100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「イラン」編 ホメイニーとハメイニー1

2008年05月31日 08時21分11秒 | イラン

 これはイスファハンのホテルの側壁にあったものですが、イラン国中にこの写真は氾濫していました。これほど政治的指導者(独裁者)の写真が町中に氾濫していたのは私の経験した範囲ではトルクメニスタンのニヤゾフ大統領だけです。(2006年12月23日~12月27日をご覧ください) 

 「指導者(イマーム)ホメイニー、ハメイニーに従いなさい」と書いてあります。 イランの日本語でのフルネイムはイラン=イスラーム共和国ですがそれ以前1979年まではパフラヴィー王朝でした。1979年民衆が立ち上がりパフラヴィー王朝が崩壊し亡命していたホメイニー(1902~1989)は民衆の圧倒的歓迎を受けて帰国し「ヴェラーヤテ・ファギーフ」(イスラーム法学者による統治)を唱え政治の実権を握ります。彼の死後後継者にハメイニがなり現在に至っています。

 私がホメイニーの名前を聞くたびにいつも思い出すことがあります。2002年11月パリのルーヴル美術館から美人ドライバーのタクシーに乗りました。車内では音楽が聞こえました。彼女はこのまま音楽を流してもよいかと尋ねました。いいですよと、答えました。これは祖国イランの音楽ですと、説明してくれました。そこで私はホメイニーを尊敬していますか、と尋ねました。彼女は強い語調で「ノー」と答えました。


「イラン」編 昔懐かしい? 3 下駄

2008年05月29日 08時27分00秒 | イラン

 下駄を「昔懐かしい」というのは下駄に失礼かもしれません。現に私の愛用の履物は下駄で近所の子供たちからは「下駄のジジィ」呼ばれているのですから。しかし、今は下駄を売っている履物屋さんを見つけることは難しくなりました。これはどうやら中国産のようですが。 中国でも下駄を履くのですかね


「イラン」編 昔懐かしい?2 田植え2

2008年05月27日 08時39分59秒 | イラン

 まだ少し時期的に早いのか、前頁のような風景は少なかったのですが、すでにこのように田には水が張ってあり1週間もすれば一斉に田植えが始まることでしょう。ビニルハウスは苗代だと思うのですが。

 Coloさんコメントありがとうございました。これでも最近かなり値上がりをしているのだそうです。もっとも、他の物価もかなりのインフレのようです。また、軽油の値段が安いことと関係ないかもしれませんが、物流が盛んなようでひっきりなしにトラックが道路を行き来しているのが目に付きました。


「イラン」編 交通事故死2

2008年05月25日 08時28分40秒 | イラン

 これはテヘランの町ですが、横断歩道に車と人が一緒ですね。タクシーらしき車も方向がおかしいですね。信号機があって「赤」でも人も車も平気で進みます。信号がないところも多いですし、あっても「赤」「黄」の点滅も珍しくありません。私は怖くて一人で交差点の横断歩道を渡ることをあきらめることも度々でした。 

 イランに出かける人はくれぐれも気をつけて。


「イラン」編 交通事故死最悪1

2008年05月25日 08時23分19秒 | イラン

 この写真はタブリーズのホテルから撮影したものです。左下に杖をついた人が車道を歩いています。その先には車が変な方向に向いていて人が集まっています。

 イランではこのように交通頻繁なところでも人はその間を縫うようにして歩いています。交通事故で死亡する人は年間3万人とのことでした。人口10万に当たりの死亡者は約42.8人になります。これを世界的に見ると(「タブーの世界地図帳」《2006年統計》による)日本は6.7人、以下多いほうから見ると南アフリカ28.0人、マレーシア25.7人、ロシア24,0人、アラブ首長国連邦21.6人、サウジアラビア20.6人となっています。この本ではすべての国のデータが記載されてはいませんが(イランの記載もない)これで見るかぎりダントツの最悪記録のようです。

 ちなみにイランでのガソリン価格は1Lあたり日本円に換算して20円、軽油が6円です。


「イラン」編 女と男16 幸せ

2008年05月23日 08時37分16秒 | イラン

 私はこのような光景をイランで見るとは夢想だにしませんでした。しかも珍しい光景ではありません。私は鹿児島に住んでいますが、鹿児島よりずっと頻度が高い光景です。この「女と男」の巻の冒頭でイランの映画監督の「イランでは女と男の矛盾対立が共存して」を紹介しましたが、締めくくりをバスとこの写真にしたいと思います。

 余談ですが、私はイランの今後の運命は女性の手にあるような気がしました。高学歴で11%の就職率の彼女たちの手に。最近のイラン政治は「保守」「リベラル」のせめぎ合いの様相を呈していますが、「リベラル」の勝利は女性の投票率が高かったと時だとされています。 

 旅行社の若い女性添乗員に時々尋ねることがあります。貴女は世界中を駆け巡っていますがどこの国の男性が好ましいですか?と。意外にも?かなりの人がイスラーム圏の男性と答えてくれました。とにかく優しく親切だそうです。したがって仕事もやり易いのだそうです。しかし結婚となると逡巡すると答えてくれた人が後にベルベル人と結婚したとの話を聞きました。

 アイシェさんの「女一人チュニジアを行く」(2007年12月2日~12月8日、2008年1月1日~1月11日、2008年1月21日~1月31日)はその主要なテーマの一つがイスラーム男性のホスピタリティーでした。その彼女の話によれば彼女の知り合いもイスラーム男性と結婚した人はたくさんいるが、離婚した人も多いそうです。

 「付記」

 今日の朝日新聞に「高学歴女性 イランに新風」という記事が掲載されています。


「イラン」編 女と男14 タバコ3

2008年05月21日 08時45分00秒 | イラン

 水タバコは持ち運びが大変なので写真のように道端の店には貸タバコ道具が用意されていました。

 ご承知のようにタバコはアメリカが原産地でコロンブスがヨーロッパに持ち帰り世界に広がりました。その後、水タバコはアラビアで発明されイスラーム圏で大成されたそうですが、時期ははっきりしないようです。

 17世紀中ごろフランス人シャルダンがイランを旅行した時水タバコに出会っています。「ペルシャ見聞記」p49でイラスト入りで吸い方を紹介して「ペルシア(イラン)での煙草の吸い方はわれわれの国には知られていず」と述べています。


「イラン」編 女と男11 ナン2

2008年05月19日 08時39分22秒 | イラン

 この男性が出てきた路地をたどっていくとこのような光景に出会いました。そうナンです。ここはナン製造・販売店です。ナンの焼き上がるのを待っている人たちです。女性が一人だけいますが例外的な存在で多くは男性です。一日のナンの調達係は男性の役目です。 

 「ミチ」さんコメントありがとうございました。文章がまずいのでとんだ誤解を与えたようです。私は英会話は殆どできません。「どこから?」とか「名前は?」程度の聞き取りがようやくできる程度です。しかし恥を忍んでカタコトの単語を並べて現地の人々から何かを感じ取ろうといつも努力はしているつもりです。多分他人が見ればピエロでしょうね。 

 追記、イスラム圏の女性は好奇心旺盛なような気がします 。2006年5月25日~31日にかけて少し触れているので参考にしてただければ。


「イラン」編 女と男10 ナン1

2008年05月19日 08時32分28秒 | イラン

 男性が持っているのは焼き立てのナンです。この写真はテヘランで撮影したものですが、イランではこのように朝、男性がナンを買って家庭に持ち帰っている光景は一般的です。かなりの量のようなので、一日分ですかね。

 私たちのホテルでの定番食事は前菜的にこのナンと生野菜、主菜としてご飯(長粒米)に魚または鶏、羊でした。 

 なお、 2007年8月19日~8月31日にかけて、中国、ウズベキスタン、アルメニア、トルコ、ヨルダンのナンを紹介しているので参考にしていたければと思います。