日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

昨日の集まりで。

2019-02-27 14:29:01 | 私の雑感あれこれ
10名あまりの集まりかあった。
最近ニュースにもなっている、虐待について、身近なものが気付いてやれないだろうか、と話題を持ちかけた。
気が付いても、ご近所だというだけだと、気に放ってもかかわりにならないで見過ごすことで、問題が起きるのなら、万に一つでも、防ぐ手立てになれないものか、と。

そういう時の、情報の相談窓口でありたいものだと、思っている。

でも、展開は私の想像と違った。

「それは、無理ってもの」

そういう返事が、隣席と前の席のメンバーから発せられた。

二世代同居しているけれど、お嫁さんが孫を叱る声がすごくて、孫の泣き方も、知らない人が聴いたら、虐待だと思うほど。そんなのをいちいち、第3者に関わられたら、困る、というか、最近の若い母親の叱り方って尋常ではない、という流れになってしまった。
もう一人の男性も、同感だという。きっと、そこも3世代同居で、孫の尋常ならざる泣き声を体験しているっぽい。

身内であっても、義母や義父が口出しできるものじゃない、ので、良くないとは分かっていても、どうすることもできないのが現実なんだ、と。

喫茶店のテーブルを囲んだ数名のうちの2名からそんな返答が返ってきて、自分が世間知らずなのだろうか、とも思ったりもした。

時代が豊かになって、前進していると思っていたけれど、子育てが下手になっているの?  
そう、自問した。

「いまどきのお母さんって、、、」といういい方になったので、人はそれぞれだから、いろんなパターンもあるし、と半分受け入れ、半分聞き流す、という対応はしたけれど、生活水準が高くなっても、決して幸せにはなっていないんだ! そうも思った。

恵まれていることが当たり前になっているから、堪えられるレベルの容量も少なくて、イライラが募るのだろうか。

普段、身近で幼子に接していないから、私は表層的な提案しかできないのかもしれない。

それでも、そんなことダメダメ、効果ないよ、ではなく、杓子定規かもしれないけれど、困った状況にある人の助っ人になれたらと思います。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

すっかり春めいてきた。

2019-02-27 14:16:27 | 庭 2月
庭の土は乾燥してネサラサラ。
花壇の空きスペースにノースポールを移植して、5月の庭へと備えているのだけれど、果たしてどうなることか。
退場しそうなバラ(フレグラントオールドパープル)もあって、ちょっと意気消沈の部分もあり、です。


草丈10㎝ほどのスイセン、ティタティタが咲きだしました。


同じく、カメラアングルが難しい、クリスマスローズも咲いています。


花色の少ない庭に、ガザニアも存在感があります。


ビオラも元気になってきました。



越年したサフィニアを植え替えてやりました。
園芸店で購入して、はいどうぞ、というより、宿根草などの多年草が好きです。
キキョウも出てくる予定ですが、まだ、です。


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山本周五郎時代劇「泥棒と殿様」を観る。

2019-02-27 07:55:26 | 映画・テレビドラマ・音楽
もう、あらすじ書きが私の「脳トレ」です。苦笑

1週間経過後に、さて、つじつまが合うように書けますかどうか。

ある藩の跡目争いの話から始まる。
世継ぎを誰にするかの争い。後継者候補本人よりも、側近たちの権力争いに巻き込まれて、本命である若殿は蟄居状態になった。
うらぶれてしまった屋敷で一人寝起きしている。ある晩、泥棒が入った。
刺客に狙われている節もあることからか、侵入者に気付くような仕掛けもしていないではない。
そんな屋敷だから、夜間に忍び込んだ泥棒は、ものにぶつかったり、踏んづけたり、踏み外したり、とついつい音を立ててしまう。
めぼしいものもなく、寝間に入って金品を出せと主を脅す。
なにもない、の一点張り。食べ物のいくらかはあるだろう、と問い詰めても、何もない。ここ数日、なにも食べていない、と起きる気力すら失った様。
あまりにも、と思った泥棒は粥と汁椀を用意して、その主に食べさせる。
この泥棒には、幼い日の記憶がありました。
彼は母と重い病に伏している弟との極貧の暮らしの中で育ちました。ある日のこと、食べるものが水で薄まった1椀の粥しかなくなったとき、母親もすべもなく、死期迫った弟よりも、生きていくお前が食べたら、という選択を母子でした記憶です。当然弟は命が尽きました。その残像を抱えている彼には、ここで食べるものもなく臥している男を放置しておくわけにはいかなくなったのです。
泥棒は翌日からもかいがいしく、屋敷の主の世話をする。食べ物を調達するためには、どこかで下働きでもしなくてはならない。
主も起きて、やったことのないマキ割りなどをしたりして、生活の歯車は動き出した。
権力あらそいの日々の中にいるよりも、この質素な生活のほうがすがすがしく思うようになる。
泥棒に、この地を離れて二人でどこか他へ移ろうではないか、と提案。
その話に、泥棒は、人足に出ていた仕事場で役を与えられ給金もよくなった、から、自分は今の仕事を続けていきたいと言う。

そういう時、状況に変化があったらしく、城からの使いが来て、父殿が亡くなり、候補の相手方は失脚し、跡目をそなたが継ぐことになった。という。
城主になるより、今の暮らしで満足していた若殿は乗り気にはなりない。

そんな折、泥棒は、人には役割というものがあって、その役割をしっかり果たすことが生きるということではないかと、自分は今は仕事もできて満足している、と。

若殿は、自分の自由を選択して気ままに暮らすことより、藩主としての役割を果たすことが自分の使命なのだと得心して、城に戻る気持ちになる。
一緒に暮らしている泥棒には、自分が藩主になるということは伝えていない。だから、登城に際して、ひとりで行くから迎えはいらない、と伝える。


ファンタジーっぽい展開でした。

以上「脳トレ」(苦笑)終了です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする