100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

特別臨時「三島村」編 竹島33 八百万の神8 六地蔵3

2015年09月28日 08時28分22秒 | 三島村

 

 

 これがサンスクリット文字(梵字)ですね。

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特別臨時「三島村」編 竹島32 八百万の神7 六地蔵2

2015年09月28日 08時26分10秒 | 三島村

 このように六地蔵の説明と竹島での復元の経緯が書かれていました。

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特別臨時「三島村」編 竹島31 八百万の神6 六地蔵1

2015年09月28日 08時23分52秒 | 三島村

 

 

 「ガジュマルの門」のすぐ近くに「六地蔵」がありました。「三島村誌」には「わが三島の場合、どんな理由からまつられたかわからないが、5体の地蔵が祭られている」(p247)と書かれています。

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特別臨時「三島村」編 竹島30 八百万の神5 大山神社

2015年09月25日 08時32分30秒 | 三島村

 9月10日に「おんぼ岬」の地名由来を紹介しましたが、籠港沖で難破した遣唐使船の乗組員121人のうち生き残りの5人が絶壁を命からがらこの場所に登ってきました。半死半生でしたが、島民の看病で回復しました。後に高田根麻呂という人を祭って建てられた神社です。

 『日本書紀』には白雉4年(653)に「秋七月に、大唐に遣さるる使人高田根麻呂等、薩摩の曲・竹嶋の間に、船合りて没死りぬ。唯五人のみ有りて、胸に一板を繋けてい、竹嶋に流れ遇れり。***竹を採りて筏に為りて****是に、金を褒美めて、位を進めて、禄給ふ」(岩波書店 日本古典文学大系「日本書紀」の読み下し文)と記されています。竹の筏とはやはり当時から竹の島だったのですね。

なお、大山神社の名前は高田根麻呂の位が冠位19冠の12番目の大山下の位の名前からとったものです

 

 

 

 

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特別臨時「三島村」編 竹島29 八百万の神4 聖大明神4

2015年09月22日 08時02分30秒 | 三島村

 ちょっと見にくいですが、神社を守っているのは普通ある狛犬ではなく狛猫です。

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特別臨時「三島村」編 竹島28 八百万の神3 聖大明神3

2015年09月22日 07時59分47秒 | 三島村

 

 灯篭ですよね。

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特別臨時「三島村」編 竹島27 八百万の神2 聖大明神2

2015年09月22日 07時57分48秒 | 三島村

 

 祭神は定かでないとあります。黒島の黒尾大明社などもそうでしたが、考えてみれば奇妙ですね、祭られている神様が誰かわからないとは。一神教の人たちから見れば理解不能でしょうね。

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特別臨時「三島村」編 竹島26 八百万の神1 聖大明神1

2015年09月22日 07時54分42秒 | 三島村

 

 竹島も八百万の神は健在です。前々回すでに「井がわ」の水神を紹介しましたが、あと、3つの(不敬?)神を紹介します。最初は聖大明神です。

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特別臨時「三島村」編 竹島24 お墓3

2015年09月19日 08時12分56秒 | 三島村

 こうしてみると、幽霊が出そうというよりは、文化遺産ですね。スモールアンコールワット

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特別臨時「三島村」編 竹島24 お墓2

2015年09月19日 08時10分29秒 | 三島村

 

 この竹島での石材を鹿児島の枕崎あたりに持ち込んで墓石にしたのではないかと考えられているそうです。竹島の石材は優良で硫黄島、黒島の墓石にもなっているそうです。

 サンスクリット文字が刻まれていたお墓がありました。

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 特別臨時「三島村」編 竹島23 お墓1

2015年09月19日 08時06分57秒 | 三島村

 「『竹島のアンコールワット』と言われることもある、樹にのみこまれた墓はかなりの迫力です。その周りには他では見られない珍しい彫刻が施されている墓があります。一見の価値あり!」

三島村ホウムペイジの一文です。アンコールワットとは、ちょっと言いすぎ、不遜な感じもしますが。それはそれで!

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特別臨時「三島村」編 竹島22 一つだけ6 井がわ4

2015年09月16日 08時11分48秒 | 三島村

 

 1962年に ここを水源に簡易水道が設置され女性たちは水汲みの苦役から解放されました。

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特別臨時「三島村」編 竹島21 一つだけ5 井がわ3

2015年09月16日 08時09分36秒 | 三島村

 この「井がわ」の水神さんです。ちょっとした広場になっていて多分盛大な祭事が行われてきたと思われます。「三島村誌」にはその記載ありませんでしたが。

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特別臨時「三島村」編 竹島20 一つだけ4 井がわ2

2015年09月16日 08時07分29秒 | 三島村

 

 ここが「井がわ」の跡です。この「井がわ」という名前は「井戸・川」から来ているように私は思うのですが、「三島村誌」にはその由来についての記載がありません

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特別臨時「三島村」編 竹島19 一つだけ3 井がわ1

2015年09月16日 08時04分02秒 | 三島村

 

 このような掲示板に出会いました。「三島村誌」によって少し補充しておきます。竹島には、むかし井戸を掘った跡はなく、この「井がわ」が島民にとってただ一つ水源でした。したがってこの「井がわ」の上下に集落は集中し、現在に至るまで遠く分散した小集落・独立家屋はありません。水汲みは「しも」の人でも朝1時間、夕2時間を要しました。水汲みは女性の仕事で「この水運びのコツを覚えたら一人前の女としてあつかわれた」そうです。

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