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ミステリ感想-『蒼海館の殺人』阿津川辰海

2021年03月03日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「紅蓮館の殺人」以来、失意の日々を送る葛城は登校せず自宅で謹慎させられていた。
田所は友人の三谷とともに葛城の家に向かう。折しも葛城の祖父の四十九日法要が執り行われ、刑事・議員・弁護士ら華麗なる一族も顔を揃えていた。
そこへ未曾有の台風が迫り、そして事件が起こる。


~感想~
前作「紅蓮館の殺人」もいちおうラノベレーベルのはずの講談社タイガで「名探偵とは何か?」という問いに真摯に向き合ったド本格だったが、本作はそれをさらに突き詰め、絶望に打ちひしがれた名探偵の再生の物語をじっくり丹念に描いて見せた。
そのため講談社タイガ最長の、というか文庫本としても珍しい、手持ちのカバーには入らない分厚さに仕上がった。
しかし内容は前作を上回るどころか、早くも今年の本ミス1位は疑いないと絶対的な確信を得るほどの傑作である。

前作と同じく事件の数は絞られ、しかも冒頭から犯人の性別も明かされる。前作の火攻めに続いて水攻めにさらされるわかりやす過ぎるタイムリミット要素は笑ったが、もちろんその水攻めも推理やトリックに組み込まれている。
なんといっても恐るべきは、この分厚さでありながら無駄な要素のほとんど無い、何気ない会話から描写までほぼ全てが伏線という重厚さには脱帽する。

事件はわりと早く起き、名探偵が動き出すまでに仕込みは全て終わり、中盤からは延々と推理が続く。事情聴取がてら、本筋ではない謎を解くことで新たな手掛かりを得て論理を補強して行く流れは、要所要所でサブの事件の真相開示をすることにより、長い推理パートを飽きさせず、また名探偵の推理の流れを理解させることに大いに貢献している。
叙述トリックがバーン!館が物理トリックでドーン!が大好きな自分も久々に(※依井貴裕「記念樹」以来2年ぶり)論理が面白い!と思えた。

そして最後に明かされる黒幕の正体は、ここまで来るともうそれしかない着地点ではあるが、その潜ませ方は実に見事で、直接対決から全てを締めくくる決着まで鮮やかに決まった。
ネタバレを避けて言うと、本作はあるトリックの新たな一つの到達点と呼べるのではなかろうか。

前作で終始問われ続けた「名探偵とは何か?」という問いに明確な答えを与え、絶望の淵から立ち上がった「名探偵の再生」を描き切った素晴らしい本格ミステリである。
もう一度言うが、この先何が出ようとも今年の本ミス1位は疑いないと絶対的な確信を持っている。


21.2.28
評価:★★★★★ 10
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