様々な社会生活の紹介ですね。以上紹介してきたように現中国はユダヤ人の活躍を高く評価しているように思いました。
今回で「中国東北部5都市紀行」は終わりますが、次回付録として「旧満州に郷愁を覚える人のために」と題して「満州民衆風俗写真帖」を紹介します。
様々な社会生活の紹介ですね。以上紹介してきたように現中国はユダヤ人の活躍を高く評価しているように思いました。
今回で「中国東北部5都市紀行」は終わりますが、次回付録として「旧満州に郷愁を覚える人のために」と題して「満州民衆風俗写真帖」を紹介します。
ハルビンには最大2万人のユダヤ人が住んでいたことがありました。そして1937年には日本の後押しもあって「ユダヤ人満州国家」建設の計画すらありました。いろいろ紆余曲折があり最終的にはユダヤ人抹殺を図るドイツとの日独伊同盟の成立により幻に終わりました。リトアニアでユダヤ人を救った杉原千畝は有名ですが(2005年12月13日紹介)この頃満州でのユダヤ人難民を救った樋口季一郎もイスラエルでは有名です。
というわけで1918年建立のユダヤ教の教会シナゴーグあり現在は博物館になっています。
なお、「ユダヤ人満州国家」や「樋口季一郎」などについては旅名人ブックス「大連と中国・東北歴史散歩」(386~389)に詳しく紹介されています。
ハルビンはすでに紹介したようにロシアが開発した都市なのでキリスト教各派の建立した教会がたくさんあります。1930年代までに建てられた教会(教堂)は25棟に達していました。その多くは1966年に始まった文化大革命で破壊されましたが、いまでもかなり残っており「地球の歩き方」では「ハルビン教会めぐり」というコラム欄があるくらいです。すでに「ハルビン天主教堂」については紹介しましたが、今回はネギ坊主形のロシア正教会の「聖ソフィア教堂」です。1907年建立で1932年に改修されました。この年代から、ロシア革命でロシア人が多数この地に亡命していることが分かります。
私は博物館の紹介は苦手なのでここでは一枚の写真しか撮っていませんでした。それがこの「三猿」です。無学の私は以前「三猿」は語呂合わせから日本独特な物と思っていました。それが2008年モロッコを訪れたとき木工品店で「三猿」を見つけたときはびっくりしました。調べてみると世界各地に「三猿」はあるのですね。それについては2009年2月17日にこのブログで紹介しているのでご覧ください。ここにもありました。ただその起源は不明のようです。