにして、何かを達成すること(何らかの結果を出すこと、実を結ぶこと)の先にあると考える。しかし「生きる」ということは、必ずしも「実り」とは関係がない。「実を結ばぬ」ことがあっても、人は生きている。「存在している」。
 長田は、この「存在」を「自由」と結びつけている。
 「実を結ばない」、けれど「緑の充実を生きる」。そこに金木犀の「自由」がある。その「自由」こそが、金木犀の「存在」。「散って/金色の雪片のように降り積もる」花、そしてその花の放つ「甘くつよい香り」、消えていくものを支える生きる緑。でも、そんなことは「言わない」。何のために生きているか、こざかしいことは言わない。「沈黙」をまもり、知らん顔している。そこに長田は「自由」を感じている。

 長田の「哲学/思想」(生き方)の静かな主張を感じた。長田の「肉体」を感じた。


最後の詩集
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長田弘『最後の詩集』(5)

2015-07-04 09:49:59 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(5)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「詩って何だと思う?」で、長田は

目を覚ますのに、
必要なのは、詩だ。

 と「定義」している。これには、それに先立つ行がある。

アラームalarm という英語は、
イタリア語のall'arme
(武器をとれ)からきたと
辞書にあるけれども、
夜明けに目を覚ますのに、
毎日、必要なものは、
アラーム(武器をとれ)ではない。
目を覚ますのに
必要なものは、詩だ。

 目を覚ますのに必要なものは「武器をとれ」ではないというのはわかるが、詩が必要だと言われても、なかなか納得できない。
 このあと、詩は、

顔を洗い、歯を磨くのに
必要なものは、詩だ。
窓を開け、空の色を知るにも
必要なのは、詩だ。

 とつづく。
 私はここで、はっ、とする。「空の色を知るにも」の「知る」という「動詞」のつかい方に驚く。この「知る」は「円柱のある風景」でつかわれていた「知る」と同じだ。和辻哲郎の文章を引用し、そのことばに導かれてシチリアにやってきたと書いた後、

ここにきて、知った。円柱たちの、
その粛然とした感じは、うつくしい建築が、
遺跡に遺した、プライドだった。

 その「知った」は「発見した(あらためて気づいた)」という意味だった。
 ここでも、「知る」は「発見する」という意味である。
 でも、「空の色」って、「発見する」もの?
 ふつうは、晴れ渡った青空だなあと思ったり、雨が降るかもしれないなあと思ったりする。いつも思っていることを繰り返す。「発見する」ということとは逆に、いままでの経験で「知っていること」を繰り返しているに過ぎない。「空の色」を「発見する」ということは、ない。「発見」しなくても「空の色」は「空の色」。
 「発見する」というのは、どういうこと?
 詩を読み返すと「目を覚ます」ということばがある。二回繰り返されている。「アラーム」も「目覚まし時計」のことだから、そこに「目を覚ます」が隠れている。
 「発見する」とは「目を覚ます」ことなのだ。「目を覚ます」は「発見する」ということばの「比喩」なのだ。何かに衝撃を受けたとき、比喩的に「目を覚ます」という表現をつかう。衝撃を受け、それまで気づかなかったことに気がつく。それが「目を覚ます」。そして見落としていたものを見つけることが「発見する」。それは最初から存在した。気づかなかっただけだ。それを見つけるのが「発見する」であり、その「発見する」は、そこにそれがあったことを「知る」ということだ。
 長田は「意識の事実/事件」を書いている。
 詩はたしかに、それまで気づかなかった何かを発見し、驚くことだ。あ、そうか、これはそういうことばで言い表すことができるか、と驚くことだ。これこそが自分の言いたかったことだ、と感じることだ。詩は「目を覚ますこと」「発見すること」「新しく何かを知ること」だ。
 そう定義した後で、長田は書いている。

人に必要となるものはふたつ、
歩くこと、そして詩だ。

 「歩くこと」はなぜ必要なのか。それは、「他者」と出会うためだ。「ここ」にいるだけでは、誰にも出会えない。だれかに、あるいは何かに会って、そこで「目を覚ます」「発見する」「新しいことを知る」。それは、だから「ふたつ」と書かれているけれど、ほんとうは「ひとつ」のことでもある。出会いと発見。それが「歩く」ことであり、「詩」なのだ。
 「詩は歩くこと」と言い直してもいいと思う。

きれいなドウダンツツジの
生け垣のつづく小道を抜けると、
エニシダの茂みが現れる。
光と水と風と、影のように
彼方へ飛び去ってゆく鳥たちと。

 これは、ただ街を歩いたときに目にする「風景」ではない。あらかじめ存在している風景ではない。「現れる」と、長田は書いている。長田の意識が目覚めたとき、街の風景のなかから(奥から)、「現れる」。その「現れる」ということを長田は発見している。「事件」にしている。「事実」にしている。
 ことばを補っていうと、

エニシダの茂みが(エニシダの茂みとなって)現れる。
光と水と風と、影のように
彼方へ飛び去ってゆく鳥たちと(なって現れる)。

 はやりの「哲学用語(?)」で言うと、この「……となって現れる」というのは、「分節」されて、ということである。「世界」は「未分節」の状態で存在している。「混沌」としている。それを「分節」し、ととのえる。そのとき「現れる」という運動は「発見する」と言い換えることができる。また、そうやって「世界」をととのえることを「知る」とも言う。
 これを「哲学用語」ではなく、「ドウダンツツジ」や「エニシダ」「光と水と風」「鳥」という具体的な存在を通して語るのが、詩だ。

最後の詩集
長田 弘
みすず書房

*

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長田弘『最後の詩集』(4)

2015-07-03 10:24:31 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(4)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「夏、秋、冬、そして春」は難しい。

(我思うところに、我なし)

 と、いきなり抽象的にはじまる。「我思う、ゆえに我あり」ということばを思い出すが、それとは反対のことを言っているように感じられる。しかし「ゆえに」ではなく「ところに」と言っているのはなぜだろう。書き出しの一行だけではわからない。

(我思うところに、我なし)
春くる前の冷たい朝、
(我思わぬところに、我あり)
不意に、そう確信したのだった、
澄みわたった冬のセレストの空の下で。

 「セレスト」については長田は詩の注釈に「至高の天空の色」と書いている。冬の朝、不意に「我思わぬところに、我あり」と「確信」したことはわかるが、それはどういうことなのか、これだけではわからない。
 なぜ「思う」ではなく「思わぬ」なのか、なぜ「ゆえに」ではなく「ところに」なのか。長田は何を言おうとしているのか。
 「確信」ということばを引き継ぎながら、次のように書いている。

確信はありふれたものを真実にする。
冬の朝の光の粒々は、真実である。
柔らかに天を指すハナミズキの、
枝々の先の、冬芽は真実である。
移りゆく季節は、真実である。

 「真実」ということばが繰り返されている。そして、「真実である」と書かれている。この「ある」は「我あり」の「ある」と重なるか。「我あり」は「我がある」と読むのがふつうだろうけれど、「我である」とも読めそうだ。
 そのとき、しかし、どこに「我がある」のか。どのように「我である」のか。
 「冬の朝の光の粒々」は「我」ではない。その「我ではない」ところ(存在のなかに)、「我」が「ある」。そういう「あり方」が「真実」である、と言っているように思える。
 「ハナミズキの、枝々の先の、冬芽」も「我」ではない。「我ではない」ところ(冬芽)に「我がある」。あるいは「我ではない」冬芽が「我である」。「冬芽」をみつめ、冬芽であると認識するとき、そこに「真実」がある。「冬芽」と「我」が「一体(ひとつ)」になって存在している。「我」は「我」ではなく、「冬芽」は「冬芽」ではない。「我」は「冬芽」であり、「冬芽」は「我」である。そういう「関係」を「真実」と言っているように思える。
 「我」が「ある」と思わぬところ、「我」とは意識して来なかったところに「我」が「ある」。「光の粒々」や「冬芽」のなかに、そういう「場(ところ)」に「我」が「ある」。その「場(ところ)」としての「存在」が「我である」。そういう「あり方」が人間の存在の仕方の「真実」である、と言っているように感じる。

(我を担いで生きるなかれ)

 という一行が途中に出てくる。「我思う、ゆえに我あり」というように、「我」を意識しつづけて「生きるなかれ」と言っているのだと思う。「我」を「思わず」、「無我」になって生きる。そうすると「我」は、みつめた対象(存在)のなか(ところ/場)にある。
 「移りゆく季節」の「移りゆく」という「動詞」を「我」が引き受け、「光の粒々」や「冬芽」のなかに「無我としての我」を「移す」。あるいは「我が移りゆく」。そのとき「光の粒々」「冬芽」一体になって「我がある」。「我を思わぬ我=無我」としての「我がある」。そういう「無我」が「我である」。
 そんなことを、ぼんやりと考える。ぼんやりと感じる。
 でも、これでは抽象的すぎる。「我を思わぬ」を「無我」と考えるのも、強引すぎるかもしれない。「無我」ということばをつかっていないのだから。
 しかし読み進んでいくと、突然「無」という文字に出会う。

わたし(たち)のすぐそばに
一緒に生きているものたちの
殊更ならざる真実の、慕わしさ。
それら、物言わぬものたちが
日々の徴(しる)している親和力によって、
人は生かされてきたし、救われてもきた。
そのことを無事、大事と考える。

 「無事」のなかの「無」。
 この「無事」の「意味」は難しい。「無事」ということばを私は知っているが、その知っている「無事」の意味をそのままあてはめて、この「無事」を理解できるかどうか、わからない。
 「無事」と「大事」が同じ重さで書かれていることから「無事が何より」という言い方を思い出す。何もないこと、「無事であることが何よりも大切、大事なこと」。これは、一般的には、何が大きなこと、目立ったことなどなし遂げなくても、何もなくても生きていることが一番大事だよ、という意味でもある。有名、「名のある我」にならなくても、「無名の我」であっても生きていることが大事、という意味である。
 この「大事」を「真実」と言い直してみるとどうなるだろう。
 「生きている」ということが「大事」、「生きている」ことが「真実」。その「生きている我」が「無我=名ものない我」であっても、「生きている」ことが「真実」。「無我」の「我」は、「我」にはこだわらず、「光の粒々」や「冬芽」を「我」の「場」として、そういうものと一緒に生きている。そういう「私のあり方」を「真実」として生きればいいのだ、と言っているように思える。
 このことを言い直して、

季節のなかに、黙って身をさらし、
ただに、日々の気候を読む。

 と言う。
 「ただに」は「ただひたすらに」だろう。「身」を「気候」そのものにする。「無我」になり、「気候」そのものになる。
 この「無」は詩の最後にも出てくる。

両掌で熱いティーカップを包んで飲む。
無に息を吹き込むようにして。

 きっと、この詩は「無」と関係がある。長田は「無」のことを考えている。そう感じる。
 わかったとは、言えない。
 私は、長田がこういうことを言おうとしているのだろうと感じるだけだ。いつかは、長田のこの詩をわかったと言えるときがくるかもしれない。それまでは、「ただに」、読むだけである。


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長田弘『最後の詩集』(3)

2015-07-02 10:42:30 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(3)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「円柱のある風景」もシチリアを訪問したときのことを書いている。

屋根は、ない。壁は、ない。
扉も、窓も、ない。意匠も、
何も、ない。のこっているのは、
火山性凝灰岩でつくられた、
整然とならぶ、三十四の、円柱だけだ。
円柱は、振り仰ぐほどの、巨大さだ。
けれども、ちがう。どこまでも、
青く澄んだ、空のひろがりと、
緑と石の、野のひろがりのなかでは、
円柱は、むしろ、慎ましく感じられる。

 七行目の「ちがう」が、長田の詩の特徴をあらわしている。
 いま/ここで見ているものを、知っていることば、おぼえていることばで、書く。書いてみて、それを否定する。つまり、それまで書いたことばを、捨てる。書くことで、知っていることば、おぼえていることばを捨ててしまう。そして、そこから考えはじめる。新しくことばを動かしはじめる。ことばを動かしながら、「見ているもの」の「本質」をつかみとろうとする。動かすためには、否定(ちがう)と気づくことが必要なのだ。いままで知っていたことば、おぼえていたことばでは言えないことをつかむためには、ことばを捨てることからはじめなければならない。「巨大」を、その反対のことば「慎ましさ」と言い直した後、その「慎ましさ」さえも捨ててことばは動く。

海があった、海からの光があった。
日の光が、四辺に、音もなく、
しぶきのように、飛び散っていた。
ここでは、風光が、すべてだ。
空の下にいるのだと、実感された。

 知っていることば、おぼえていることばを捨てる。そうすると、ことば以前の「実感」になる。
 「実感」からことばを動かしていくと、「巨大」だった円柱は、次のようにかわっていく。

無辺の、野にあって、ただ、
空を支えるように、立ちつづけてきた、
円柱たちの、その粛然とした感じ。

 「巨大」から「粛然」へ、ことばが生まれ変わる。この瞬間が、詩。
 そして、その「粛然」には「その」という指示詞がついている。「その」ということばを思わずつけてしまうのは、「粛然」が「新しく」生まれてきたことばであるけれど、それはほんとうは長田の「肉体」のなかにありつづけたことばだからだ。隠れていたことば、長田にはなじみのあることばなのだ。だから「その」という、あたかも前にでてきたことば(ずっと意識しつづけてきたことば)であるかのように「その」という指示詞がついている。
 このあと、長田は和辻哲郎の『イタリア古寺巡礼』からシチリアの円柱について書いた部分を引用している。和辻はそのなかで「単純さ」ということばをつかっている。長田の「粛然」は、和辻の「単純さ」ということばを引き継いでいることになる。長田は、ことばの「来歴」を正直に書く詩人である。
 そして、さらにことばを動かす。

和辻哲郎は、かつて、ここを訪ねて、
そう書いた。その、言葉にみちびかれて、
ここにきて、そして知った。円柱たちの、
その粛然とした感じは、うつくしい建築が、
遺跡に遺した、プライドだった。
ひとのつくった、建築だけだ、
廃墟となるのは。
自然に、廃墟はない。

 この最後の部分は複雑だ。「自然に、廃墟はない」ということばは、「廃墟」を否定しているようにも感じられるからだ。しかし、私は、「プライド」ということばを中心にして読みたい。そして、「廃墟になるのは」ということばを「廃墟になることができるのは」と読む。さらに「廃墟になる」ということばを「つくったものを遺す」と読み直す。つまり、「人間のつくったものだけが、遺る(遺す)、ということができる」と読む。「自然」は「残る」のではなく、「つづく」のである。人間は「遺す」ということを通して「つづく」(つながる)のである。
 ここから、少し引き返す。
 いま引用した部分の三行目。「知った」ということば。これは「発見した」ということである。和辻のことばに導かれて、シチリアに来て、和辻の見た円柱の遺跡を見た。和辻の「単純さ」ということばを「粛然」と言い直し、引き継いだとき、長田は「発見した」。「円柱たちの、/その粛然とした感じは、うつくしい建築が、/遺跡に遺した、プライドだ」と。
 「発見した」ではなく「知った」と書くのは、その「発見した」ものが和辻のことばに導かれるように動いたものだからである。長田一人が見つけたのではない。和辻もそれを「発見していたはずだ」と「知った」のだ。確認(確信)したのだ。
 長田は、そんなふうにして和辻に「つづく」、和辻に「つながる」。そうして、そのことばは「遺る」。「遺る」ことばを、私は「廃墟」とは呼ばない。「遺跡」とも呼ばない。「生きることば」と呼びたい。ことばは読まれ、引き継がれ、語りなおされて永遠に生きる。引き継がれることばに、「廃墟はない」。

最後の詩集
長田 弘
みすず書房
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長田弘『最後の詩集』(2)

2015-07-01 08:32:05 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(2)(みすず書房、2015年07月01日発行)

 「カタコンベで考えたこと」という作品は「シチリア、パルレモのカプチン派修道院の地下墓地で」という後注がついている。地下墓地で「むくろ」を見たときのことを書いている。

誰一人、生きていない。
けれども、誰一人、死んでいない。
 
 緊張感にあふれる書き出しの二行。
 「むくろ」だから「生きていない」は当然である。けれど、その「むくろ」を見ながら「死んでいない」と感じる。「死者」なのに「死んでいない」。この「矛盾」について考えている。
 「考える」とはことばをととのえて、「矛盾」を「矛盾」ではないものにするということかもしれない。考えようととする石の強さが、二行に強い響きを与えている。
 「生きていない」「死んでいない」。そのことばの最後の「ない」という「否定」のなかで、何かが出会っている。それを見つめようとしている力を感じる。
 「ない」ということと、人間の関係を考えようとしているように思える。「ない」の繰り返しに、そう感じる。

 「ない」をつきつめる前に、長田は、いま見ている「むくろ」を別のことばで言い直している。「死」について、いままで考えてきたことを修正すること(ことばをととのえなおすこと)からはじめる。

ここにいるのは、すべて
死者たちだった。死ぬとは、
この世から、姿を消すことである。
ずっと、そう思っていた。
けれども、ここでは違っていた。

 「死ぬ」は「この世から姿を消すこと」、この世から姿が「ない」という状態になること。「ない」が「ある」として存在するという「矛盾」が「死」である。言い換えると姿が「ない」が、死が「ある」ということ。けれど、それが「間違い」であると長田は気がついた。
 姿は「むくろ」という形になって「ある」。「むくろ」が「ある」が、それは生きては「いない」。そして、その「ない」ということばに誘われて、「死んでいない」という反対のことばが瞬間的にあらわれてくる。何か、いままで感じていたこととはちがうものが動き、そのために「矛盾」した表現が出てきてしまう。「ない」があらわれて、長田を突き動かしている。矛盾した「ない」がある、という緊張をつくり出している。
 ここから、少しずつことばを動かすのだ。
 「生きていない」の「ない」が「ある」のか、「死んでいない」の「ない」が「ある」のか。区別がつかないが、その「ない」が結びついた形になっている。「むくろ」という存在のなかに、ふたつの「ない」が「ある」。
 その「ない」には、「ない」を覆い隠すように「ある」がまとわりついてもいる。

赤い服を着たむくろ。白いズボンを穿いた
むくろ。とんがった帽子を
目深にかむったむくろ。麻の僧服を
まとったむくろ。両手を組んで

 ことばは行をまたいで「むくろ」と結びついている。そのとき、そこには「赤い服」「白いズボン」「とんがった帽子」などが「ある」。この「ある」は、しかし、ほんとうに「ある」のではない。そこに「ある」ものを描写しても、「生きていない」「死んでいない」という「矛盾」を解消することはできない。
 長田は、そこに「ある」ものをことばにすることで、少しずつ自分の知っていることばを捨てるのだ。これから考えることを整理するために、余分なことばを捨てるのだ。
 これは「表面」を描写しながら、徐々に存在の「内部」へと進んで行くことばの運動なのだが、長田の描写を読んでいると、ときどき「内部(本質)」へ進む運動というよりも、「内部」へ迫るために不要なことばを捨てるという感じがする。正確に、正確に「存在」を描写することば。描写することで、その「存在」から不要な「ことば」を捨ててしまう。長田自身が持っていることばを捨てて、新しいことばを探す。そうやって、先へ先へとことばを動かしていく、その烈しい強さを感じる。
 「むくろ」のまとっている衣服を描写し終わると、長田は「骨」と向き合いはじめる。「衣服」を描写することばを捨ててしまって、「骨」にたどりつく。そこに「ある」衣服は、もう、「ない」。本質ではないものをことばにすることで捨て去って、本質に近づいていく。それは遠回りだが、遠回りをしなければたどりつけないほんとうがある。ほんとうに「ある」のは「骨」だ。

頭蓋骨。朽ちた歯。頸椎。胸骨。指骨。
尺骨。大腿骨。下肢骨。骨だけだ。

 そして「骨」だけが「ある」ことを確認したとき、そこに「ない」が「ある」ことに気がつく。「ない」が何だったかが、わかる。そうして、やっと書き出しの、

誰一人、生きていない。
けれども、誰一人、死んでいない。

 を、「考え」として言い直すことができる。「むくろ」を見たとき、なぜそう感じたのか、「考え」として言い直すことができる。
 次のように。

凝視しているが、眼はない。眼窩だけ。
じっと聴いているが、耳はない。沈黙だけ。
懸命に話そうとしているが、舌はない。

 「凝視している」という「動詞」が「ある」。しかし、眼は「ない」。
 「聴いている」という「動詞」は「ある」。しかし、耳は「ない」。
 「話そうとしている」という「動詞」はある。しかし、舌は「ない」。
 「動詞」は「ある」。「動詞」は「生きている」。けれど、その「動詞」を具体的に表現するための「肉体」が「ない」。
 「動詞」と「肉体」の齟齬。それが「死」なのだ。
 逆に言うと、肉体「ない」けれど、その「ない」を超えて、そこに「見る」「聞く」「話す」という「動詞」を感じるとき、その「動詞」を「ある」と受け止めるとき、「死」は「実感」になる。死んでもなお「ある」をつづける「動詞」に、長田は共感している。その共感が死を実感にかえる。
 長田は、「見つめたい」「聞きたい」「話したい」という欲望が「死んでいない」と感じたからこそ、そこに「生がない」(生きていない)と強く感じた。
 その死んでしまった人間の「欲望/本能」の「強さ」を、長田は「凝視」の「凝」、「じっと」、さらに「懸命」ということばでつかみとっている。「動詞」よりも先立って、その「本能」こそが「ある」のかもしれない。
 「凝(視)」「じっと」「懸命」は「真剣」ということかもしれない。
 長田は「むくろ」と向き合い、長田自身の「真剣」を発見している。「真剣」に、考え、ことばをととのえようとしている。
 長田が死んでしまったいま、そのことを強く感じる。

時の波紋のような、静寂。
激情はない。驚怖も。追憶も。
人が生きるのに必要としてきたものを、
むくろは、何一つ必要としない。

 ここにも「ない」があふれている。
 人間は生きるために「激情」も「驚怖」も「追憶」も必要とする。「激情」が「ある」。「驚怖」が「ある」。「追憶」が「ある」。そのとき、人間は「生きている」。人間(いのち)が「ある」。
 けれども「むくろ(死)」は、それを必要とし「ない」。
 そういうものは「むくろ」には「ない」。
 「ない」はずだけれど、生きている長田には、それが「ある」ように感じられる。
 「むくろ」は「激情」か「驚怖」のためかわからないが、「凝視している」「聴いている」「話そうとしている」。そういう「動詞」を感じさせる形で、そこに「ある」。
 こういうことを、長田は、さらに言い直す。

死んでなお、この世を去ることができない、
怖しいほどの孤独。未完の人生を、

 死んでも「ない」は「ない」。この世を去ることができ「ない」。この世に存在しつづける「孤独」。
 そう「定義する」(そんなふうに「考え」をととのえる)ことで、長田は、長田自身の「生」を「死」に向けてととのえたのかもしれない。
 長田が死んでしまったいま、そんなふうに思える。

死んでなお、この世を去ることができない、
怖しいほどの孤独。未完の人生を、
受けいれられなければ、惨めなだけだ、
完全な人生を、人が愛そうとすることは。

 この最後の四行を、私は正確につかみとることはできない。
 だが「受けいれる」「愛する」という「動詞」がそこにあることを、しっかりとおぼえておきたい。長田は、「未完の人生」を「受けいれ」、そうすることで「完全な人生」を「愛する」ことができたのだと思う。
 詩を繰り返し読んでいるうちに、私にも少しはそのことがわかるようになるかもしれない。わからないままでも、繰り返し読んでいれば、そのことばは私の肉体になじむだろう。詩は、わからないまま、そのことばになじむしかないものかもしれない。


最後の詩集
長田 弘
みすず書房
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長田弘『最後の詩集』

2015-06-30 09:26:26 | 長田弘「最後の詩集」
長田弘『最後の詩集』(みすず書房、2015年07月01日発行)

 長田弘『最後の詩集』はほんとうに長田にとっての最後の詩集。もう新しい作品を読むことはできない。何だか、悔しい。悔しいけれど、まず、詩集を残してくれてありがとうと言わなければならないだろう。ほんとうに、ありがとうございます。
 この詩集を読むと、長田が「青」が好きだったことがわかる。長田にとって「青」とは「透明」でもある。そしてそれは「光」でもある。巻頭の「シシリアン・ブルー」を読むとそのことが伝わってくる。

どこまでも、どこまでも
空。どこまでも、どこまでも海。
どこまでも、どこまでも
海から走ってくる光。
遠く、空の青、海の青のかさなり。
散乱する透明な水の、
微粒子の色。晴れあがった
朝の波の色。空色。水色。

 二行目で、空と海はすでに「一体(ひとつ)」になっている。「青」の「かさなり」の「かさなり」のなかに「空」と「海」があり、そこから「光」が生まれる。そこから「光」が走ってくる。走ってくるとき、その動きのなかに「透明」が散乱する。「空色。水色。」そういうことばになって「散乱する」。「散乱する」のだが、それは、ばらばらになってしまうのではなく、「かさなり」が広がるということだ。この「広がり」を長田は「どこまでも、どこまでも」と書いている。繰り返しているのは、その「どこまでも」がずっとつづくからである。ずっとつづきながら、あるとき「空」になり、あるとき「海」になる。そして「青」になり、「透明」になり、「光」になる。ことばは変化するけれど、そこに「ある」ものは「ひとつ」。それが二行目、「空」と「海」を「一行」のなかに書いてしまっているところに象徴的にあらわれている。
 「青」についてのことばは、さらに「散乱」し、さまざまな「色」を動きつづける。

どこまで空なのか。どこから海なのか。
見えるすべて青。すべてちがう青。
藍、縹(はなだ)、紺、瑠璃、すべてが、
永遠と混ざりあっている。

 さまざまに「散乱する」が、それは「永遠」と「混ざりあっている」。それぞれのなかに「永遠」の「かさなり」がある。「永遠」と「ひとつ」になっている。「ひとつ」になっているからこそ、それを「すべて」という一語で長田は呼ぶ。
 長田はこの光景を、「イタリア、シチリアのエリチェ」の、「三千年近くも前に、フェニキュア人が/断崖絶壁の上に築いた石の砦」から見ている。そして、その見ている「青/光/透明」を再び言い直している。

フェニキュア人の砦からは、
世界のすべてが見えた。
文明とは何だ。--この世で
もっともよい眺望を発見するという、
それだけに尽きることだったのでないか。

 「文明」を定義して、長田は「もっともよい眺望を発見する」ことと言う。この「文明」を「詩」と置き換えると、長田の詩の「本質」を定義したことになるだろう。
 いま長田は「フェニキュア人の砦から」空と海を見つめている。見つめるだけでは「眺望」にならない。見つめたものを「ことば」にすることで「眺望」は完成する。いま見ているもの、見えているものに、もっともいい「ことば」は何か。それを探しながら、長田は詩を書いている。そして、「どこまでも」ということばをつかみ、「青/光/透明」ということばのなかに「散乱」させる。ことばはさまざまに「散乱」しながら視覚を「どこまでも」広げていく。「眺望」に変えていく。そして、それが完成したとき、そこに「永遠」が見える。「青と混ざりあっている永遠」から「永遠」が「透明な光」となって純粋に輝く。
 でも、それではまぶしすぎて、見えない。だから、長田は、もう一度言い直す。

ブルー、シシリアン・ブルー!

 シチリアで発見した青。シチリアで出会った色。
 「シシリアン・ブルー」は単に「青」の種類を書いているわけではない。そこには長田の「出会い」を大切にする生き方がこめられている。シチリアに行き、そこで色に出会っている。その出会いを忘れないようにするために「シシリアン・ブルー」と叫んでいる。絶対的な(抽象的な)「永遠」から少し引き返し、「現実」と切り結んでいる。「シシリアン(シチリアの)」ということばで「現実」を生きている。
 何かに出会い、その出会ったものを、もっともよく「眺望」できることばにする。そうすることで、一瞬一瞬、長田は生まれ変わっている。
 この詩集には、そういう作品が収められている。

 この「眺望」と「詩」の関係は、「詩って何だと思う?」では、

窓を開け、空の色を知るにも
必要なのは、詩だ。

 という形で言い直されている。ことばを通して、空の色を「知る」。そこにあるものを「見る」だけではなく「知る」ためには「ことば」が必要であり、見えたものを「ことば」にしたとき、「眺望」がはっきりする。その「眺望」を完成させる「ことばの動き」。それが詩である。
 さらに、この作品のなかで長田は、

人に必要となるものはふたつ、
歩くこと、そして詩だ。

 と書く。この「歩く」は、何かと出会うことと同じ意味である。「歩く」ことで自分から出て行く。いまの「眺望」を捨てて、ちがう「眺望」に出会う。たとえばシチリアに行く。そこで美しい空と海の光景に出会う。それをことばにする。そのとき世界が広がる。人間が大きくなる。そうやって長田は生きてきた。
 長田のそういう「歩き方」を支えるものに、ひとつ大切なものがある。他人のことばだ。読書だ。他人のことばとしっかり向き合う。そして自分のことばをととのえなおす。
 「円柱のある風景」は同じくシチリアを書いたものだが、そこには和辻哲郎の『イタリア古寺巡礼』の一節(ギリシャ文明/建築に触れた文章)が引用されている。和辻のことばを通りながら、長田は長田のことばの動きをととのえ、和辻の書かなかったところを「眺望」している。長田が何から影響を受けているか、それをどう受け止めて自分をととのえたか。そういうことを正直に書いている。ここにも「出会い」を大切にし、そこから「永遠」へ近づいていこうとする長田の姿勢が見える。

 詩集には、新聞に発表されたエッセイ(大橋歩のイラストつき)もおさめれらている。長田の静かな生き方が滲んでいる。
 詩集のカバーは、「シシリアン・ブルー」ではなく、少しくすんだような、まぶしすぎる空の奥の、暗さを含んだ青色だが、これが逆に詩集のなかの「透明」な感じと響きあっている。とても美しい一冊だ。
最後の詩集
長田 弘
みすず書房
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