田植えに先立って牛を水田に入れて、これを追いたて水田の土を耕します。これを日本語で踏耕と呼んでいます。写真は少し見づらいですが、水田の中に複数の牛がいますね。牛を持たない資力のない農家は次回紹介の櫂型犂による人力で耕します。
マダガスカル人の主食は米でその一人当たりの消費量は日本人のそれの2倍になります。そのため稲作(水稲、陸稲)は盛んで1970年代までは米輸出国でしたが、現在は消費量の10%が輸入に頼っています。(「マダガスカルを知るための62章」p176)
このような風景は旅行中たびたび見かけました。山火事ではありません。焼畑です。「マダガスカルを知るための62章」(p297)はこれについて以下のように述べています。インドネシアでは焼き畑は行われているが、森林は豊かに残されている。それは先人の深い知恵があってのことで、マダガスカルではそういった知恵が希薄である。(ただし、具体的内容については記載がありません)
「マダガスカルを知るための62章」(p195~199)は森林破壊のもう一つの原因に牛の必要以上の過剰な飼育をあげています。そのため森林を草地に代えるということです。写真はその牛ですが、特徴は背中に「こぶ」があり「ゼブー」と呼ばれています。
牛は富の源泉と考えられています。そのため牛泥棒集団がいるそうです.第2は祖先に対する供犠に用いられることです。第3にはイネを育てるに必要とされるからです。これについては次回紹介します。
森林破壊の原因の一つに「炭焼き」を「マダガスカルを知るための62章」をあげています。マダガスカルのおもな家庭用燃料は木炭です。そのため急速に人口増加が進む都市近郊では木炭の需要が高まり首都アンタナリヴから半径100km以内では全く自然林は喪失しましした。
写真は道端で売っている木炭です。白い袋に入っているのが木炭です。このような風景は珍しくはありません。
マダガスカルをバスで移動しながらなんとなく気がついたことがありました。それは動物保護区などでは木が多く鬱蒼とした森林になっているにもかかわらず、それ以外のところでは私の頭のように木がほとんどなく森林にはほとんど出会わないことでした。
帰国して調べてみるとやはり近年森林破壊は急速に進み年間の喪失面積は東京都の面積に匹敵するとのことでした。(「マダガスカルを知るための62章」p299)
写真のようなところは普通の風景ですが、多分以前は森で覆われていたところのような気がしました。
マダガスカル編を再開します。前回までの「マダガスカル」は“2012年10月19日、2012年12月25日~2013年2月14日”です。
この旅の正式名称が「世界遺産ツィンギー遊覧とマダガスカル周遊」とあるようにツィンギーが目玉になっています。場所は2012年10月19日の旅程図を見てください。石灰岩が何万年にわたり侵食されカミソリの刃のようになった地形です。ツィンギーとは「先の尖った、鋭い」という意味のマダガスカル語からきています
このツィンギー観光には二つのやり方があります。一つは救命ロープなどを装備してのトレッキングです。もう一つは飛行機からの観光です。私にはトレッキングは体力的に無理だと判断をして飛行機遊覧を行っている旅行社を選択しました。
写真はその飛行機です
内を拝見。誰もいませんでしたが、私の話を聞いて後に見に行った人の話では沢山の人たちが御祈りをしていたそうです。イスラーム教徒の日本への観光客が最近増加しその対応策をマスコミが色々報道していますが、成田空港にも祈禱所ができる日も近いかもしれません。
今回で「ブータン」編を完結し、次回からは「マダガスカル」の続編とします。
そこで物好きな私はさっそく祈祷所に出かけてみました。その時、本題とは逸れますが、空港内の表示文字が「祷」という文字のみならず、すべてが日本と同じの「旧」?漢字で、中国本土で用いられている簡体文字でないことに気付きました。香港では中国本土とは違っているようです。