谷川俊太郎「感謝」(朝日新聞朝刊、2024年11月17日)
朝日カルチャー講座(福岡・朝日ビル8階)で、谷川俊太郎の「感謝」を読んだ。
目が覚める
庭の紅葉が見える
昨日を思い出す
まだ生きてるんだ
今日は昨日のつづき
だけでいいと思う
何かをする気はない
どこも痛くない
痒くもないのに感謝
いったい誰に?
神に?
世界に? 宇宙に?
分からないが
感謝の念だけは残る
「生きていることへの感謝が書かれている」「感謝は、ひとのしたことへの感謝。ひとに対する感謝が書かれている」「多くのひとの最期につながる。多くのひとを思い出す」という声。一方で「二連目のことばはつらい。もし、こんな気持ちになったら、私は死んでしまうかもしれない」という声もあった。そうした気持ちがあるからこそ、感謝が強くなるのだろう。
私は最終連に引きつけられた。
「分からないが」と書いている。「誰に」感謝するのか(感謝しなければならないのか)分からないが。しかし、「感謝の念だけは残る」ことが分かる。いや、こと「は」、分かる。「は」という助詞には、強い強調の気持ちがある。その「は」の強さに、ぐいとひっぱられる感じがした。
もし、死んでしまったらどうなるのか。これは、もちろん、分からない。でも、谷川には確信していることがある。「感謝の念」は、残る。ほかのものがなくなっても、「感謝の念」は残る。それが、「分かる」。
「分かる」とは書いていないが、そう読むことができる。谷川には「分かりきっている」から、それを書かない。「書かないことば」、無意識に省略してしまうことばこそ、キーワードというものだろう。
そして、私が、強く感動するのは、実は「感謝(の念)」というよりも「残る」という動詞である。谷川は「残る」をどうしても書きたかった。そして、その大切なことばのあとに、「分かる」というような余分な(?)ことばは書きたくなかった。「残る」を強調したかった。
谷川の口調を借りて言えば、では「いったいどこに?」
ふつう「念(気持ち)が残る」といえば、それは「肉体のなかに、念(気持ち/思い)」が「残る」。これは、誰もが経験することである。谷川は「私の肉体のなかに、感謝の念は残る(言い足りない)」と言っているのだろうか。あるいは「肉体」といわず、「こころに」というひともいるだろう。言っても、言っても、言い尽くせない。
私は、なんとなく違うと思う。違うと、直覚する。「肉体」や「こころ」に「残る」のではなく、もっと違うところに「残る」。
もし谷川が死ぬことがあっても、そしてその肉体がなくなってしまっても、谷川の「ありがとう」という気持ちは、この世界、この宇宙、谷川のことばを読んだひとのなかに、「残る」。
「鉄腕アトム」や「かっぱらっぱかっぱらった」「父の死」のような作品が「残る」のではなく、何よりも「感謝」が残る。「生きている」、だから「ことば」が動く。その「ことば」はすべて「感謝のことば」である。谷川の詩は、すべて「感謝の念」なのである。
感謝のあらわし方には、いろいろある。「ありがとう」は誰でも知っていることばだが、それだけが感謝のことばではない。たとえば「おならうた」の「こっそり す」もまた感謝のことばのひとつなのである。生きているから、こっそりするおならの音も聞こえるのである。私がいて、他人がいて、一緒に生きているから、それが聞こえるのである。聞こえた、と言えるのである。そのときの「うれしさ」。
私は、うまく説明できない。しかし、谷川のことばに笑った瞬間の「うれしさ」、ひとのいのちをふいに輝かせることばの力のなかに、谷川の生きていることへの感謝が存在すると、私は感じる。ことばは、みんな「つながって、いきている」。
そんなことを感じた。
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