100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「ミャンマー」編 インレー湖8 パオ族と首長族

2023年03月02日 07時51分11秒 | ミャンマー


 ミャンマーの人口は約5000万人、約140の民族で構成される多民族国家です。インレー湖付近に居住する服装に特徴がある2つの民族を紹介します。
 写真はパオ族です。バスタオル(ターバン)に特徴がありますね。
写真2枚は首長族(パタウン族)です。タイにもこの民族がいて合算した人口は3万〰4万人の少数民族です。この民族の女性は5歳になると首と足にリングをつけます。思春期、結婚時、家族の幸福時にこの首輪は増加します。
 今回で「ミャンマー」編を完結します。

「ミャンマー」編 インレー湖7 蓮の織物工房 ロシアのプロパガンダ

2023年02月27日 07時56分51秒 | ミャンマー


 蓮の茎の繊維で作る織物工房を訪れました。この蓮の織物はこの地のインター族のサ・ウーという女性が1900年代初頭に考案しました。最初は蓮と縁の深い仏像や僧侶への供物として使われていましたが現在では冬季に着用すると暖かさを、夏季に着用すると涼しさを与える高級衣料品として世界でも最も高価な織物とされています。現在この地とヴェトナムで織られています。わたくしはこの地で初めて蓮の織物があることを知りました。

「付録」ウクライナ戦争のプロパガンダ合戦に思う
 プーチン大統領のウクライナ侵攻の最初の言い分は「ウクライナで親ロシア系住民へのジェノサイドを」助けるためということでした。ところが現在一部ロシア併合がなされた所で本来プーチンの言い分からすれば、「プーチンがウクライナの抑圧から我々を救ってくれた」という感謝の声が聞こえてくるはずです。ところがそのような声を我々は全く聞いていません。その理由はウクライナ側がそのような情報を一切シャットアウトして我々に伝わってこないのか。それはちょっと考えられません。とすればプーチン側もそのことをプロパガンダしていないということになります。ということは「感謝」が声ないということでしょうか。嘘でもプーチン側では「感謝」を伝えるべきでしょう。そうしないと侵攻の正当性がなくなります。なぜロシア占領地域からのプーチン感謝の声のプロパガンダ報道がなされていないのでしょうか。わたくしにはわかりません。ご存じの方がいらっしゃいましたら教えて下さい
 

「ミャンマー」編 インレー湖6 インデインパゴダ遺跡

2023年02月24日 07時52分16秒 | ミャンマー


 ファウンドーウー・バヤー寺院から30分ほどボートで行ったところに林立する仏塔があります。インデインパゴダ群です。由来は仏陀の死後200年ころ整骨を祀るために建立されたとされていますがはっきりはしていないようです。その後17世紀から18世紀に多くのパゴダが建てられ現在1054塔あるそうです。その多くは写真のように崩壊寸前の物もあります。

「ミャンマー」編 インレー湖5 ファウンドーウー・バヤー寺院

2023年02月21日 07時55分18秒 | ミャンマー


 インレー湖上にある水上寺院ファウンドーウー・バヤー寺院を訪れました。拝んでる先に団子みたいなものがありますね。実はこれはこの寺院の5体の仏像です。信者が金箔をはりすぎたため団子のようになったのです。男性信者のみ触れることが認められた金箔をはり祈りを捧げます。

「ミャンマー」編 インレー湖2 インター族

2023年02月12日 07時52分25秒 | ミャンマー


インレー湖で独特の操法で船を操るインター族の漁師に出会いました。
「船尾に片方の足をかけ、もう一方の足をオールに巻きつける方法を採っている。その理由としては、湖は水深が浅く、アシや浮草多く生えているため、座ってしまうとそれらの奥を見渡すことができないためである。立つことで、アシや浮草の奥を見渡すことができる。しかし、足漕ぎは男性によってのみされており、女性は一般的なオールを手で持って、ボートを漕ぐ」(ウイキペディア)

「ミャンマー」編 インレー湖1

2023年02月09日 07時52分47秒 | ミャンマー


 2014年3月5日を最後に中断していた「ミャンマー」を再開します。ミャンマー最大の観光の一つインレー湖の紹介が残されていました。
インレー湖は平均標高884mの高地に位置する。南北約18km、東西約5kmに広がる、縦長の湖です。
まずは湖畔から1隻5名ずつボートに乗り1時間水上移動して今夜の宿泊水上コテージに到着しました。

「ミャンマー」編 ピンダヤ 洞窟寺院(シュエウーミン洞窟)3

2014年03月05日 08時22分07秒 | ミャンマー

 写真はこの洞窟の入り口付近です。巨大な蜘蛛と弓を構えた人物がいます。伝説によればこの地の7人の王子たちが突然の嵐から避難してこの洞窟に入ったところ悪の「ナッ」(ミャンマーの伝統的神―後日紹介)が巨大な蜘蛛になって襲いかかってきました。悲鳴を聞つけてKummabhayaという王子が現れ、矢でこの蜘蛛を退治し7人の王子を助けました。


「ミャンマー」編 バガンのパゴダ群7 ナッラウン寺院

2014年03月02日 08時37分08秒 | ミャンマー

 

 バガンに残る唯一のヒンドゥー寺院です。11世紀に建立されというのが通説ですが、歴史家によっては10世紀を唱える人もいます。この場合はバガン王朝が仏教を取り入れる以前と言うことになります。ヴィシュニ神と仏陀が祀られていました。

 ツアーコースには入っていないので現地ガイドのオウマさんに頼んで連れて行ってもらいました。彼女もその存在を知りませんでした、現地のバスの運転手さんが知っていたようでした。