詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

小池昌代『くたかけ』

2023-02-14 11:07:28 | その他(音楽、小説etc)

 

小池昌代『くたかけ』(鳥影社、2023年01月26日発行)

 小池昌代『くたかけ』は、15の章で構成された小説。「1 麦と佐知」を読んだだけだが、感想を書いておく。

 海の方角に面した窓が、一斉にがたがたと激しく鳴った
「わっ、地震?」麦が驚き、佐知はとっさに、キッチンに吊り下がっているペンダントライトを確かめた。少しの揺れもなく、静かである。

 強風のために窓が音を立てたのだが、なんだかわけのわからない「キッチンに吊り下がっているペンダントライト」が、しばらくしてこういう描写のなかによみがえってくる。

 総じてぶらさがっているモノには、落下の予兆が呼ぶ緊張感があって、その危うさが、空間に独特の美しさを広げる。床と天井とのあいだ、不安定な中空にとどまるものは、葡萄の房にしろ、室内のライトにしろ、佐知にとっては見飽きない魅力がある。今はおとなく吊り下がってはいても、いつ吊り紐が切れ、電球がテーブルを直撃し、食卓の秩序が破壊して家族がばらばらになっても、ふしぎはない。(略)佐知はそこに自分の心までもが吊り下げられているように感じ、何も起きていない日常を、束の間の均衡にふるえる奇跡のように思った。

 ああ、うまいなあ、と思った。「落下」「予兆」「緊張感」「秩序」「破壊」「均衡」「奇跡」という抽象的なことばが、今後の展開を予想させる。読まずにこんなことを書いていいのかどうか悩まないでもないが、きっと、ここに書かれている抽象的なことばが日常の変化をとおして展開するのだろう。
 意地悪く言うと、ここまで読めば、あとは「斜め読み」してもストーリーは把握できる。そういう小説だろう。
 しかし、私があえて、そういう「予想」を書くのは、小説は(あるいは文学はと言い直してもいいが)、ストーリーを読むものではないと考えているからだ。
 いま引用した文章で私が注目するのは、実は、今後を予想させる抽象的なことばの凝縮度ではない。「葡萄の房」である。突然、葡萄が出てくる。そして、そのことが全体を豊かにしている。「葡萄の房にしろ」という一文は、なくても「意味」は通じる。だから、「葡萄」の一節は、ある意味では「余剰」なのだが、その「余剰」が世界を押し開いていく。
 「葡萄の房」がどんなふうに形をかえてあらわれるのか。それを楽しみに読むという方法があると思う。

 

 

 

**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、ネット会議でお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。

★ネット会議講座(skypeかgooglemeet使用)★
随時受け付け。ただし、予約制。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。


お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977

 

 

問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

 

 

 

 

 


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 田原「言葉から言葉へ」 | トップ | 中井久夫訳『現代ギリシャ詩... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
余剰な一節~ (大井川賢治)
2024-02-12 08:31:25
余剰な一節、という批評の言葉が出てきます。この小説では、/葡萄の房にしろ/です。感想者は、この余剰が全体を豊かにすることがある、と述べています。詩作にとっても、意味深い一言かと思いました。
返信する
葡萄の房 (谷内)
2024-02-12 21:10:33
感想のつづきは書かなかったけれど、最後まで読むと「葡萄の房」は最後の方でやっぱり出てきたと記憶している。
とても目配りの聞いたことばの動かし方です。
最近読んだ「芥川賞受賞作」とは大違い。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

その他(音楽、小説etc)」カテゴリの最新記事