熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

命の不思議、月下美人が2日咲いた

2005年08月17日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   今年は、春になって早くから庭に出して太陽浴を続けた所為であろうか、月下美人の花が、7月から3回に亘って咲いてくれている。
   今回は、14日の午後に急に花が膨らみ、深夜近くに開ききった。7つ蕾が出来、2つは蕾のまま落ちてその日咲いたのは4つ。お盆休みに来ていて、月下美人の花を見たことのない長女家族が楽しみにしていたが、阪神ー巨人戦を見る為に東京で一泊したので、タイミングが合わずに見られなかった。

   ところが、翌日、一つだけ残っていた月下美人が急に膨らみ始めて、東京から夜遅く帰ってきた娘達を待っていたかのように、綺麗な花を開いた。
   今まで、月下美人は、同じ時期に蕾をつけた花は、全く同じ日同じ時刻に、蕾が開いて咲き始めて深夜に満開になっていた。私たちは、その神秘性に驚き、何時もその素晴らしい自然の摂理に感動していた。

   少しだけ、何かの原因で遅れをとった最後の花は、やはり、美しく咲きたいと必死の思いで、満を持して待っていたのであろうか、摂理に逆らってでも、タイミングを待って咲いてくれたのである。
   私たちは、凛と咲く一輪の豪華な月下美人の輝きに感謝しながら愛でていた。

   1月の終わりに、我が家の愛犬シーズーのリオが亡くなった。赤ちゃんの時に譲り受け、10年と少し私たちと生活を共にしたが、肝臓疾患で急に体調が悪化して亡くなってしまったのである。
   亡くなる当日、帰宅が遅れて、ほんの数分の違いで臨終に立ち会えなかったが、私が抱きしめた時には、体温が残っていて暖かかった。走馬灯のように、色々な思い出が蘇ってきて、堪らなかった。
   私は、亡くなる前の、リオの不思議な行動を思い出した。
   もう、何も食べなくなって衰弱して殆ど寝たきりなのに、亡くなるほんの2~3日前に、夜私が帰ってくると、急に起き出して玄関口で尻尾を千切れるように振って迎えてくれた、最後の力を振り絞ってお別れを言ってくれたのである。
   翌日、今まで行った事のないような場所に行って座っている、休み休みしながら何時間もかけて、一つ一つ草木にお別れの挨拶するために庭中を回っていたような気がしている。室内犬だったが、天気の良い日には、ここはリオの庭であった。
   夕方には、冬の穏やかな太陽に向かって目を閉じてジッと座って長い間夕日を浴びていた。どこか崇高で毅然とした姿に感動しながら、私は何度もシャッターを切った。
   私は、一緒に散歩し過ごした林や川辺の四季の変化を思い出しながら、色々な感動と生きる喜びを教えてくれたリオに感謝している。

   私は、何時も動植物の不思議さに感動しながら、生きているような気がする。 
   人間が支配する地球船宇宙号だが、これは、我々人間だけのものであろうか。人間だけが我が物顔に振舞って、人間だけが自分達だけの勝手な価値観だけで支配して良いのであろうか。
   生きとし生けるもの総ての地球なのではないであろうか。
   地球温暖化で、地球のエコシステムが変調を来たし自然が凶暴化し始めて、地球規模での異常季候や天変地異が頻繁に引き起こされており、何時か、押さえが利かなくなると言われている。

   人間の体を形成している原子は、総て輪廻しており、私の体内の炭素や窒素は、かっての恐竜のそれかもしれないし、サハラ砂漠の砂だったかも知れない。
   世界のあっちこっちを歩きながら、初めて行った所でも、何時も、何故か懐かしさのようなものを感じていたのは、その所為かも知れないと思っている。
   
   この宇宙船地球号の動植物すべての住人は総て同じ運命を共にしている運命共同体である。神様か何か分からないが、超自然によってそう創られている。
   なにかの拍子に、動植物の不思議、自然の摂理の不思議を思うと、何故か、色々なことを考えてしまう、やはり、幸せな為であろうか。
   
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