地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

さよなら名鉄岐阜600V (2) 黒野駅・賑わいし頃

2005-03-20 20:48:17 | 懐かし画像


 旧型車ばかりだった頃の揖斐・谷汲線に何度も通った私にとって、名鉄の岐阜600V線がなくなるということの一番大きな意味は、たぶん黒野駅という心のオアシスを失うことなのだと思います。何故なら、ここを訪れれば戦前の古豪たちが醸し出す独特の味わいをそれこそ常にいくらでも五感で楽しむことが出来たからです。その味わいとは、旧型電車の眼福をほしいままにしてフィルムにおさめまくるといった視覚。釣掛の音や古いドアが開く音、それに乗り換え案内のアナウンスといった聴覚。駅や電車のあちこち、それに硬券の質実剛健さを確かめる触覚。機械の油や床の油の匂いがほのかに漂うのを嗅ぐ触覚。そして、駅にあるボロい喫茶店のありふれた、でも懐かしい味覚……。
 もうほとんどの運用が新型車になり、谷汲線がなくなってしまった今では、黒野駅の機能も相当縮小されてしまい、去年廃止が正式に決まる前に訪れたとき、やはり何だかショックでした。でも、もしこの先何もない更地になってしまうのを目にすれば、多分もっとショックでしょう。それだけ大好きでした、黒野駅。
 多分今頃は大変なことになっていると思いますので、のどか~な昼下がりの風景のまま脳裏にとどめておくために、敢えて行かないことにします。でも本当に、10代の頃に通い詰めた思い出の黒野駅に、心からありがとうと言いたい気持ちでいっぱいです。

釣掛車天国時代の大雄山線

2005-03-20 01:16:22 | 懐かし画像


 相鉄2000系が本家から完全引退することが目前に迫っていて、伊豆箱根大雄山線に車体だけ引っ越したものも残り1両……ということで、ついでに昔の画像をちょっとアップして惜別することにしましょう……。80年代後半に撮影した大雄山駅の様子です。ちょうど、モハ150型 (相鉄2000系の車体流用車160番台) が2両のんびりと並んでいるところ。この頃、元相鉄2000系は別に珍しくも何ともなくて (ちょうど、現在の大雄山線のヌシ・5000系のうち、ステンレス車となった第2編成が入線したばかりでした)、一番のお目当ては国鉄クモハ11やクハ18の生き残りだったのですが (^^;)、ドア間の窓配置が2+2という独特の雰囲気を持った元相鉄2000系もなかなか良い味出していたのを、この画像を眺めるにつけ思い出します (^^)。

 そんな大雄山線、そして駿豆線を合わせた伊豆箱根全体のイメージは、昔は明らかにこの西武旧塗装を踏まえた「赤」だったのですが、いつの間にかライオンズブルーばかりになってしまい、特に車種的に面白みがなくなってしまった大雄山線からは足が遠のいてしまいました (^^;)。今まで赤電のまま1編成だけ残されてきた駿豆線1000系 (非冷房車なので最近は完全に予備車) も、来る27日の大場車庫イベントを最後に廃車になってしまうとか。又しても昔の思い出のよすがは消え去ってしまいますね……。形式写真撮影タイムもあるそうなので出かけてみようかと思案中です (^^;