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ミステリ感想-『ハルビン・カフェ』打海文三

2022年06月16日 | ミステリ感想
~あらすじ~
福井県の海士市には大陸からの難民があふれ、暴力と犯罪がはびこる。
警官により結成された「P」は警官への犯罪の報復を謳いながら、次第に無軌道なテロリズムへと流れていった。
その渦中、古着商を名乗るコウは6歳の娼婦ルカに気まぐれに救いの手を差し伸べる。

2002年大藪春彦賞、日本推理作家協会賞候補、このミス5位

~感想~
まず現代日本で無慈悲なテロを横行させるためには、たとえば月村了衛「機龍警察」のように「まず二足歩行ロボットが普及しています」という無茶をかましたり「作者が白井智之か飛鳥部勝則です」といった理由が欲しいところだが、本作では「大陸で何かあって中露韓の難民がなだれ込んだ」というふわっとした理由にしてしまい、そこがどうしても引っ掛かる。全共闘世代には想像つかないのかもしれないが、現代日本では余程のことがなければテロが横行し大陸マフィアに街が占拠されスラム街が現れることはまずありえないのだから。

そこに加えてネックなのが主人公のわけのわからなさで、マジで動機がない。解説や感想でもたびたび言及されフォローされる通り、これだけのことをしでかし続けてきた、「しでかした」のではなく長年にわたりしでかし「続けてきた」動機がほぼ「そういうサイコパスです」という一点張りで説明されてしまい、その魅力も「一挙一動を見ればわかる」という小説での描写を拒否するもので、感情移入の一切を拒む。ハードボイルドらしく据え膳食わないが相手が6歳の娼婦じゃロリコンじゃなかっただけだし、他の据え膳は食うし据えてもいなくても食うしなこいつ。
本作をハードボイルドの金字塔と持ち上げる向きも多いようだが、この主人公と物語に自分はむしろハードボイルドを一切感じない。だいたい地の文が面白くないハードボイルドってなんだ。
また近年のコンプラ祭りはやりすぎとしても、本作の「主要女キャラの全員が絶世の美女で、しかも全員が無軌道なセクロスに励む」描写はあまりに昭和すぎてドン引きである。青年コミックで連載してるんじゃないんだぞ。

内容も重厚といえば聞こえはいいが、重厚で精緻であればいいわけではなく、人間関係と動機が入り乱れ、誰と誰が敵でなぜ対立し今何が争われているのかという前提条件からしてとにかく把握しづらい。そこに加えて数人の主要キャラが正体を偽った同一人物だったり、潜入中の公安やスパイだったりし、固有名詞が実在の有名事件のようにさぞ当たり前のように飛び交うものだから、中盤からはもう完全な理解を諦めて流し読みした。

難癖つけてばかりだが終盤も終盤になり、人間関係が(というか、あいつとあいつとあいつとあいつが同一人物と)整理されることによって一人の黒幕が浮かび上がるとようやく面白くなり、テンポよくネームドキャラが殺されて行き、結末へと突き進んでいってくれたので読後感は悪くない。名のある作家は道中どれだけ不満があっても結末は確実に上手く畳んでくるから困る。

ハードボイルドの傑作ではないと個人的には思うので、ハードボイルド目当てでなければ、じっくり腰を据えて人間関係をメモしながら読んでみるのもいいかもしれないが、これは面白いよと気軽に人には勧められない一冊である。


22.6.14
評価:★★ 4
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