2009年の民主党政権が誕生して、政権交代でこれまで自民党が築いてきた大きな間違い、あるいは錯誤といったものを、民主党は取り除いてくれるものだと思っていた。
その象徴が、八ッ場ダム建設の中止宣言であった。民主党は政権交代とともに、全国のダム建設の凍結をかけたのである。ダム建設の中止の背景には、多くの理念がある。
それを端的な言葉で表したのが、「コンクリートから人へ」である。ダム建設そのものが、多くの環境破壊を伴うものである。発電・治水の意味を持ったのは、せいぜい1970年代までであろう。
その後は、ダム建設で肥大化した企業が更に新たなダム建設を、政治的に動き次々と築き上げてきた。都会の方々は、一度地方の山の中に足を運んでみると良い。小さな無数のダムを見ることができる。
政治的な動きが背景にあるのは、目的が次々と変わるのを見ていると良く解る。その典型が、八ッ場ダムである。計画から、50年以上が過ぎている。計画が目的が変わる毎に、肥大化するのである。しかもその根拠など、平気で捏造する。
土建屋ばかりが儲かる構造は、地域に何のメリットももたらさない。多くは農業用の利水から始まり、農家が少なくなると治水を言い出す。更に観光や多目的ダムと言い出すのである。とにかく金がほしいから、建設そのものが目的になっているのである。
利権構造の典型として、環境破壊の象徴としてダム建設の中止を、民主党はうたったはずである。だからこそ、政権交代はこれらを暴きだすものと信じていた。
ところが、いったん中止を打ち出した前原に始まる国交大臣は変わるたびに、トーンダウンする。建設推進派は、自治体の長や県議会議員などが集まり、圧力をかけてきた。
野田内閣の最高齢者でもある前田国交大臣は、旧建設省出身の河川治水の専門であり、小沢一郎に近い人物でもある。野田は、明らかに八ッ場ダム中止を見込こみ意識した人物を、国交大臣に据えたのである。
何度も落選した高齢者でもあり、泥をかぶってもらうには十分すぎる、人物である。
ここには、マニフェストなど遵守する意識などなく、次々と勝手に政策を変え、強いものへと従順になる、哀れな民主党の姿がある。普天間同様自民党案に戻ることになった。これは笑うしかない、まるで漫談のようなダム建設のドタバタ劇である。