100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

89
歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「出会いふれあい」編 シリア・ヨルダン・レバノンの旅から3

2024年10月22日 07時57分33秒 | 出会いふれあい

 シリアの現地ガイドはアブドゥラさんでした。
 ムスリムですか、との質問に彼は、ハーフ(半分)と答えてくれました。その意味するところは二つあったようです。ひとつは仕事の関係もあってきちんとしたお祈りなどができないことでした。そして”moderate”(穏健な) なムスリムだということでした。彼が本当に言いたかったのは”moderate”というコトバに象徴されることだったようです。彼の説明に”moderate” という言葉が盛んに出てきました。イスラームを皆さんはすべて過激派と考えているようだが、そうではなく大多数は”moderate” なんだということをハーフというコトバで説明したのだと私は理解しました。
 彼は出来るだけ客観的にものを考えようとしているように感じました。パルミラの最後の女王ゼノビアの末路について彼は私の質問に答えて、アラブではこう考え、ヨーロッパではこう考えられているという説明をしてくれました。(注)
 彼にもローレンスついて尋ねました。他の外国の観光客がいたためか、声を潜めて私の耳元でスパイ、” faker “(詐欺師)とささやいてくれました。サラディーンについても勿論尊敬の返事でしたが、同時に彼よりもfavourite(好きな)な人物がアサド大統領と言ったのには少し驚きました。大統領は自転車で買い物に出かけるような気さくな人物だと話してくれました。
 (注) パルミラはシルクロードの要地として特にBC2世紀からAD3世紀にかけて繁栄しましたが、クレオパトラの末裔と称した女王ゼノビアは属領でありながらローマ帝国に反旗を翻しAD272年ついに滅ぼされます。その後パルミラは廃墟と化し現在巨大な遺跡として繁栄の跡がしのばれるだけです。敗れたゼノビアは捕虜になりましたがローマに送られる途中で毒を飲み死んだという説(アラブ側説)とローマにまで連れて行かれ余生を平穏に過ごしたという説(ヨーロッパ側説)があります。塩野七生氏は「ローマ人物語ⅩⅡ」で「ヨーロッパ側説」よって説明していますが、牟田口義郎氏は「物語 中東の歴史」で両方の「ローマ帝国衰亡史」で「ゼノビアは黒い肌、真珠のような白い歯を持ち、大きな黒い瞳は火のように輝いており、その男性的な知性は学習によっていっそう強化されていた」(lonely planet “Syria” p258からの孫引き)と叙述しています。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「出会いふれあい」編 シリ... | トップ | 「出会いふれあい」編 シリ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

出会いふれあい」カテゴリの最新記事