
昨日、日経ホールで、「石川・金沢からのメッセージ」と言うシンポジュームが開催され、―石川・金沢の魅力と産学官連携を考える―をテーマに、興味深いセッションが展開された。
谷本・石川県知事の「石川の強みを生かした新産業の創造」を皮切りに、後半では、山出・金沢市長や在金沢の大学関係者等で、「産学官連携の動向と大学」が議論された。
興味深かったのは、特別講演の寺島実郎氏の「産学官連携と地方の活性化」~21世紀の世界と日本、環日本海への視点~で提起された諸問題であった。
貿易立国日本の貿易構造に大きな変化が起こっており、最大の対外貿易国が、米国から中国へ、そして、大中華圏へ拡大している。
戦後の50年、総てアメリカに向いて経済活動が行われてきたので太平洋側が日本の表玄関であったが、しかし、今や港湾の空洞化により横浜・神戸等の地位が低下してしまって、香港、シンガポール、上海、釜山等が世界のハブ港湾となり、これ等に集散された物流は、日本海を通って津軽海峡から米国に運ばれている。
今後、中国、アジア、ロシア等との経済交流が深まれば、貿易構造上も日本海が内海化することとなり、日本の表と裏が逆転、環日本海構造経済を考えなければならなくなる。
寺島氏は、中国とロシアの経済の活力を説き、アジアダイナミズム、ユーラシアダイナミズムを説きながら、金沢の今後の位置づけを語る。
国際経済に限っても貿易の比率は僅かなので、即、日本の裏表逆転は有り得ないが、貿易・物流に関しては、グレイター・チャイナのアジア経済圏、ロシアとの経済交流・交易の更なる拡大を考えれば、日本海側の港湾施設の整備が必須だが、日本海側が表玄関になる可能性は極めて高い。
太平洋側が日本の表になったのは、そんなに歴史の古いことではなく、江戸時代でも、大阪が「天下の台所」として元気な頃は、北廻船が活発に行き来し日本海側が日本の表玄関であり、加賀百万石の金沢が、江戸、大阪に次ぐ大都市であった。
東京主体の歴史観で軽視されているが、日本海側の諸地域は、樺太、蝦夷、朝鮮、中国との交易で、民度の高い文化経済生活を謳歌していたのであろう。
もう何十年も前になるが、アメリカの労働組合の影響を避けるため、多くの企業が大挙してノンユニオンの南部に移動し、サンベルト地域が経済拡大で活性化が進み、北部の工業地帯の疲弊を招いたことがある。時代は、ある日、突然逆転するのである。
この頃、ホンダや日産やトヨタが南部に工場を建設し地歩を築いていたのである。
道路公団を袋叩きにして溜飲を下げている人が多いが、山陰の道路や鉄道など交通状態は何十年前と少しも変わっていない。環日本海時代が来たらどうするのか。
不必要な公共工事が多いことは事実だが、時代の動きに沿った適切な公共行政は必要であろう。
谷本・石川県知事の「石川の強みを生かした新産業の創造」を皮切りに、後半では、山出・金沢市長や在金沢の大学関係者等で、「産学官連携の動向と大学」が議論された。
興味深かったのは、特別講演の寺島実郎氏の「産学官連携と地方の活性化」~21世紀の世界と日本、環日本海への視点~で提起された諸問題であった。
貿易立国日本の貿易構造に大きな変化が起こっており、最大の対外貿易国が、米国から中国へ、そして、大中華圏へ拡大している。
戦後の50年、総てアメリカに向いて経済活動が行われてきたので太平洋側が日本の表玄関であったが、しかし、今や港湾の空洞化により横浜・神戸等の地位が低下してしまって、香港、シンガポール、上海、釜山等が世界のハブ港湾となり、これ等に集散された物流は、日本海を通って津軽海峡から米国に運ばれている。
今後、中国、アジア、ロシア等との経済交流が深まれば、貿易構造上も日本海が内海化することとなり、日本の表と裏が逆転、環日本海構造経済を考えなければならなくなる。
寺島氏は、中国とロシアの経済の活力を説き、アジアダイナミズム、ユーラシアダイナミズムを説きながら、金沢の今後の位置づけを語る。
国際経済に限っても貿易の比率は僅かなので、即、日本の裏表逆転は有り得ないが、貿易・物流に関しては、グレイター・チャイナのアジア経済圏、ロシアとの経済交流・交易の更なる拡大を考えれば、日本海側の港湾施設の整備が必須だが、日本海側が表玄関になる可能性は極めて高い。
太平洋側が日本の表になったのは、そんなに歴史の古いことではなく、江戸時代でも、大阪が「天下の台所」として元気な頃は、北廻船が活発に行き来し日本海側が日本の表玄関であり、加賀百万石の金沢が、江戸、大阪に次ぐ大都市であった。
東京主体の歴史観で軽視されているが、日本海側の諸地域は、樺太、蝦夷、朝鮮、中国との交易で、民度の高い文化経済生活を謳歌していたのであろう。
もう何十年も前になるが、アメリカの労働組合の影響を避けるため、多くの企業が大挙してノンユニオンの南部に移動し、サンベルト地域が経済拡大で活性化が進み、北部の工業地帯の疲弊を招いたことがある。時代は、ある日、突然逆転するのである。
この頃、ホンダや日産やトヨタが南部に工場を建設し地歩を築いていたのである。
道路公団を袋叩きにして溜飲を下げている人が多いが、山陰の道路や鉄道など交通状態は何十年前と少しも変わっていない。環日本海時代が来たらどうするのか。
不必要な公共工事が多いことは事実だが、時代の動きに沿った適切な公共行政は必要であろう。
ばか言ってんじゃないよ。
ずいぶん昔は表だったかもしれんが、あそこは
せいぜいいいとこ京都の劣化コピー地だよ、
だいたい転勤族が行きたがらない裏だよ、
俺あそこに5年間もとばされてたんだから
当時の上司も言ってたよ、石川とか富山って
陰だなって。2度と行きたくないところ