熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

18・ロイヤル・アルバート・ホールのPROMS(2)

2021年02月22日 | 欧米クラシック漫歩
   1992年は、前年に予約をミスったので、4月末早々にプロムス92のプログラムを手に入れて、期日が来ると、すぐに申し込んだ。幸い希望通りの総てのチケットが手に入った。
   問題のラスト・ナイト・コンサートのチケット取得には、5演目以上の予約が条件で何組買っても二枚までと言うことであったが、これも、予約できた。しかし、このコンサートは、ソリストにキリ・テ・カナワが出演していたにも拘わらず、出張のために行けずに、家内と次女が出かけてお祭り気分を味わってきた。このラスト・ナイトのチケットは、取得困難で、どのようなルートで取得するのか、ホテルとのセットでプレミアム付きで売っているエージェントもあり、いずれにしろ、高値に拘泥しなければ、ロンドンでは、手に入らないチケットはないと言われていた。
   尤も、ラスト・ナイト・コンサートに行ける確実な方法があって、それは、このプロムスの全回分(オールシーズン・チケット)か後半の半回分の立ち見席チケットを買うことである。多くのファンのために、アリーナ(広い一階の平土間)と最上階のギャラリーが立ち見席となっていて、アリーナの全回分が95ポンド、半回分が60ポンドで、ギャラリー席では、それぞれ、25ポンド、20ポンド安くなる。
   特に、人気を博するのは、この夜の祝祭ムードで、アリーナの齧り付きの客が、仮装したりカラフルな帽子や服装を身につけて、旗を振ったり時には花火を使ったりと、派手なパフォーマンスで熱狂すると、お祭りムードが頂点に達して一気に感興を盛り上げる。

   この年、実際に出かけて行ったコンサートは、グラインドボーンのチャイコフスキーの「スペードの女王」、ドホナーニ指揮のクリーブランド管弦楽団、ロストロポーヴィッチ指揮のECユース・オーケストラ、ヤンソンス、そして、テルミカーノフ指揮のザンクト・ペテロスブルク・フィル、ティルソン・トーマス指揮のロンドン交響楽団、アシュケナージ指揮のベルリン・ラジオ交響楽団、そして、アバード指揮のウィーン・フィルであった。
   また、チケットがあって行けなかったのが、シャイー指揮のコンセルトヘボウ、ブーレーズ指揮のウィーン・フィル、そして、前述のラスト・ナイトである。
   因みに、チケット代金だが、在英オーケストラは15ポンド、クリーブランドが25ポンド、コンセウトヘボウが20ポンド、ウィーン・フィルで40ポンド、ラスト・ナイトは50ポンドである。
   他のコンサート・ホールのトップ・オーケストラやロイヤル・オペラのチケットと比べれば、随分安いのだが、それでも、3枚ずつ買ったので相当な出費となった。
   しかし、これは、ヨーロッパに滞在している故の、他では経験できない恵まれた幸運であり千載一遇のチャンスだと思って、オペラやコンサート、観劇など芸術鑑賞やヨーロッパ旅に糸目をつけなかったので、何時も火の車であったが、それでも、幸せであった。
   今にして思えば、引退してからゆっくり・・・等というのは間違いであって、足腰が丈夫で瞬発力が効き、好奇心が強くて感受性豊かな壮年期こそ、当然、仕事中心・激務の連続ではあったが、寸暇を惜しんででも、芸術文化知的行脚に没頭すべきだと思って必死であった、そんな自分を今になって慰めている。
   8年間のヨーロッパ時代では、シェイクスピア戯曲鑑賞には通い詰めたが、駐在員が入れ込んでいたゴルフには、クラブのメンバーではあったが、一度も行かなかったし、代表者ではあったが、夜の会食や付き合いを極力避けるなど変った過ごし方をしていたので、時間を捻出できたのかも知れない。

   さて、実際の公演だが、まず、グラインドボーンの「スペードの女王」は、指揮はホワイトタイで正装のA・ディビスで、オーケストラは、ロンドン・フィル。女性陣は、コンサート・ドレスで、男性陣は、ブラック・タイで威儀を正している。このオペラは、少し前に、グラインドボーンのオペラハウスで実際に鑑賞済みであり、全く同じキャストであり、今回はセミ・ステージではあったが、舞台が彷彿としてきて楽しませて貰った。グラインドポーンの舞台は、モノトーンのモダンな舞台セットであったが、ここでは、天井の高いオープンスペースで、雰囲気が大分違っていた。動きが少ない分、サウンドに集中したコンサートではあったが、舞台が広くてかなりの余裕があるので、多少の小道具もあり、ソリストたちも演技をしており、ただのコンサート・オペラのような単純さはなかった。
   若いライザのN・グスタフソンとヘルマンのY・マルシンは初々しく、逆に、トムスキーのS・ライフェルカスと伯爵夫人のF・パルマーが渋い味を出していて好演していた。ロシア語のオペラであったので、ロシア人歌手が中心となっていたようであった。

   このロイヤル・アルバート・ホールでは、その後、「オペラ座の怪人」や「レ・ミゼラブル」の記念公演が催されて、帰国後だったので、テレビ放映で見たのだが、凄い舞台であった。
   とにかく、巨大な多目的ホールなので、演出次第では、いくらでも、素晴らしいパーフォーマンス・アーツが上演できるのであろう。
コメント
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