最近、読売新聞でつづけて「資源」ということばに出合った。いずれも「安保問題」に関してのアメリカ人の発言である。とても奇妙なつかい方をしている。
ひとつは2024年6月6日の、欧州各国がインド太平洋で「安保を強化している」というもの。アジア安保会議に出席した米調査研究期間ジャーマン・マーシャル財団の中国専門家、ボニー・グレーザー。
南シナ海、台湾海峡で欧州の艦艇が活動しているのは「(この地域の)安定維持に欧州が貢献する意志があるという中国へのシグナルになっている」と語った上で、こう言っている。
もし米国がウクライナ支援や欧州の安全保障から手を引けば、欧州がインド太平洋に割ける資源は限られ、関与は薄まるだろう。
もうひとつは、6月8日の記事。元国防次官補代理、エルブリッジ・コルビー。「中国の侵略 今すぐ備えよ」という見出しの記事のなかで、台湾が「アメリカがウクライナ支援を継続すべきだ」と訴えていることに関しての発言である。
台湾は可能な限り、武装する必要がある。米国の資源には限りがあり、やるべきことを選ばなければならない。
ふたりが語っている「資源」とは何か。ふつうは、資源というと石油とか水とかを思い浮かべるが、もちろんそうした意味ではない。
「軍事資源」であり、それは言い換えると「軍備(艦船やミサイル)」であり、もっと言い換えると「軍事費(予算)」である。
アメリカの予算(あるいはアメリカに同調している欧州の予算)には限りがある。アメリカが単独で世界の安全を守るわけにはいかない。それぞれの国がそれぞれの国を守るために軍事費を増やし(アメリカから軍備を購入し)、アメリカの「仮想敵国」と対応すべきである、と言っているのである。
「資源」を先のふたりのアメリカ人が、英語で何と言っているのか、私には想像もつかないが、「資源」という同じことばで翻訳されているところをみると、たぶん同じことばだろう。同じ読売新聞の記事なのだから。そして、それがふたりに共有されていることばならば、そのことばはアメリカでは(政治家、軍事関係者のあいだでは)、認識の共有を示すことばでもあるだろう。台湾や日本は(また欧州も)、もっと軍事費を使え。アメリカの負担を軽くしろ、という認識が共有されているのである。
さて、ここからである。
ロシアのウクライナ侵攻。もちろん侵攻したロシアが悪いのだが、その背後には、アメリカの「思惑」が動いているのではないか。もし、ロシアとウクライナのあいだで紛争が起きたとき、欧州はどれだけ「軍事費」をつぎ込む決意があるか、それを見てみようとして「裏で」仕組んだ結果、紛争が起きたのではないのか。
いま、アメリカではウクライナ支援が以前ほどではなくなっている。そして、欧州では武器の供与などが積極的になっている。よくわからないが、その武器にもアメリカの技術や部品がつかわれているだろう。アメリカはヨーロッパで金を稼ぎ、ヨーロッパに金をつぎ込ませている。
同じことが、これから「台湾」をめぐって行われようとしている。アメリカの「資源」には限りがある。しかし、もし、日本や台湾がアメリカの「資源(軍備)」を購入するならば、その金はアメリカの「資源(予算の増額)」につながるだろう。軍需産業からの「税金」が増えるからね。同時に日本や台湾が軍備を増強した分、アメリカは軍備を減らすことができる。一石二鳥だ。
ふたりのアメリカ人が「資源」ということばをつかったにしろ、それをそのまま「資源」と翻訳するのではなく、日常的に私たちがつかっていることばに翻訳して記事にすれば、ふたりの発言は違ったものに見えてくる。そうしないのは、読売新聞が、アメリカの戦略にそのまま加担するということである。
軍隊というのは、基本的に「自分の国を守る」組織だろう。しかし、アメリカがやっているのは「自分の国を守る」ということではない。「警察」となって、世界を支配しようとしている。アメリカが金もうけしやすい国にするために、動いている。アメリカの金もうけに反対する国は許さない、取り締まるという「警察」として動いている。
その「旗印」として「自由主義」とか「グローバル化」ということばがつかわれている。アメリカの言う「グローバル」は各国の独自性を認めた多様な社会ではなく、アメリカの資本主義によって支配された「単一」の世界である。アメリカの金もうけ各国が協力する世界である。
アメリカが豊かになれば、その豊かさは世界に還元されるというひともいるかもしれない。安倍政権のときに流行した「トリクルダウン」だが、そんなものは実際には起きなかった。金持ちがより金持ちになり、貧乏人がより貧乏人になった。同じことが起きるだけである。
実際、同じことが世界で起きたではないか。
ロシア・ウクライナ戦争の影響で世界中のインフレが進んだ。物価が上がったのは、企業が「利潤」を上げようとしたためである。庶民の給料が物価にあわせてどれだけ上がろうが、その「増加分」は、企業がインフレによって確保する利益の「増加分」には及ばない。企業は企業の利益を確保した上で(露骨に言えば、増やした上で)、労働者の賃金を上げているにすぎない。トヨタが賃上げの結果、利益が激減した、というようなことは絶対に起きないのである。
さらに軍事費にまわす「予算」が足りないというのなら、国民の税金を増やせ。賃金を上げれば必然的に「所得税」も上がる。それを軍事予算に回せばいいじゃないか。そういう「議論」も、きっとどこかで行われているはずである。トヨタは、たしか組合要求を上回る賃上げを行ったが、これなんかも、私からみると従業員のためというよりは、「国策」(軍事予算増額)に協力することで、政府からの「見返り」を期待してのことだろうなあ。
だれも言わないが。
ロシア・ウクライナ戦争にしろ、イスラエル・パレスチナ戦争にしろ、その支援によって、アメリカの軍需産業が大赤字になったというようなことは絶対に起きない。アメリカの軍需産業がウクライナ支援のために武器を無償で提供し、そのために大赤字になった、そして倒産した、というようなことは絶対に起きない。
いま起きていることと同時に、絶対に起きないことにも目を向けて、ことばを動かしていく必要がある。そして、そのとき、ことばを常に自分の知っている範囲の意味でつかうことが大切なのだ。
アメリカの軍事専門家が「米国の資源」ということばをつかうなら、「それは、たとえばアメリカの石油のことですか? 電力のことですか? あるいはアップルなどの新商品をつくりだす能力のことですか?」と尋ね、意味を明確にする必要がある。
かつて、(いまでも)、日本では、何か新しい「概念」で国民をごまかすとき「カタカナ語」がつかわれたが、最近は手が込んできて「漢字熟語」、「既成のことば」もつかうようになってきたようだ。
「新聞用語」(ジャーナリズム用語)には、気をつけよう。