波止場から見たアマルフィです。谷間にある狭い地域の人口5500人ほどの小さな町です。しかし、かつては人口7万人の大都市でした。この狭いところにと思いますが、1343年の地震で町のほとんどが海中に沈んでしまったのです。アマルフィはピサ、ジェノヴァ、ヴェネチアといった北イタリアの名高い海洋都市よりも早く、地中海を舞台として活躍し10世紀~11世紀にかけて共和制のもとで繁栄しました。
また3大十字軍騎士団の一つ聖ヨハネ騎士団はここアマルフィで結成されました。この騎士団は後にマルタに落ち延びマルタ騎士団になりますが、それは後日マルタ島で紹介します。
このレモンから造ったリキュール酒リモンチェッロはカプリ島名産です。アルコール度数は30度で帰国してウィスキーとカクテルして飲んでみました。なかなかの美味でした。イケマス。
製法はレモンの果皮をアルコール度数の高い蒸留酒に一定期間浸した後取り出し、砂糖水を加えて1週間〜1ヶ月ほど置く製法が一般的です。
私たちはカプリ島からナポリに帰るのではなく有名な民謡「帰れソレント」で有名なソレントに上陸してアマルフィ海岸を通り、かって海洋共和国として栄えたアマルフィに向かいました。(5月6日の旅程図)写真はソレントに向かう船です。
内部は長さ54メートル、高さ15メートル、深さ14メートル~22メートル、数分のクルージングです。私のカメラと腕前では洞窟内の不思議な青さを撮影できませんでしたが、ようやく不完全ながら一枚の写真に写っていました。
なお、天候その他の理由で中に入れないことがあるそうです。添乗員の村上さんの経験では50%くらいだそうです。