熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

エマニュエル・トッド 著「問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論」

2017年06月08日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本は、トッドの最近日本での講演を纏めた本であるが、冒頭の2編は、英国の「EU離脱 Brexit」についてのインタビュー記事で、興味深い理論を展開しているので、これについて考えてみたい。

   まず、トッドは、Brexitは、良いことだと歓迎している。
   そして、これは、世界規模で起こっている現象で、特に、欧米日など最先進国で著しい、分散・不一致という現象である。と言う。
   グローバリゼーションによるストレスと苦しみの結果、それぞれの伝統の内部に、それぞれの伝統の内に、それぞれの人類学的基底の内に、グローバリゼーションに対処して自らを再建する力を見だしつつある。と言うのである。
   その最たるものは、ドイツで、東西ドイツの統合以降、ヨーロッパ大陸で圧倒的な優位を手に入れ、ロシアは、過酷で困難な時期を耐え忍んで、プーチン以降、ロシアらしい国民的理想への回帰を現実化した。

   しかし、もっと重要なのは、英国のネイション回帰である。
   英国は、最初に新自由主義の論理を推進し、グローバリゼーションを米国と先導したその当事国であり、17世紀以降、世界の経済史、政治史を推進してきたのはアングロ・アメリカンであり、この英米が、ナショナルな理想へ向かって大きく揺れ戻るのは、ドイツの擡頭、ロシアの安定化より、はるかに重要だというのである。

   ブローデル的な長期持続の観点からイギリスを捉えることが大切で、産業革命を起こしたのも英国であれば、リベラルでデモクラティックな近代を発明し議会制の君主政体を確立したのも英国であり、英国は、まさに、近代のリーダーであった。
   今回の歴史的なBrexitの国民投票で問われたEUからの離脱の動機は、出口調査によると、英国議会の主権回復であったという。
   イギリス人にとって、政治哲学上の絶対原則は、議会の主権にあるのだが、Brexitを選択するまでは、イギリス議会は主権を失っていたのである。
   フランスも、このイギリスの目覚めに、続かなければならないと、トッドは言う。

   問題は、英国が抜けた後は、EUは、ベルリンの支配下となり、米国もドイツをコントロールする力を決定的に失う。
   イギリスのEU離脱は、西側システムと言う概念の終焉を意味し、今でも、ドイツ的ヨーロッパ(ドイツ語のEUROPAオイロッパ)だが、益々ドイツによるヨーロッパ大陸の経済的掌握と言う暴力が強化され、「ヨーロッパ」は最早存在しなくなる。と言う。

   要するに、Brexitは、英国が、ドイツに支配されている欧州から離脱して、イギリス人と言うナショナル・アイデンティティに目覚めて、自らが生み出したグローバリゼーションに最も苦しめられた結果、イギリス人自身が、率先して、グローバリゼーションの終焉の始まりを主導したと言うことであろうか。
   グローバリゼーションについては、人類の歴史にとって良いことなのか悪いことなのか、主に、経済的な視点から激論が交わされており、また、トッドの言うように終焉を迎えつつあるのかどうかは、別にして、トッドは、各国に共通するグローバリゼーションによる疲労を、「グローバリゼーション・ファティーグ」と名付けたいと言っているのが面白い。

   トーマス・フリードマンが、「フラット化する世界」で、ICT革命とグローバリゼーションの進展によって、世界はフラット化して、人類の世界は、グローバルに広がって平準化して行く、まさに、地球は一つになると言うイメージを、人々に植え付けたのは、ほんの10年少し前のこと。
   しかし、イギリスのBrexitもそうだが、アメリカのトランプ革命も、ヨーロッパで吹き荒れている極右政党の擡頭などによる右傾化旋風なども、グローバリゼーションへ背を向けたネイション回帰。
   最も、グローバリゼーションは、大航海時代に始まって、形を変えながら、浮き沈みの歴史を繰り返しているので、これもあれも一時的な現象かもしれないが、資本主義が、異常な経済的格差拡大によって暗礁に乗り上げてしまった以上、時流に翻弄されるのも、仕方がないと言うことであろうか。

   興味深いのは、この稿で、トッドは、イギリスとフランスの関係を語って、所詮、フランスはドイツの従属国に過ぎなくなるのであるから、本来的に独仏の連携は無理であって、現実を動かすパワーと文化のロジックに適っている英仏の良好な関係構築こそが、フランスにとって国益となる筈を、フランスの為政者はこれを理解しなかったと述べていることである。
   フランスにとって、イギリスは、ヨーロッパ諸国の内、全面的に信頼できる唯一の国であって、それ故に、軍事安全保障においても効果的に協力し合える唯一の国であり、これは、技術的上のことではなく、極めて強固な信頼関係を極めた事象だと言うのである。
   イギリスは、ノルマン・コンクエスト(The Norman Conquest of England)によって、ゲルマンの影響下から距離を置いて、ラテン系のフランスと政治的にも文化的にも強く関係するようになったのであり、英語そのものが、フランス語の影響を強く受けていると言う。
   パリーベルリン軸よりも、パリーロンドン軸の構築強化の必要性を、英仏の経済的繋がりの深さや、欧州より大きな英語圏をバックにした英国のパワーを語るなどして強調しているのが興味深い。

   いずれにしろ、トッドは、Brexitによって、英国の将来が暗くなるとは考えていないし、むしろ、歓迎している。
   私も、5年間ロンドンに住んで、英国の永住権を持った英国びいきとして、英国は、独自の道を歩みながら、ナショナル回帰と大英経済共同圏の推進するなど、活路を見出して行くと思っている。

   さて、イギリスの総選挙だが、圧勝を伝えられていたメイ保守党が、テロなど治安対策の問題などで、労働党の追い上げを受けて、過半数確保も危うくなったと言う。
   私は、強力な保守党の安定政権よりも、両党が拮抗して、カウンターベイリング・パワーが働いた方が、イギリス民主主義政治には相応しいと思っている。
   たとえ、Brixsit交渉がうまく行かなくても、どうせ、トッドの言うように、ドイツ一強のEUそのものの将来が危ういのなら、イギリス独自の道を模索すればよいと思っている。
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