熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ティム・クリソルド著「ミスター・チャイナ」・・・消えた厖大な外資

2007年11月10日 | 政治・経済・社会
   ベルリンの壁が崩れ、ソ連が崩壊し、厖大な共産社会の人口が資本主義市場に雪崩れ込んで来た丁度その頃、小平の解放改革経済政策によって中国経済も雪崩を打って市場経済に脱皮し始めていた。
   まだ、中国が、今日のようにBRIC'sなどと囃されて超大国への道を歩み始める前の1990年始めに、ケンブリッジ大学を出てアーサー・アンダーセンに勤めていた著者のクリソルドが、同じくウォール・ストリートで投資家として名を成したパットと意気投合して、巨大な中国の未来に夢を託して、投資ファンドを立ち上げた。
   二人は、投資適格会社探索の為に中国各地を100社以上も見て回り、同時に、ニューヨークの巨大な投資会社IHCを抱きこんで、年金基金などから資金を集めて数百億円規模の中国投資ファンドを組んで、ビール会社から、ブレーキパッド、ジャッキ製造会社など17社に巨大な資金をつぎ込んだ。

   しかし、共産中国の官僚主義とあてがいぶちの計画経済の怠惰な生活が骨の髄まで沁み込んだ中国人が、一挙に資本主義社会の実業に馴染むわけがなく、つぎ込んでもつぎ込んでも厖大な資金が消えて行き、会社経営はトラブルの連続続き。争うにも、法制度が全く不備で欧米流の論理が通る筈がなく、政府の役人は外資導入と賄賂には熱心だが、総て中国人擁護の解決ばかり。
   とにかく、働かなくても咎められない国営企業であるから、客を取れば仕事が増えるので、空室ばかりのホテルでも何時も満室、がら空きのレストランでも何時も満席と言って客を断るのが、当時の中国だったのである。
   一方、アメリカの投資家や役員からは、ビジネス・スクール流の理論で経営を論じられ、高いリターンを求められる。

   当時は、現在のように、100%外資の会社設立が認められなくて、総て外資は合弁会社であり、その相手が殆ど国営企業であったので、従業員対策以外に政府の役人との対応に迫られていた。
   その上に、法治国家からは程遠く規則や決まり等も文書化されておらずに司法も行政も全く頼りにならず、状況次第の融通無碍の解釈で、極論すれば、総てのことが自分たちに有利となるように運営処理されていた。

   欧米の教育を受け欧米流のビジネス感覚を叩き込まれた二人にとっては、法治国家でも民主主義国家でもない中国でのビジネスは、正に驚天動地のカルチュアー・ショックの連続で、気違いにならないのがおかしいくらいの毎日であった。
   この1990年代に、外資が中国で数千億ドルに及ぶ天文学的損失を出したと著者は書いているが、その損失を被ったハチャメチャな中国ビジネスの蹉跌を、自分たちの経験から生々しくドキュメントしたのが、この本「ミスター・チャイナ」なのである。
   とにかく、漫画のようにちぐはぐで奇想天外・奇天烈な東西文化のすれ違いが、非常に面白い。

   国営大手の五星ビールへの資本参加にはてこずったので、日本にも辣腕を振るったカーラ・ヒルズ米国対外貿易相を北京に派遣して中国政府を説得して成功したが、選抜した合弁会社の責任者が無能で欠陥商品ばかり作り、中国企業の工場建設資金に5800万ドルの資金を無断で流用して大穴をあけたが、北京政府は解決どころか横車を押して逃げる一方。
   責任者を代えて対応したが、中国政府がビール瓶の爆発防止に強化ガラス「B瓶」の使用を法制化したのでいち早く厖大な投資をして切り替えたものの、無法状態の中国で他社が追随する筈がなく法律が停止されたので大損。借入金が膨れ上がって銀行融資が停止し、社員の士気は低下して経営が危機的状態となり、米国側が事業の撤退を決める。
   ところが、無価値に等しい五星ビールを、香港株式市場上場で外資を得た青島ビールが2000万ドルで買収してくれた。市場占拠率を金で買う青島ビールの戦略だったようだが、著者が成功例として上げているのはこの取引だけで、あとは惨憺たる状態ばかりで、如何に、草創期の中国市場主義経済の夜明けが欧米日など外資にとって悲惨だったかが分かる。

   役人や共産党幹部を抱きこみ、無能で自分の為に悪事ばかり働き、合弁会社に大穴をあけ続ける責任者を解雇することが如何に難しいか、会社に居座るのみならず妨害の限りを尽くして抵抗する様子などが克明に描かれている。
   合弁会社の責任者が、ハンコを偽造して権限外の行為を行い、銀行と結託して会社の資金を流用するなどあたり前で、今でも、中国の役人の腐敗が大きく報じられているが、当時、中国社会に無知な欧米人が、手玉に取られるのは極自然だったのであろう。
   これに対するウォール・ストリートのアメリカ側が、中国ファンドについて、ハーバード・ビジネス・スクールで教えているようなシックス∑がどうだとか、利益指標のEBITDAがどうだとか高邁な経営論(?)で議論しており、その落差の激しさが、浮世離れしていて実に面白い。
   パットや著者たちは、社員を働かせる為花火大会をやったり、回転する円盤に取り付けられたガラスのペニス様突起にに液体ゴムを張り付けて風を送って乾かしているコンドーム工場の生産性を如何にアップするか、ニンニク瓶を良く洗わずに再利用してニンニクがまだ沈んでいる瓶にビールを詰めて出荷している会社の品質管理を如何に向上させるか、等に悪戦苦闘していたのである。
   
   ところで、欧米人の外国での事業のやり方は、現地で適当な管理責任者なりスタッフを調達して現地化する方式をとる場合が多いのだが、異文化の国での事業に失敗する典型的なケースが、この場合の中国ファンド的なやり方であろう。
   ウォール・ストリートの銀行投資家とロンドンの会計事務所の経理会計専門家が、数字や経験と感だけで現地事業に資本参加して経営管理を行って投資収益を上げるなど、罷り間違っても成功する訳がない。
   尤も、日本企業のように全権を握って外国での事業を行うと言うやり方であっても、全く欧米日等資本市場原理の通用しない中国など事業では、現地政府や現地企業との強力な人的信頼感やパイプがなければダメで、香港や台湾など華僑ベースの事業が成功していたのは当然であろう。

   とにかく、この「ミスター・チャイナ」は、ノンフィクションだが、小説以上に面白く、結構中国通の中国論が面白い。
   

   
   
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