100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「トルコ」編 コンヤ1 カラタイ博物館

2021年11月28日 07時52分53秒 | トルコ

 アンタルヤから北西のコンヤを訪れました。最初に訪れたのは1251年セルジューク朝に作られた神学校、現在は陶器博物になっているカラタイ博物館です。写真左は建物の内部から天井を見たものです。ちょっと変わった天井ですがターキッシュ・トライアングルと呼ばれるトルコ独特の建築様式だそうです。展示物を一つだけ紹介(写真右上)ムハンマドがタイルに描かれていますが、現地ガイドのハーカンさんに言わせると「お釈迦様」似ているとのこと。(彼の知日、親日からか?)皆さんはどう思われますか? ここにもたくさんの子供たちが遊びに(勉強に)来ていました。
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「トルコ」編 アンタルヤ2

2021年11月25日 07時52分59秒 | トルコ

 アンタルヤから東へ39㎞にあるアスペンドス遺跡に向かいました。ここには小アジア最大で保存状態完ぺきに近い大劇場があります。(写真左上)水道橋もありました。昼食は洞窟のレストランでいただきました。(写真左中)観光客もたくさん来ていました。写真左下の子供たちが手にしているのは?
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「トルコ」編 アンタルヤ1

2021年11月22日 07時51分54秒 | トルコ

 パムッカレから南西にある地中海沿岸で最も発展しているリゾート地アンタルヤに向かいました。写真上はアンタルヤのホテルから見た地中海です。
 写真中はアンタルヤ北東にあるローマ時代の都市ベルゲの遺跡です。この地は原始キリスト教の重要な拠点となったことで知られパウロがこの地で説教をしたことが聖書にも記載されています。(使徒言行録14-25)
 土産物店が準備されていました。(写真下)
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「トルコ」編 パムッカレ2 「ギョズレメ」と「蜂蜜ヨーグルト」

2021年11月19日 07時50分37秒 | トルコ

 パムッカレで出会った食べ物を二つ紹介します。「ナン」のような薄いパンのギョズレメの製造工場?を訪れました(写真上)。おばさん(写真)の目がギョロメだから付いた名前ではありません。「燃え止しの上で焼く」と言う意味のトルコ語「közleme」に由来しています。中にチーズや野菜物など包んで食べる朝食やファーストフードのトルコでの定番の食べ物です。
 昼食にレストラン「アパメカ」でトルコ名産「はちみつヨーグルト」(写真中)をいただきました。水分をほとんど含まなく粘着力が強いのでウエイターが逆さにしても落ちてきません(写真下)
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「トルコ」編 パムッカレ1

2021年11月16日 07時53分14秒 | トルコ

 アフロディシャスから少し内陸部に入ったパムッカレを訪れました。パムッカレとはトルコ語で「棉の城」という意味を持つようにこのような白い台地がありました。台地上部から流れ出た石灰成分が結晶したものだそうです。(写真上)
 この地にヘレニズムからビザンツ時代にかけての共同墓地群があります。1000を超す墓地があるそうです。(写真中)
 写真下はBC190年に始まった都市遺跡ヒエラポリスです。もちろん定番の円形劇場もあります。
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「トルコ」編 アフロディシャス

2021年11月13日 07時49分25秒 | トルコ

 エフェソスから少し東にあるアフロディシャスを訪れました。やはりエフェソスと同じ古代ギリシア、ローマ時代の遺跡群です。写真上は出土した石棺です。写真中はアフロディテ神殿です。
 写真下は1世紀〰2世紀にかけて建てられた競技場です。長さ262m、幅59mで3万人を収容できました。競走、レスリング、ボクシング、種々のコンテスト、後には動物の競技場としても使用されました。その他収容1万人の円形劇場もありました。わたくしはこのような古代ローマの定番の遺跡を見るたびに思います。これだけの人々を楽しませる施設を作った古代ローマの支配者と、神社、お寺を作って祈るだけの日本の支配者との違いを。中国も。やっぱり古代ローマ、ギリシアの文化はすごい。
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「トルコ」編 エフェソス5

2021年11月10日 07時51分36秒 | トルコ

 4回にわたって「エフェソス」を紹介してきましたが、その後、もう一度エフェソスに行く機会がありました。それは7年後(2007年)の「ギリシア周遊とエーゲ海クルーズ」というツアーでした。その時はトルコ領内にある「古代ギリシャ遺跡」訪問というわけでした。
 その時はエーゲ海を渡りエフェソス観光の玄関口クシャダス港(もちろんトルコ領)に降り立ちました。(写真)その時一番に目に触れたのが“When in Turkey ***Do what most Turkish people do.”です。直訳すれば「トルコに来た時は、トルコ人がするようにしなさい」日本の諺で言えば「郷に入れば郷に従え」となるのでしょう。普通ならば” Welcome to Turkey”「トルコへようこそ」だと思うのですが。なぜちょっと失礼したような文言になっているのでしょうか。関空や成田空港に”When in Japan ***Do what most Japanese people doという看板があればどうなりますかね。皆さんどう思われますか?
 この謎解きのキーワードは「ギリシアとトルコは犬猿の仲」と思います。添乗員の稲葉さんが面白い話しをしてくれました。煮出しのトルココーヒーは有名ですが、全く同じものがギリシアのもあります。そこでギリシアでトルココーヒーをくださいというと突然不機嫌になりそんなものはありませんというそうです。
 さてその不和の原因は両国の歴史にあります。それについては2007年5月11日、14日に少し紹介しているので今回は省略します。
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「トルコ」編 エフェソス4

2021年11月07日 07時52分46秒 | トルコ

 写真上はAD135年、ユリウスがローマ帝国のアジア州の総督だった父ケルススに捧げるため造らせた図書館です。このような巨大な図書館を、どのような階層の人が?どれだけの人たちが利用していたのでしょう?
 写真中は演劇の上演や全市民参加の民会の会場にもなった市民にとって大切な大劇場です。2.4000人が収容できました。
 写真下は遺跡を観光する人たちです。
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「トルコ」編 エフェソス 3

2021年11月04日 07時51分14秒 | トルコ

 公衆便所がありました。隣同士の会話は?(写真右上)
 娼婦宿が残されていましたが、当時修復中で見ることはできませんでした。しかし「足跡の道しるべ」(写真右下)がありました。足跡の方向が娼婦宿の方向を示しているのだそうです。娼婦宿跡から見つかった粘土像がここの博物館の日本語パンフレットに記載されていたので転載します。(写真左)
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「トルコ」編 エフェソス2

2021年11月01日 07時42分52秒 | トルコ

 聖母マリアの死地については2説あるそうです。通説では「エルサレム」ですが、ここ「エフェソス」という説があるようです。(ここの歴史博物館の日本語パンフレット)というわけで晩年の住居跡がありました。(写真左上)写真右は読みにくいですが、そこに掲示されていた日本語の説明文です。
 なおこの地の有名人の一人にかの有名な古代ギリシア哲学者ヘラクレイトスがいます。panta rhei”(万物は流転する)で有名ですね。余談話ですが、わたくしの持病リューマチ(rheumatism)はこのrheiが語源です。痛みが流転するところから来ています。
 写真左下は市公民館跡です。列柱の上には常時聖火が灯されていました。聖火を守る要職に就くのは、選ばれた市民でした。 
写真左中では以前紹介したスルーガイドハーカンが説明をしていますね。
「桂連アップルバウム」さん、「NARUE」さん激励のコメントありがとうございました
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