熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

シェイクスピアは政治の視点から見ると面白い・・・役者が踊る

2005年06月10日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   社会思想専門のアメリカの教授アラン・ブルームが”シェイクスピアの政治学 Shakespieare's Politics " と言う興味深い本を書き、松岡啓子さんが訳した本を読んだ。
   
   シェイクスピアは、殆ど総ての劇において、政治的な設定に多大な配慮を払っており、彼が描く最も偉大な主人公達は、もっぱら市民社会でしか発揮されない能力を発揮する支配者である。
   従って、全く一人を好む人間よりも、政治的な情念を持ち政治的な教育を受けた人間の方が、シェイクスピアを理解し易いし、そして、政治哲学は、シェイクスピア作品を解釈する上で欠く事の出来ないものである、と言う。

   政治的なものは、人間的なものすべてを発揮できる枠組みを与えるので、最も興味深い情念、最も深い人間を引き寄せる。
   それゆえ、最も完璧に人間を描きたいと思う劇作家は、大抵政治的な主人公を選ぶ、とも言う。

   ゲーテは、「偉大な劇作家は、もし、彼が創造的であると同時に、強い高尚な意見を心に抱いていて、それが全作品に一貫しているなら、彼の作品の魂を全民族の魂とすることもできるであろう。」と言っている。
   ブルームは、人間は如何に生きるべきか等人間の本源的な問題を、国民的古典が果たしてきた、人々を教化し統合する機能を持ったシェイクスピア戯曲を通して、感動し真摯に学ぶべきであると言っているのであろうか。

   この本、「ヴェニスの商人」「オセロー」「ジュリアス・シーザー」を材題に政治論を通した面白い話が展開されている。

   シェイクスピアは、異なる人種、異なる宗教に跨る社会が成立するかどうかを、ヴェニスを舞台とした二つの劇、ユダヤ人とキリスト教徒、白人と黒人の関係において、詳細に取り組み克明に描いている。

   シャッフツベリー伯の言を引用して、オセローとデズデモーナとの結婚は、不釣合いな縁組、山師のペテンと躾のよくない若い娘の不健康な想像力から生まれた奇怪な結びつきで、イアーゴーの卑劣な企みがなくても、二人の性格や関係に蒔かれた種から、当然起こるべくして起こる。

   オセローは、所詮は傭兵で、ヴェニスにトルコの脅威があるから重宝されているのであって、平和になれば御用済みお払い箱となる異邦人。ヴェニスとの接点は、ヴェニスの権威と証のデズデモーナとの結婚のみ、自分自身の魅力と実力によりヴェニスを征服したと信じていたオセローの確信が、イアーゴーの暴きにより、徐々に剥げ落ちてゆく。
   そんな視点から見ると、デズデモーナのハンカチの意味が違ってくる。
   オペラの時も、シェイクスピア劇の時も、そのハンカチを何時どのように落とすのか注視しているが、自分自身で墓穴を掘って行かざるを得ないオセローが悲しい。

   
   
   
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