先生!練習できますか?!

今日もまた、学校の下校時に、3年生から声をかけられました。
「先生!今週も土曜日はバレーボールの練習しますか!?」
もちろんです。
こんなに楽しみにしてくれるなんて、子供たちに感謝です。
練習量が本当に少ないため、子供たちのモチベーションを極限まであげられれば、練習効果が変わるだろうと仮説を立て、実験するような気持ちで指導しています。
そして、そろそろ新規部員の募集を始めます。
最大の宣伝は、部員からの口コミであることは間違いありません。
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第23代校長(平成2~4年) 木下邦太朗先生の思い

昨日、薫泉4月号をご覧になった本校第23代校長の木下邦太朗先生から、わざわざ励ましのお電話をいただきました。現役の校長としては、とてもありがたいことです。

木下校長先生は、開校100周年を迎えていた時代(1991年度・平成3年度)の校長先生です。
今年度の薫泉4月号に、あえて私が書きました、「薫泉学校から周年を数える考え」つまり、8年後に薫泉学校創立150周年という計算に変えるということについての応援のお言葉をいただいたのです。
そもそもこの話題が持ちあがったのは、開校100周年の時だということです。薫泉学校の創立である1878年と、矢口尋常小学校の開校である1991年に、13年間のずれがある。各年代の周年記念誌には、薫泉学校が始まりだと明確に記録してきたのに、開校50周年の時(1941年 昭和16年)にこれが狂ったらしい。他校では前身の学校創立から周年を数えていることがほとんどなのに、矢口小学校はそうではないのがおかしい。100周年の時に、このような話し合いまでなされたということなのです。
この頃のPTA会長である第24代・藏方庸光さんや同窓会長だった都築保二さん(第19代PTA会長)、そして地域の方々も含め、どこかのタイミングで薫泉学校から周年を数える体制に変えようという同意が得られているということです。それだけでなく、100周年当時の大田区長であった西野義雄区長も同意されたということです。

さらに歴史的な話題をあげますと、学校だより「薫泉」という題名も、100周年の年(1991年)の4月号からこの題名に変え、それが現在まで続いているということです。
最後に、正門に外から向かって右側にある「創立100周年記念碑(タイムカプセル)」についても教えていただきました。タイムカプセルを開ける予定は、記念碑の裏面に示されている(写真参照)ということです。その文面をそのままここに書いておきます。

(碑文)
矢口小学校創立100周年を記念し、ここに記念碑を建立し、学校・PTA・地域・同窓会の思いをタイムカプセルに託し収納する。
開封は 21世紀幕開けの10年後・20年後 本校の前身 薫泉学校の創立より150周年に当たる37年後に行うこととする。
平成3年11月16日
第23代校長 木下邦太朗
寄贈 矢口小学校創立100周年を祝う会

木下邦太朗校長先生には、これからも長くお元気でいていただき、150周年の記念式典には参列していただかねばなりません。それを現役校長として深くご祈念させていただきます。
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