
先に二回ミンツバーグの「MBAが会社を滅ぼす」について書いたが、実務経験と直結したビジネス教育、と言うよりはマネジャー育成を重視したマネジメント教育を旨とするミンツバーグにとっては、日本のビジネスマン教育は、かなり理想に近いと言うべきかも知れない。
マネジメントが実践だとするならば、学習のプロセスとして「見習い」が重要な比重を占めると考えているのであるから、日本のビジネスマン教育で、OJTやジョブローテーションが占める重要性を非常に評価している。
企業幹部が正式のトレーニングプログラム等の職場外の経験より、職場の影響力ある人物の仕事でぶつかる困難から学んでいる。初期の仕事でぶつかった困難とその後のマネジャーとしての成功度の間に強い相関関係がある、と言うのである。
ミンツバーグによれば、日本企業はマネジャー育成のために色々な取り組みをしている。計画的人事異動、メンタリング、モニタリングを実践しているし、コースも受講させている。アクションラーニングにも意を用い入念なキャリアマネジメントの下に有効なマネジメント教育を進めていて、いわば、究極の企業内大学と言うべきである、と言うのである。
専門教育をも含めて、日本の高等教育そのものが、実業ないし実務に殆ど直結しておらず、実際企業にとって必要な人材は、企業に入ってから育成教育すると言う日本独特の従業員教育は、確かに、世界でも特異な存在であり、ミンツバーグの論点には一理ある。
古い大企業では、いまだに、新入社員で入社して、少なくとも10年程度企業で訓練され経験を積まない限り、一人前の管理者や技術者として認められない。それ程、コーポレートカルチュアと言うか企業風土を体現することが重要視されるのである。
欧米のように、専門大学院を出て資格を持っておれば、即、管理職や専門職として認知されて活躍できる世界とは全く違う。
法学の場合は、現実の世界を体現する訳ではないので、シュミレーションで学ぶことが出来るが、経営学の場合は、現実の世の中や企業活動の激しい変化と動きに応じて激変するので、実務経験的な知識がないと殆ど対応できない場合が多い。
しかし、実務経験重視が、現実的な解決策かと言えば、失われた十年と言われる日本の大変な時代に、羅針盤を失った船のように時代の流れに翻弄されて消えていった会社が多かったことを思えば、日本のマネジメント教育が理想であった筈はなく、理念と指針なきマネジメントが如何に危険であったかを物語っている。
欧米のビジネス・スクールで教える理論は、いわば、この羅針盤で、知識は代理経験の集積であり、単純化されたモデルであり、この理論的な枠組みを使って現実を単純化して、理解しやすくするのである。
某スーパーのカリスマ社長が、会計財務の知識がなかった故に会社を潰してしまったと言ったと言うが、いくら、実務で叩き上げても、倫理的な規範や初歩的な経営管理能力及び知識が欠如していた故に、企業を窮地に陥れた日本の経営者は数限りなく存在する。
理論と経験の両輪揃っていることが大切だと言ってしまえばそれまでだが、とにかく、マネジメントは難しい。
時代の移り変わりがこんなに激しすぎると、経験や理論の賞味期限は限りなく短くなって、すぐに、活用不可能となる。
マネジメントが実践だとするならば、学習のプロセスとして「見習い」が重要な比重を占めると考えているのであるから、日本のビジネスマン教育で、OJTやジョブローテーションが占める重要性を非常に評価している。
企業幹部が正式のトレーニングプログラム等の職場外の経験より、職場の影響力ある人物の仕事でぶつかる困難から学んでいる。初期の仕事でぶつかった困難とその後のマネジャーとしての成功度の間に強い相関関係がある、と言うのである。
ミンツバーグによれば、日本企業はマネジャー育成のために色々な取り組みをしている。計画的人事異動、メンタリング、モニタリングを実践しているし、コースも受講させている。アクションラーニングにも意を用い入念なキャリアマネジメントの下に有効なマネジメント教育を進めていて、いわば、究極の企業内大学と言うべきである、と言うのである。
専門教育をも含めて、日本の高等教育そのものが、実業ないし実務に殆ど直結しておらず、実際企業にとって必要な人材は、企業に入ってから育成教育すると言う日本独特の従業員教育は、確かに、世界でも特異な存在であり、ミンツバーグの論点には一理ある。
古い大企業では、いまだに、新入社員で入社して、少なくとも10年程度企業で訓練され経験を積まない限り、一人前の管理者や技術者として認められない。それ程、コーポレートカルチュアと言うか企業風土を体現することが重要視されるのである。
欧米のように、専門大学院を出て資格を持っておれば、即、管理職や専門職として認知されて活躍できる世界とは全く違う。
法学の場合は、現実の世界を体現する訳ではないので、シュミレーションで学ぶことが出来るが、経営学の場合は、現実の世の中や企業活動の激しい変化と動きに応じて激変するので、実務経験的な知識がないと殆ど対応できない場合が多い。
しかし、実務経験重視が、現実的な解決策かと言えば、失われた十年と言われる日本の大変な時代に、羅針盤を失った船のように時代の流れに翻弄されて消えていった会社が多かったことを思えば、日本のマネジメント教育が理想であった筈はなく、理念と指針なきマネジメントが如何に危険であったかを物語っている。
欧米のビジネス・スクールで教える理論は、いわば、この羅針盤で、知識は代理経験の集積であり、単純化されたモデルであり、この理論的な枠組みを使って現実を単純化して、理解しやすくするのである。
某スーパーのカリスマ社長が、会計財務の知識がなかった故に会社を潰してしまったと言ったと言うが、いくら、実務で叩き上げても、倫理的な規範や初歩的な経営管理能力及び知識が欠如していた故に、企業を窮地に陥れた日本の経営者は数限りなく存在する。
理論と経験の両輪揃っていることが大切だと言ってしまえばそれまでだが、とにかく、マネジメントは難しい。
時代の移り変わりがこんなに激しすぎると、経験や理論の賞味期限は限りなく短くなって、すぐに、活用不可能となる。