
年末恒例のベートーヴェンの第九交響曲を東京文化会館で聴いた帰り道、御徒町のアメ横商店街に寄り道した。
大晦日までまだ二日あるので客足も程々であったが、魚屋の前では人だかりで歩行が困難になり、雑踏していた。
店先の台の上に立ったアンちゃんが、1万円の値の付いたマグロのトロの切り身を握り締めて、大音声で、9千円、8千円と値を下げながらがなりたてると横に立つ若い店員が鸚鵡返しに唱和する。
ドンドン下げて3500円まで、下げたが客の反応はもうひとつ、結局諦めて棚に戻す。
取替え品を変えて同じ様に叩き売るが、タイミングが合うと面白いように売れる、値段が3分の1位に下がるのだから、群集心理と言うのか、我先にと言う気持ちになるのであろうか。
マグロのトロを筆頭に、タラバガニや毛蟹、荒巻サケ、すじこ・たらこ、するめ、色々な魚が所狭しと並べられて威勢良く叩き売られて行く。
ところが、不思議なもので、隣の魚屋は、がなりたてずに静かだが、隣のアンちゃんが値を下げるプライス・セッターとなっているので、客が値切るとほぼ近い値段まで下げて売っている。
ところで、大阪では客は百貨店でも値切ると言うが、東京では、普通正札でモノを買って値切ることはしない。
しかし、最近では、他より高いものはありませんと言って1円でも高ければ負けますと言う家電製品などの量販店が出来てから、東京でも、結構、商店で値切る客が多くなったと言う。
とにかく、ビックカメラやヨドバシカメラ、コジマ等では、ひとまず値切らないと損をするとまで言われていて、実際に値切り交渉が成功する。
小売希望価格などと言うのは、あくまで、小売店の希望であって、いくらなら買って頂けますかと言うことで、値切って下さい、値段を交渉しましょうと言うことである。
この頃、価格コムとかconeco.netと言った便利なサイトがあって、実勢価格を総て暴露してくれて、一番安い店は何処でいくらで売っているかも教えてくれる。
値切り交渉をしてモノを買わないのがおかしい位になってしまった。
それに、この世は何でも知らなかったら損をするようになっている。
早い話が、NTTの定置式電話の料金、今、いくらするか知らないが、NTTの光電話でもIP電話でも、日本全国何処へでも3分間8円程度で架けられるが、知らない人は、今までどおりに高い料金を払わされている筈である。
外国は国よって違うが、中国は値切らなければ馬鹿にされる国のようで、それまで正札で買っていたが、前回、値切り始めたら、まともな店でも20%は負けてくれた。
アラブでは、いかに客に吹っかけて高く売りつけるか、それが商人の才覚であり実力だとされている。
客は才知を働かせて商人を打ち負かして安くさせない限り馬鹿にされるのである。
ナニシ負うレバシリ、そのレバノンの客を案内して京都に行った時、悉く買い物で値切れと言われて、ダメだ、商習慣が違うと言っても聞き入れないので、正直なところ非常に困ったことがある。
値切り文化の特徴は、交渉が継続されて行くと言うことで、リターンマッチもあり、適当なところで交渉を打ち切って妥協できると言うことである。
一回限りで勝負がつくと言うことではない。
アラブのバザールで、カーペットを買う為に交渉した時、これを試してみたが、半分まで値切って決裂したふりをして止めだと言って店を離れたら、ミスターミスターと追っかけてきて、更に値段を下げてきた。
昔、フセインがクエートに侵攻したが、これも同じ考え方で、反抗がなければ攻撃得で、悪くても、フセインはネゴで有利な条件で解決できると思っていた。
ところが、アメリカの論理は違っていたので湾岸戦争になったのである。
もっとも、最近ではアメリカも、存在しない大量破壊兵器があると言って攻撃をかけて戦争に巻き込んでしまって、モラルも秩序も怪しくなってきた。
同じく酷いのはフォークランド戦争である。
アルゼンチンの大統領が、南極に近いイギリス領のフォークランド諸島を占拠する為に軍隊を送り込んで支配してしまった。
怒ったのはサッチャー首相で、たった30数家族しか漁民の住んでいない島を回復する為に、王家の次男ヨーク公爵まで乗船させた大艦隊を、大西洋、赤道を越えて南極洋まで派遣して、アルゼンチン軍を打ち負かしてしまった。
余談だが、皇位継承問題で憲法・皇室典範を変えようとしたり、たった10数人の拉致被害者を救出できないでいる何処かの国とえらい違いではないであろうか。
アルゼンチン大統領の言い種が振るっている、「イギリスがこんな所まで攻めて来るとは思わなかった。」
これもラテン系の、上手く行けばやり得で悪くても有利に交渉できるとする値切り文化の発想であり、正札の国の宰相サッチャーには通じなかったと言うことである。
国際舞台でさえこの体たらく、さて、東京も、価値の多様化か、商品の値段が定まらなくなり、値切り、即ち、バーゲニングが横行するようになった。
経済社会や文化はどう変わるのであろうか。
大晦日までまだ二日あるので客足も程々であったが、魚屋の前では人だかりで歩行が困難になり、雑踏していた。
店先の台の上に立ったアンちゃんが、1万円の値の付いたマグロのトロの切り身を握り締めて、大音声で、9千円、8千円と値を下げながらがなりたてると横に立つ若い店員が鸚鵡返しに唱和する。
ドンドン下げて3500円まで、下げたが客の反応はもうひとつ、結局諦めて棚に戻す。
取替え品を変えて同じ様に叩き売るが、タイミングが合うと面白いように売れる、値段が3分の1位に下がるのだから、群集心理と言うのか、我先にと言う気持ちになるのであろうか。
マグロのトロを筆頭に、タラバガニや毛蟹、荒巻サケ、すじこ・たらこ、するめ、色々な魚が所狭しと並べられて威勢良く叩き売られて行く。
ところが、不思議なもので、隣の魚屋は、がなりたてずに静かだが、隣のアンちゃんが値を下げるプライス・セッターとなっているので、客が値切るとほぼ近い値段まで下げて売っている。
ところで、大阪では客は百貨店でも値切ると言うが、東京では、普通正札でモノを買って値切ることはしない。
しかし、最近では、他より高いものはありませんと言って1円でも高ければ負けますと言う家電製品などの量販店が出来てから、東京でも、結構、商店で値切る客が多くなったと言う。
とにかく、ビックカメラやヨドバシカメラ、コジマ等では、ひとまず値切らないと損をするとまで言われていて、実際に値切り交渉が成功する。
小売希望価格などと言うのは、あくまで、小売店の希望であって、いくらなら買って頂けますかと言うことで、値切って下さい、値段を交渉しましょうと言うことである。
この頃、価格コムとかconeco.netと言った便利なサイトがあって、実勢価格を総て暴露してくれて、一番安い店は何処でいくらで売っているかも教えてくれる。
値切り交渉をしてモノを買わないのがおかしい位になってしまった。
それに、この世は何でも知らなかったら損をするようになっている。
早い話が、NTTの定置式電話の料金、今、いくらするか知らないが、NTTの光電話でもIP電話でも、日本全国何処へでも3分間8円程度で架けられるが、知らない人は、今までどおりに高い料金を払わされている筈である。
外国は国よって違うが、中国は値切らなければ馬鹿にされる国のようで、それまで正札で買っていたが、前回、値切り始めたら、まともな店でも20%は負けてくれた。
アラブでは、いかに客に吹っかけて高く売りつけるか、それが商人の才覚であり実力だとされている。
客は才知を働かせて商人を打ち負かして安くさせない限り馬鹿にされるのである。
ナニシ負うレバシリ、そのレバノンの客を案内して京都に行った時、悉く買い物で値切れと言われて、ダメだ、商習慣が違うと言っても聞き入れないので、正直なところ非常に困ったことがある。
値切り文化の特徴は、交渉が継続されて行くと言うことで、リターンマッチもあり、適当なところで交渉を打ち切って妥協できると言うことである。
一回限りで勝負がつくと言うことではない。
アラブのバザールで、カーペットを買う為に交渉した時、これを試してみたが、半分まで値切って決裂したふりをして止めだと言って店を離れたら、ミスターミスターと追っかけてきて、更に値段を下げてきた。
昔、フセインがクエートに侵攻したが、これも同じ考え方で、反抗がなければ攻撃得で、悪くても、フセインはネゴで有利な条件で解決できると思っていた。
ところが、アメリカの論理は違っていたので湾岸戦争になったのである。
もっとも、最近ではアメリカも、存在しない大量破壊兵器があると言って攻撃をかけて戦争に巻き込んでしまって、モラルも秩序も怪しくなってきた。
同じく酷いのはフォークランド戦争である。
アルゼンチンの大統領が、南極に近いイギリス領のフォークランド諸島を占拠する為に軍隊を送り込んで支配してしまった。
怒ったのはサッチャー首相で、たった30数家族しか漁民の住んでいない島を回復する為に、王家の次男ヨーク公爵まで乗船させた大艦隊を、大西洋、赤道を越えて南極洋まで派遣して、アルゼンチン軍を打ち負かしてしまった。
余談だが、皇位継承問題で憲法・皇室典範を変えようとしたり、たった10数人の拉致被害者を救出できないでいる何処かの国とえらい違いではないであろうか。
アルゼンチン大統領の言い種が振るっている、「イギリスがこんな所まで攻めて来るとは思わなかった。」
これもラテン系の、上手く行けばやり得で悪くても有利に交渉できるとする値切り文化の発想であり、正札の国の宰相サッチャーには通じなかったと言うことである。
国際舞台でさえこの体たらく、さて、東京も、価値の多様化か、商品の値段が定まらなくなり、値切り、即ち、バーゲニングが横行するようになった。
経済社会や文化はどう変わるのであろうか。