熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

通し狂言「貞操花鳥羽恋塚」・・・鶴屋南北の世界

2005年10月19日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   鶴屋南北の通し狂言「貞操花鳥羽恋塚」を、三宅坂の国立劇場で観た。
   正午から5時間、可なり長いが、まあ、仮名手本忠臣蔵など1日を要する通し狂言から比べれば短いし、それに、昨年、大晦日の午後から除夜の鐘の後翌日の元旦明けまで続いた岩城宏之のベートーヴェン全交響曲演奏会より短い。
それに、ワーグナーの楽劇のような緊張感がない分気楽であった。

   今回の舞台で話題を呼んでいる尾上松緑の宙乗りであるが、全館真っ暗の中で客席中央に光が当たったかと思うと、私の眼前3~4メートル先の中空に、凄い形相で睨み付けている天狗が浮かび上がり、意表を衝かれた。
   私の席は、11列目の30、一階客席のまんまん中で、宙乗りのロープが、舞台の下手正面左端から客席3階の上手右端へ対角線状に張られているので、正に、斜め真上の眼前に松緑の朱徳院の天狗が泳いでいるのである。
   静止していた天狗が、舞台上手に、こちらを凝視したまま舞いながら後退して行き、真っ赤な雷の縫い取りの華麗な衣装に早代わりするなど松緑の優雅な演技が見所であった。
   真っ暗な館内に、2条のスポットライトを浴びて2重に滲んだ松緑の天狗の姿がバックに影絵のように浮かび上がって幻想的であった。

   猿之助のスーパー歌舞伎の宙乗りも普通は花道の上を移動するだけだが、今回は、筋交いの宙乗りなので、客席を対角線状に飛び、全長29メートル、高さ9メートル。
   かなりの大仕掛けで、高所恐怖症の松緑だが、中空を上手奥へ凄まじい天狗風を伴って大魔王となって魔界へ消えて行く趣向で、上出来であった。
   襲名披露公演以降、少し低迷気味だと思っていた松緑だが、7月の蜷川十二夜で演じた道化紛いの安藤英竹のコミカルの演技や今回の奴音平とこの朱徳院で、進境の著しさを感じた。  

   今回のこの恋塚は、25年ぶりの再演とか。
   舞台は、平家全盛の時期で、奢れる平家を追討せよとの院宣を巡ってのあれこれで、盛遠の源氏蜂起勧誘の鎌倉への旅立ちで終わるのであるが、その中に、平家物語や雨月物語などを取り込み、三井寺の頼豪阿闍梨、保元の乱で追われた朱徳院、頼政の鵺退治、袈裟と盛遠の鳥羽の恋塚等の話をごった混ぜにしたオムニバス形式の舞台なので、筋があってないような芝居である。
   
   作者の鶴屋南北であるが、貧しい生まれで、満足に読み書きも出来ず学問もない。
   しかし、芝居小屋の近くに生まれ育って、芝居の世界は骨の髄まで沁み込んでいて、目学問・耳学問で得た知識と鋭利な洞察力と感受性で、客が見たいもの、客が喜ぶものを必死になって追求し、四谷怪談などの多くの大衆的な歌舞伎狂言を書き続けた。
   経済不況で庶民の暮らしは苦しく悲惨で残酷な事件が後を絶たず閉塞感漂う文化・文政期に、社会の底辺に生きる人々のどろどろした生活を生世話と言われるほど生き生きと写実的に書いた。
   残酷、狂気、エログロナンセンス等などの怪奇の世界を凄まじい迫力で舞台が展開され、大衆を熱狂させたのである。
   歴史を知らないので世話物しか書けないと言われた南北。この歌舞伎は源平の歴史などを取り入れているが、やはり、伝説の人物や歌舞伎などで出てくる人物や耳学問で得た情報を繋ぎ合わせて書いたのであろうか。

   袈裟と盛遠の物語で思い出すのは、もう半世紀前の映画で、原作菊池寛、監督衣笠貞之助の「地獄門」。
   見たのは随分後だが、京マチ子の袈裟、長谷川一夫の盛遠で、幻想的で、生の儚さをシミジミ描いた素晴しい映画であった。
   因みに、渡(亘)は山形勲。映画では、二枚目は、盛遠の方だが、今回の歌舞伎では、梅玉演じる亘の方が二枚目で、逆転しているのが面白い。 

   今回は、殆どの役者が二役を演じていた。
   主役の3人、富十郎は、油坊主はちょい役なので盛遠が主体だが、頼政と亘を演じた梅玉、小磯と袈裟を演じた時蔵は、比較的同じペースで演じており、夫々に風格があり、舞台を引き締めていた。
   奴長谷平の信二郎とこの3人で演じるがらりと変わった劇中劇の長屋の庶民の夫婦生活の真似事をする件は、全く奇想天外な南北の世界ながら、実に芸達者で流石に面白い。
   女形としては美形ではないが、何時もながら雰囲気のある演技をする孝太郎だが、待宵の侍従と薫を実に情感豊かに演じていた。
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1 コメント

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はじめまして (harumichin)
2005-10-22 23:58:34
harumichinと申します。

「貞操花鳥羽恋塚」で検索をして、

出会うことが出来ました。

今回の国立劇場の意気込みを感じる反面、やはり1度では理解できない作品でしたが、見るほどに面白くなってきています。

いろいろなエピソードもありがとうございます。
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