100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「北インド周遊15日の旅」 ビカネール ラルガル宮殿ホテル

2020年02月29日 08時01分32秒 | インド


宿泊はマハラジャのラルガル宮殿ホテルでした。現在もマハラジャ一家はこの宮殿に住んでいて空き部屋がホテルというわけです。マハラジャは本来はヒンディー語で偉大な王という意味でしたが次第に日本でいう戦国大名の名称になりイギリス時代は3分の1の地域がこのマハラジャからの間接支配地になりました。当時マハラジャは600以上いました。3分2はイギリスの直接支配です。イギリス帝国の典型的な間接支配体制です。したがってマハラジャはイギリスからは可愛がられ(?)マハラジャ自身もイギリス国民のような気分になっていました。このビカネールのマハラジャもそうでした。
「1887年から1943年まで統治していたここビカネールのマハラジャ・ガンガ・シン将軍は、ラージャスターン州の王子の中で最もよく知られており、インドの英国総督のお気に入りでした。第一次世界大戦中の帝国会議でインド代表、ベルサイユ平和会議で大英帝国を代表する帝国戦争内閣のメンバーを務めました。」(ウィキペディア英語版)
 横道ついでに。ガンディーも最初はそうでした。イギリス留学を終えてアフリカに行ったとき差別を受け、始めてインド人意識に覚醒して、そこからインド独立を考え始めます。
 もうひとつ横道。このガンディーのインド人意識の覚醒の時、南アフリカ原住民への差別についてガンディーはどう考えていたのかが、わたくしの長年の疑問でした。1999年に大阪外国語大学助教授秋田茂氏の論文「植民地エリートの帝国意識とその克服」(「大英帝国と帝国意識」の内の論文)に関連して秋田氏に質問をしました。以下氏の回答文の一部
 「***ガンディーの関心は、もっぱら在住インド系住民の権利擁護に向けられており、現地人については、意識的に無関心を装っていた。あるいは、関心を振り向けるだけの余裕はとてもなかった、というのが実情ではないでしょうか。私も今回の論文では、ご指摘の点は少し意識しておりましたが、十分にフォローできませんでした」
 アンダーラインの部分について(私)実証性がないのでわたくしの長年の疑問はいまだに疑問のままです。

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「北インド周遊15日の旅」 ビカネール ラクダ国立研究センター 

2020年02月29日 07時57分16秒 | インド


  ジャイプルの次の訪問地は北西330㎞にあるビカネールでした。「ラクダ国立研究所センター」があり見学しました。
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「北インド周遊15日の旅」ジャイプル 水の宮殿

2020年02月26日 08時03分49秒 | インド


 マン・サガール湖にある藩主の避暑用の別荘ジャル・マハル(水の宮殿)です。同行者一同「行きたい!」でも駄目でした。
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「北インド周遊15日の旅」ジャイプル 風の宮殿

2020年02月26日 08時00分48秒 | インド


アンベール城から平地に降りてきた時の藩主(日本でいえば大名)はジャイ・シング2世でした。ジャイプルという名前は彼の名前に由来します。「ジャイの都市」です。
 ジャイプルはピンクシティとも呼ばれますが、その象徴的な宮殿がこの「風の宮殿」です。1751年~68年にかけて造られました。宮廷の女性たちが、街の賑わいを見下ろされるように、と造られた5層の建物です。
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「北インド周遊15日の旅」ジャイプル アンベール城

2020年02月26日 07時57分15秒 | インド


 アンベール城は1600年に築城された広大の山城で1728年に現在のジャイプルに遷都するまでのこの地を支配する宮殿でした。日本の中世の城が山城であった同じです。妹尾河童は「延々と広大なこの城塞の全貌をこの頁に描きつくせない」(p255 )と記述しています。写真は「勝利の間」と呼ばれているところでイスラーム様式ですね。
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「北インド周遊15日の旅」ジャイプル 象タクシー

2020年02月26日 07時51分44秒 | インド


 ジャイプルでの最初の観光は市の北東11㎞にある岩山にあるアンベール城で途中からは象のタクシーでした。
 この象タクシーについて妹尾河童の「河童がのぞいたインド」(p255~256)に楽しく紹介されています。
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「北インド周遊15日の旅」ジャイプル 民族舞踊3

2020年02月23日 08時03分20秒 | インド


 火吹きは圧巻でした。わたくしの無知を晒すかもしれませんが、ゾロアスター教(拝火教)に関係する舞踊かなと思いました。
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「北インド周遊15日の旅」ジャイプル 民族舞踊2 

2020年02月23日 07時59分51秒 | インド


 わたくしは特にこの方面は苦手なのでコメントなし。
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「北インド周遊15日の旅」ジャイプル 民族舞踊1

2020年02月23日 07時54分07秒 | インド


 デリーの東258kmにあるラージャスターンの州都ジャイプルを訪れました。民族舞踊鑑賞から始まりました。(10ドル)ダンサーたちと私です。
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「臨時特別編」 アメリカ大統領選に思う

2020年02月20日 07時57分04秒 | 時評


 以前(オバマ大統領時代?)わたくしの稚拙な英語でアメリカ人と会話をしたことがありました。私「あなたはWASP(注1)ですか」。アメリカ人「イエス」。私「とすればあなたはestablishment(注2)ですね」。アメリカ人ちょっと表情を崩して「many many  years ago」
(注1)White Anglo-Saxon Protestant アングロサクソン系白人プロテスタント
(注2) 支配層
 アメリカでは長年“WASP=Establishment”の社会でした。したがって歴代大統領もWASPでした。しかし1961年カトリック教徒のケネディが大統領になりその雲行きが怪しくなってきました。そして2009年アフリカ系アメリカ人オバマが大統領になりそれが決定的になりました。そして今回の民主党の大統領候補者を見るとそれがますますはっきりしてきました。
 有力候補の一人サンダースはポーランド系ユダヤ人で親戚のほとんどをナチスに虐殺されています。しかし、トランプ大統領の娘婿のイスラエル寄りと違ってイスラエルには批判的です。
 もう一人の有力候補のブティジェッジの父はマルタからの移民です。したがってアメリカ人でもこのマルタ語由来のButtigiegの発音に苦労するそうです。朝日新聞は以前「ブダジェッジ」と表記していたが今後は「ブティジェッジ」と表記するという最近の記事がありました。マルタ語はマルタ共和国の公用語でシチリア語の影響を受けたアラビア語の方言です。このButtigiegはアラビア語の「養鶏業」意味する言葉に由来するそうです。
 彼が話せる言語は8言語(英語、ノルウェー語、フランス語、スペイン語、イタリア語、マルタ語、ダリー語、アラビア語)です。ちなみに歴代のアメリカ大統領で1人を除いて(名前は忘れました)英語以外の言語を話すことができた人はいません。
 最近急激に有力候補者になって注目されているブルームバーグはポーランド系ユダヤ人です。信仰もユダヤ教改革派です。
 その他の候補者もWASPでない人がたくさんいるようですね。
 ついでに、ちょっとコマーシャルを。マルタ島をこのブログで少し紹介しているのでご覧いただければ幸いです。ブログの左段にあるカテゴリーの「マルタ」をクリックしてください。30枚の写真と記事を書いています。
 というわけで、WASP=Establishment は全く”many many years ago”になったようです。
 写真は「サンダース」と「ブティジェッジ」です。

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「北インド周遊15日の旅」 牛糞

2020年02月17日 08時03分25秒 | インド


インドのどこでも見られる普通の風景です。牛糞です。(2006年6月26日の再録)
 ヒンドゥー教では牛の糞は、非常に聖なるもので、穢れを取り除く力があるとされます。したがって家の壁に貼り付けているのは魔よけのためです。その後燃料になります。
 同じヒンドゥー教国のネパールでは、食後の土間をきれいにするのに牛糞を使うそうです。床に散らばった食べかすなど牛糞でえぐりだすようにして包み込んでふき取っていくということです。(「ネパール紀行」p190三瓶清朝著)
 以上の文章にインド長期の旅をされたnonbeywa-tomyさん(https://blog.goo.ne.jp/nonbeywa_tomy)から以下のようなコメントをいただきました。
「 神の使徒なんですね
雄牛は荷役や畑作業を行い
雌牛は大切なミルクを提供してくれます
落し物は日常に必要な燃料となる
インド人は生きた木を切って燃料としない
もしそうしたら砂漠化することを
知っているんでしょう
落し物は大切な肥料なんですがそれもしない
 必要順位として燃料となる そう思います」


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「北インド周遊15日の旅」ヴァーラーナスィー(バナーラス、ベナレス)6 郊外

2020年02月14日 07時58分39秒 | インド


 町中を外れてあまり観光客が来ない郊外をぶらぶらしました。子供たちの群れ(?)です。その中におばーちゃんがいたので一緒に写真。
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「北インド周遊15日の旅」ヴァーラーナスィー(バナーラス、ベナレス)5 市街地2

2020年02月14日 07時55分01秒 | インド


 ヒンズー教寺院が林立する通りをぶらぶらしているとこのように制服を着た人が多くいました。現地ガイドのセチさんに尋ねるとイスラーム教徒の襲撃を警戒しての軍隊の警備だとのことでした。
 ここで現地スルーガイドの「セチ」さんを少し紹介しておきます。彼はバラモン(カーストで最上位の階級)で日ごろ読む新聞はヒンディー語の新聞ではなく英字新聞だそうです。
ある街でのこと、彼曰く「この町はイスラーム教徒が多いいので、スリ、かっぱらいなどに気をつけてください」もう1つ。私に職業を尋ねたので「インドでは多分賎業だと思いますが夜警の仕事をしています」と答えました。その後彼の私に対する態度がかなり変わりました。 
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「北インド周遊15日の旅」ヴァーラーナスィー(バナーラス、ベナレス)4 市街地1

2020年02月14日 07時50分24秒 | インド


 早朝のガート観光を終えてその後市街地をぶらぶらしました。ハンセン病患者の物貰いに出会いました。一瞬ギョッとしました。わたくしは何も上げませんでした。わたくしは原則として物貰いの人には何も上げないことにしていますが、24年たった今も気にかかる出来事でした。同行の一人に医師がいましたが、彼は何のためらいもなくお金をあげていました。
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「北インド周遊15日の旅」ヴァーラーナスィー(バナーラス、ベナレス)3 火葬場

2020年02月11日 08時08分04秒 | インド



 写真(右)をよーく見てください。煙が見えますね。ここは火葬場なんです。沐浴場(ガート)に隣接しています。1月27日に紹介しましたが、ヒンズー教徒は墓を作りません。火葬にして遺灰はここガンジス河に流します。写真左は火葬場の薪です。そう、ここは沐浴場であると同時に遺灰を流す聖地なのです。
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