東京外大アジア・アフリカ文化研究所と日仏東洋学会が、恵比寿の日仏会館で、非常に興味深い総合人間学国際シンポジウム「意識を作る・認識を変える よりよい地球共同体を求めて」を開いたので聴講した。
ブッダの認識の転換、ドストエフスキーと父殺しから始まって、西欧と仏教の出会い、シャーマンの意識の変化、夢語りが神話を作ると続き、最後は、こころの形成の脳科学と言ったタイトルの、非常に専門的で高度な講演の連続なのだが、私自身、日ごろあまり馴染みのないテーマでもあったので、興味深く勉強させて貰った。
最初の中谷英明東京外大教授のブッダの認識論の話から難しい。
ブッダ逝去直後の最古のテキストからの認識論だが、人の認識は、その人の側の精神様態(志向性)に左右され、人の苦しみは、この嗜好性のなせる業だと言う。
この志向性の桎梏から開放されるためには、人里離れた自然の中での孤独な生活が必要で、自然からの無限の刺激を受けつつ内省することが、新しい、活力に満ちた認識、すなわち大きな安心を獲得する唯一の方法であると述べていると説く。
しかし、これは、自然以外に何もなかった何千年も前の話であり、こんなに文明化して地球上が人工の文化文明で満ち溢れている時代に、そんなことを言われてもピンと来ないと言うのが正直なところではないであろうか、と変なことを考えて聞いていた。
東京外大亀山郁夫学長のドストエフスキーの父殺しの話。
まず、カラマーゾフの兄弟自体、読みかけて面白くないので止めてしまい、トルストイの戦争と平和の長いのに辟易して読むどころではなかったので、ロシア文学には縁が殆どないし、陰鬱な上に父殺しの話であるからいい加減に聞いていたが、
ドストエフスキーの根源とは父殺しで、総ての人間が抱え持つ恥部=原罪であり、普遍的なドラマであり、それをより壮大なスケールで再現できると言う自信が生まれた時こそ「カラマーゾフの兄弟」誕生の瞬間だと言う。
私には息の詰まるような到底縁のない話であったが、これも高邁な学問なのかも知れない。
私が興味を感じたのは、ハーバード大ヴィッツェル・ミヒャエル教授のシャーマニズムの話と、新宮一成京大教授の神話作りの関係と言うか連続性で、原始的な人間の宗教や神話などは、人間の知的な知識の積み重ねではなくて、天啓や夢など人知を超えたパワーによって生まれたのだと言うことである。
シベリアのシャーマンは、突然の危機的な状態に陥った人物が、天の啓示を受けて、その天啓に導かれて選ばれた人間であることを悟ると同時に、その霊を体現して、異世界に自由に飛翔して神や霊と交信する超人たるシャーマンになるのだと言う。夢遊の境地で踊ったりドラムを叩いてシャーマンの儀式を行うなど、世界中で見られるシャーマンのプロトタイプだが、要するに、異常な体験を経て天啓を得て神になると言うことであろうか。
一方、精神科医の新宮教授の話では、夢を見た体験を語り合って、それが顕著な構造を生み、そうして生まれた構造が語り継がれて神話になったと言うことらしい。
神話は、夢と夢語りから生まれて、一部は書き留められて固定化しているが、人間が夢を見る限り、今も、絶えず夢語りの中で生成し続けている動的構造なのだと言うのである。
フランスCNRS今枝由郎理事の「西欧と仏教の出会い」は、フランスでの東洋学への関心の推移も含めて語られたが、アメリカの方がはるかにオープンで、フランスの文化的学問的な閉塞性を感じながら聞いた。
新潟大の中田力統合脳研究センター長の「こころの形成の脳科学」が、私にとっては最も新鮮で強烈なインパクトがあったのだが、とにかく、知識情報面で最も遠い世界の話だったので、非常に難しい。
脳はエントロピー(確率)の場であり、情報を扱う。脳は情報を処理する毎に学習し、学習により情報の処理が変わる。
情報の蓄積が心であり、小脳の学習と大脳の学習と染色体記録・本能の脳の働きによって情報が集中されて心が形作られる。
要するに心は脳で形成されると言う話のようだが、
パネルディスカッションの司会も勤めた中田氏が、最後に、人間は理解し合えるのかと自問して、
これまで積み重ねられて出来上がってしまったものについては理解し合えないが、マイクロソフトのお陰で共通言語が出来上がったので、これからは分かり合えるであろうと語っていたのが印象的であった。
ブッダの認識の転換、ドストエフスキーと父殺しから始まって、西欧と仏教の出会い、シャーマンの意識の変化、夢語りが神話を作ると続き、最後は、こころの形成の脳科学と言ったタイトルの、非常に専門的で高度な講演の連続なのだが、私自身、日ごろあまり馴染みのないテーマでもあったので、興味深く勉強させて貰った。
最初の中谷英明東京外大教授のブッダの認識論の話から難しい。
ブッダ逝去直後の最古のテキストからの認識論だが、人の認識は、その人の側の精神様態(志向性)に左右され、人の苦しみは、この嗜好性のなせる業だと言う。
この志向性の桎梏から開放されるためには、人里離れた自然の中での孤独な生活が必要で、自然からの無限の刺激を受けつつ内省することが、新しい、活力に満ちた認識、すなわち大きな安心を獲得する唯一の方法であると述べていると説く。
しかし、これは、自然以外に何もなかった何千年も前の話であり、こんなに文明化して地球上が人工の文化文明で満ち溢れている時代に、そんなことを言われてもピンと来ないと言うのが正直なところではないであろうか、と変なことを考えて聞いていた。
東京外大亀山郁夫学長のドストエフスキーの父殺しの話。
まず、カラマーゾフの兄弟自体、読みかけて面白くないので止めてしまい、トルストイの戦争と平和の長いのに辟易して読むどころではなかったので、ロシア文学には縁が殆どないし、陰鬱な上に父殺しの話であるからいい加減に聞いていたが、
ドストエフスキーの根源とは父殺しで、総ての人間が抱え持つ恥部=原罪であり、普遍的なドラマであり、それをより壮大なスケールで再現できると言う自信が生まれた時こそ「カラマーゾフの兄弟」誕生の瞬間だと言う。
私には息の詰まるような到底縁のない話であったが、これも高邁な学問なのかも知れない。
私が興味を感じたのは、ハーバード大ヴィッツェル・ミヒャエル教授のシャーマニズムの話と、新宮一成京大教授の神話作りの関係と言うか連続性で、原始的な人間の宗教や神話などは、人間の知的な知識の積み重ねではなくて、天啓や夢など人知を超えたパワーによって生まれたのだと言うことである。
シベリアのシャーマンは、突然の危機的な状態に陥った人物が、天の啓示を受けて、その天啓に導かれて選ばれた人間であることを悟ると同時に、その霊を体現して、異世界に自由に飛翔して神や霊と交信する超人たるシャーマンになるのだと言う。夢遊の境地で踊ったりドラムを叩いてシャーマンの儀式を行うなど、世界中で見られるシャーマンのプロトタイプだが、要するに、異常な体験を経て天啓を得て神になると言うことであろうか。
一方、精神科医の新宮教授の話では、夢を見た体験を語り合って、それが顕著な構造を生み、そうして生まれた構造が語り継がれて神話になったと言うことらしい。
神話は、夢と夢語りから生まれて、一部は書き留められて固定化しているが、人間が夢を見る限り、今も、絶えず夢語りの中で生成し続けている動的構造なのだと言うのである。
フランスCNRS今枝由郎理事の「西欧と仏教の出会い」は、フランスでの東洋学への関心の推移も含めて語られたが、アメリカの方がはるかにオープンで、フランスの文化的学問的な閉塞性を感じながら聞いた。
新潟大の中田力統合脳研究センター長の「こころの形成の脳科学」が、私にとっては最も新鮮で強烈なインパクトがあったのだが、とにかく、知識情報面で最も遠い世界の話だったので、非常に難しい。
脳はエントロピー(確率)の場であり、情報を扱う。脳は情報を処理する毎に学習し、学習により情報の処理が変わる。
情報の蓄積が心であり、小脳の学習と大脳の学習と染色体記録・本能の脳の働きによって情報が集中されて心が形作られる。
要するに心は脳で形成されると言う話のようだが、
パネルディスカッションの司会も勤めた中田氏が、最後に、人間は理解し合えるのかと自問して、
これまで積み重ねられて出来上がってしまったものについては理解し合えないが、マイクロソフトのお陰で共通言語が出来上がったので、これからは分かり合えるであろうと語っていたのが印象的であった。