そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

小理屈を並べて、金をせがんで再稼働認めてやると福井県知事

2017-11-28 | 原発と再生可能エネルギー

福井県おおい町の関西電力大飯原発3、4号機について、福井県西川一誠知事は昨日(27日)再稼働に同意した。
西川知事は「原発を再稼働させる国の方針を受け、地元として安全対策は必要だが、地域に役立ち日本にとって意味のあること」と、同意した理由を説明し、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の県外立地に関しては「使用済み核燃料の県外立地に対する(関電の)態度などを、総合的に判断した」と述べた。
これを受けて、関西電力は12月上旬にも燃料の装荷を始め、3号機は2018年1月中旬、4号機は3月にも再稼働することになりそうである。さらに、電気料金の値下げをしますというパフォーマンスを同時に示し、再稼働反対の意見を抑え込もうという算段であろう。
あんなにも恐ろしい事故を起こしたのを受けて、地元住民は不安でないはずがない。過疎化が進み高齢化も深刻な地方にとって、お金をくれるのならと、原発容認に動くのである。実際非難に対するマニアルは不完全で、京都や滋賀の同意などお構いなしである。北朝鮮が真っ先に狙う施設が日本にあるとすれば、間違いなく福井の原発群である。誰も触れることがない。
中間貯蔵施設を県外にと言う話も、結論を引き延ばしただけでなんら具体性がない。嫌われ施設をどのみち田舎で探すことになる。票とすると国は、廃村になる地区が生まれるのを待っているのか。
中間という言葉もいい加減である。最終までの中間とは5万年ほどであろうか。誰も政治家などはそんなところまで考えない。票が欲しいだけで、国民のことなど考えてもいない。原発も核兵器も地上から抹殺すべきである。人類は誤った科学の発展から入手した”核”を手放すべきである。


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3 コメント

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Unknown (タンケ)
2017-11-29 08:57:20
核も遺伝子操作なども、本来人間が手をつけてはならない領域だったのではないのか。しかもその大きな動機が「金儲け」と絡んでいるのだから、何をか言わんやである。特に一部の貪欲で邪悪な者らの利益のために、その他不特定多数の人々を危険に曝したり不幸にするのだから、彼らの罪の深さは計り知れない。

福島事故起こした者らは責任取ることもなく処罰もされず見逃されているばかりでなく、トーデンなどは被害者に犠牲を強い続けたまま自らはしっかり収益を上げ、役員も従業員も世間を凌ぐ高待遇を享受しているのだから、彼らには一体潔さ、良心、その呵責などあるのだろうか。結局、彼らは「自分さえよければよい」ということなのだろう。他者のことも将来の子孫や山河自然などのことも「俺の知ったことか」という冷酷無責任な意識で、まさに、「今だけ、金だけ、自分のことだけ」ということか。

他方、例えばアイヌや北米先住民らはそんな者らとは対極で、伝統的に平和慎ましやか謙遜に生きていたという。アイヌには人殺し用の武器などなく、倭人の侵略や不正が行われる以前には武力での争い事も殆どなかったそうだ。また、北米先住民も白人による侵略以前には、白人式の敵絶滅形の残酷な戦争などせず、また身障者や性同一障害者らも自然(神)の摂理として差別なく認め受容していたそうだ。それゆえ、逆にそんなアイヌも北米先住民らも事実上滅ぼされてしまった。平和や寛容が暴力や貪欲に負けるのが現代ブンメーシャカイの主流になっているのである。実に皮肉である。

こうして、いずれ人類は滅びるということらしい。
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Unknown (和室ファンド(99%へ再分配・無添加ジャムサンド)
2017-11-29 13:20:37
敦賀かどこかの市長は、たしか「原子力の悪影響が出る頃には私はこの世にいない」とかいけしゃあしゃあと発言していた、と聞いたことがあります。

また、某国様は、日本の脱原発を絶対に認めない、と言われております。
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欲望の象徴 (ノブ)
2017-11-29 17:07:45
太陽の活動が尽きれば地球もいずれ寿命となる。これは人間の想像力をはるかに越えた宇宙論。
いずれ人類は滅びるからといって刹那な選択をしてはいけない。核・原子力をもてあそび繁栄の道具と武器に使うことはもっての外だ。放射能は素手で持つ事は出来ないしたとえ機械で操作してもその機械の修理も後始末も出来ない。福島原発の事故現場で懸命に働く末端の労働者はどうだろう。彼らは社会の階層の低位で生きている人たちと言われている。日々命と引き換えに働き生きなければならない。これほど人間を差別するものは無い。原発は近代科学の象徴ではない。差別と欲望の象徴だ。
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