100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

89
歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「中国東北部5都市紀行」旧横浜正金大連支店

2016年06月30日 08時33分17秒 | 中国東北部

 

 写真の中央のドームのある背の低い建物は1909年に竣工した旧横浜正金大連支店で現在は中国銀行大連分行になっています。新しくできた高層ビルに取り囲まれていますが現役なのですね。場所は中山広場(ロシア時代はニコライフスカヤ広場、日本時代は大広場)にあり、旧大和ホテルの真向かいにあります。したがって写真の広場は中山公園です。

 さてこの「中国東北部5都市紀行」を始めてから連続して日本時代の建物、それも政治、経済、産業の中枢の建物ばかり紹介してきました。私がこのような紹介をしたのは韓国の場合と比較したかったからです。2011年6月27日に以下のようなことを書いていました。

「旧朝鮮総督府庁舎が残り韓国政府庁舎や国立博物館として使用されてきました。しかし韓国民の間でこの庁舎が日帝時代の嫌な思い出ということで撤去運動がおこり(賛否両論あり)1995年に取り壊されました」

このように韓国では日本時代の建物はこの旧朝鮮総督府庁舎の場合が象徴するように「嫌な思い出」として撤去されてきました。反対に中国ではむしろ積極的にこれらの建物が利用されています。皆さんこの違いは何に由来すると思われますか?皆さんのご意見を募ります。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国東北部5都市紀行」旧大和ホテル4

2016年06月30日 08時30分46秒 | 中国東北部

 

 このような案内があり、歴史があるので博物館的な要素もあります。案内されましたがよくわからないので省略します。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国東北部5都市紀行」旧大和ホテル3

2016年06月30日 08時27分56秒 | 中国東北部

 

1914年に造られた旧大和ホテルは現在の名前は前回の写真にあるように「大連賓館」となっています。館内にこのような案内がありました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国東北部5都市紀行」旧大和ホテル2

2016年06月27日 08時32分35秒 | 中国東北部

 

このような表示がありました。重要文化財のような扱いですね。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国東北部5都市紀行」旧大和ホテル1

2016年06月27日 08時29分42秒 | 中国東北部

 

 満鉄はいろんな企業を手がけましたが、その一つがホテルでした。大和ホテルと呼ばれ満州各地に15ありました。その一つ大連に残されている旧大和ホテルに泊まりました。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国東北部5都市紀行」旧満鉄本社

2016年06月27日 08時26分06秒 | 中国東北部

 

満鉄(南満州鉄道株式会社)とは満州国成立(1932)以前の日露戦争(1904~1905)の結果、帝政ロシアから譲渡された鉄道会社に始まります。単に鉄道経営だけでなく撫順炭鉱などの権益を持ち周辺地域の行政権を持つなど日本植民地経営(満州国建国)の尖兵的な役割を果たしました。

従業員39万8000人(内日本人14万人)の巨大企業です。余談ですが私の母方の伯父は満鉄社員でした。したがってその従兄弟は満州生まれです。

その満鉄本社跡が大連にありました。現在も鉄道会社の建物として利用されています。

大連という名前の由来は、1898年ロシアが租借し貿易港にしましたが、その時ロシアから遠いという意味のロシア語ダリニーと呼び、これがその後漢字化されたものです。ちなみに中国語の発音はダーリエンです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国東北部5都市紀行」関東軍司令官跡

2016年06月24日 08時34分18秒 | 中国東北部

 

 偽満州国の実質的支配者「日本関東軍司令部」は「中国共産党吉林省委員会」になっていました。あまり近寄っての撮影は禁止されることがあるので車内からの撮影になりました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国東北部5都市紀行」偽満州国国務院2

2016年06月24日 08時31分31秒 | 中国東北部

 

 日本の国会議事堂を模して1936年に竣工しました。現在は吉林大学医学部の建物になっています。以前は内部も公開されていましたが、2014年から非公開になりました。

 なお、皇帝溥儀の皇居は近くにあり「偽満宮博物院」として公開されていますが、後日紹介します

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国東北部5都市紀行」偽満州国国務院1

2016年06月24日 08時27分06秒 | 中国東北部

 

 「中国東北部」は何処ですか?という地理上の質問には、さしずめ5月1日の旅程図を見ていただけば理解いただけますが、そこは旧「満州国」だった所です、という歴史的説明にはキョトンされる戦後生まれの人が多いようです。私が身近に接している人がそうでした。今回の「中国東北部」の旅行のブログはこの歴史的存在の旧「満州国」を知らなければまったく理解していただけません。そこで最初に極度に簡略化した「満州国」の案内をしておきます。

 1928年、当時この地の実質的な支配者張作霖(後日紹介)を日本軍隊(関東軍)が謀殺し1931年には柳条湖事件(後日紹介)をでっち上げ、1932年中国清王朝の最後の皇帝「溥儀」を執政(後皇帝)に担ぎ上げ日本による傀儡国家が成立し1945年の日本敗戦まで続きます。現在中国ではこの国を「偽満州国」と呼びます。この傀儡満州国の成立が日中戦争の始まりでありアジア太平洋戦争の始まりでもあります。

 というわけで、「満州国を知らずして日本近代史を語るべからず」は常識です。余計なお節介ですが「満州国」を知るための手ごろな本としては「キメラー満州国の肖像」(中公新書)がお勧めです。

 この偽満州国の首都が長春(当時は新京)でした。したがってこの地には偽満州国の国家機関がたくさん残されています。写真は最高行政機関、国務院跡の標識です。

 

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「スリランカ」編 お土産 緑茶

2016年06月21日 08時30分04秒 | スリランカ

 

 これは現地の旅行手配会社のお土産に頂いた緑茶です。味痴の私でもまずいと感じました。緑茶はやはり日本ですかね。

 次回からは「中国東北部5都市紀行」です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「スリランカ」編 お土産 シナモン2

2016年06月21日 08時27分24秒 | スリランカ

 

 写真はシナモンの樹木です。「米欧回覧実記五」(p294)は「肉桂(シナモン)ハ世界一ノ美ニテ、其値三万五千ポンドノ多キヲ輸出ス」と記述しています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「スリランカ」編 お土産 シナモン1

2016年06月21日 08時23分09秒 | スリランカ

 

 「スリランカ」編の最後にお土産を紹介します。すでに普通の紅茶とARRACKというお酒は紹介しました。これはシナモン紅茶です。おいしかったですよ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「スリランカ」編 ゴール9 オランダ東インド会社3

2016年06月18日 08時35分08秒 | スリランカ

 

 オランダ東インド会社の全形です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「スリランカ」編 ゴール8 オランダ東インド会社2

2016年06月18日 08時31分51秒 | スリランカ

 

 このオランダ東インド会社は現在海洋博物館になっています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「スリランカ」編 ゴール7 オランダ東インド会社1

2016年06月18日 08時27分55秒 | スリランカ

 

 オランダは1658年~1796年この地を支配します。写真はこの時代のオランダ東インド会社です。門の上にあるのがオランダ東インド会社の紋章です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする