熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ルチル・シャルマ著「ブレイクアウト ネーションズ」

2013年06月01日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   BRIC'sの時代は、過去のもの。次にブレイクアウトして快進撃する成長国家はどこか。
   そんな問題意識を持って、殆どの新興国を踏破して、モルガンスタンレーのプロのインベストメント・ディレクターの視点から、BRIC'sのみならず、新興国や発展途上国を撫ぜ切りにレポートしたのが、このシャルマの非常に興味深い本である。
   ゴールドマン・ザックスのジム・オニールのBRIC'sやネクスト11とは、一味違った次の成長国家の分析であって、非常に、主観的な分析が先行している部分もあるのだが、政治経済社会などあらゆる分野に亘ってカバーしており、米国人的な視点からの各国の将来展望が興味深い。

   これまで、このブログで、BRIC'sの四か国については、シャルマの見解を紹介しながら、私なりのコメントを記して来たので、今回は、シャルマの見解を象徴している部分だと思うので、この本の終幕に近い第13章「宴の後の後片付け――コモディティ・ドットコムを越えて」に絞って、考えてみたいと思う。

   中国やその他の新興国が猛烈な勢いで成長し、「コモディティのスーパーサイクル」を今後も引っ張り続けると言う確信が、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリア、カナダなど、コモディティの輸出に頼って生きている多くの国々の将来に対する楽観論の主な根拠だが、シャルマは、これは幻想だとして、「コモディティ・ドットコム」と呼んでいる。
   このコモディティ・ドットコムと言う時代は、かってのハイテクブームのドットコム・バブルよりも、はるかに大きく、原油や生活必需品などのコモディティが値上がりすると、企業や消費者に負担がかかり景気に深刻なダメージを与えるので、はるかに悪い影響を世界経済に及ぼしていると言うのである。

   コモディティ・ドットコムが、ウォール街を魅了して、コモディティの金融商品化を実現して、超低金利で市場に溢れている大量の資金が殺到し、原油や銅そのたのコモディティ価格が、実需とは乖離して一斉に上昇を始めた。
   低金利の資金で景気を刺激しようと言う努力が、最早、効かなくなり、その資金が向かったコモディティ価格の高騰が、景気の首を絞めている。

   コモディティ・ドットコムのもう一つの背景に、中国の強力な成長がある。と言う。
   しかし、欧米日の凋落によって、世界経済に占める製造業のシェアは、この20年間で、23%から17%に急落しており、中国は、縮み行く池の鯉であって、原油やその他のコモディティに対する世界的な需要がいつまでも続く筈がなく、中国とコモディティとの関係も、そのうちに間違いなく崩壊すると言うのである。

   この200年間、コモディティ価格は、金を除いて、全体としてみると、着実に下落してきた。
   ある資源の価格が10年間上昇を続ければ、発明家は刺激を受け、在庫を節約するか、効率的に抽出したり使用するか、代替物を発明するなど様々な方法を思いついて、その価格は20年下がり続えるとする「10年値上がり、20年値下がり」サイクルで、主な産業用コモディティ価格は、1800年以降、70%下落した。
   今や、エネルギー効率が向上し、代替エネルギーや代替燃料車への莫大な新規投資も積極的に行われており、まだ、成果は表れていないが、原油価格の急激な値上がりが続いた10年間が終わろうとしており、まさに、これまでのパターンが繰り返されようとしているので、今後下落傾向に向かう。とシャルマは言うのである。

   コモディティ価格が値上がりすると、資源が豊富であるにも拘わらず、工業化や経済発展が遅れる「資源の呪い」と言う問題が深刻化する。
   貧しい国々で石油や貴重な鉱物資源が発見されると悲劇が起きやすい。
   コモディティ価格の急騰による「棚ぼた利益」によって、プーチンはロシア復活の星となったが、コモディティ以外は何のブランドも作り出すことが出来ず産業構造は旧態依然の状態であり、ルーラ大統領もブラジル再興の顏となったが、経済の脆弱性は解消できずオランダ病の弊害が起こりつつある。
   コモディティ・ドットコムの狂気の時代が終わると、ドットコムの時代がそうであったように、コモディティで贅沢三昧を謳歌できた国も企業も、壊滅的な打撃を受けるであろう。
   シャルマが、特に、ロシアとブラジルの将来に対して厳しい見方をしているのは、この辺の事情にもある。
   コモディティ・ドットコムの崩壊は、間違いなく、今後、コモディティ価格は下落傾向に向かうと言うのであるから、尚更である。
   コモディティ投資が有望であると主張し続けているジム・ロジャースと全く反対の見解であるのが興味深い。

   この章で、もっと面白いシャルマの見解は、中国のコモディティ・コネクションが崩れ、また、コモディティ価格下落のトレンドが起これば、明らかに利益を得るグループは、コモディティが値下がりすれば、経済成長の阻害要因になりかねないインフレ圧力が低下するインド、トルコ、エジプトと言ったコモディティの輸入国だろうと言うことである。
   戦後の歴史を見ると、奇跡的な成長を果たした国の圧倒的多数は、製造加工業の国で、コモディティの輸出国ではなくて、輸入国であり、その筆頭は、日本だと言うのである。

   更に、シャルマは、このコモディティ価格急落は、石油やその他の原材料輸入に対する支払いがかなり重く、経済的苦境に陥っている西側経済にも、追い風になる筈だと言う。
   その後、アメリカのIT産業の再ブームの可能性や、テクノロジーやR&D,イノベーションなど先端分野で優位に立ち、オープンイノベーションやライトイノベーション、さらに、ソフトウエアの分野での快進撃で最先端を行くアメリカの可能性について語っている。

   いずれにしろ、ブラジルやロシアのような、最近のし上ってきた国々の光は色あせ、アフリカ、中東、ラテンアメリカの原油輸出に依存している国の独裁者たちによるあからさまな脅威は、流れ星のように消えてしまうと言っており、コモディティ・ドットコム景気に胡坐をかいて、産業構造の合理化近代化など国家発展政策を取って来なかった国に対しては、シャルマは厳しい見方をしている。

   次のブレイクアウト・ネーションとして、トルコやインドネシア、チェコ、ポーランド、韓国、フィリピン、スリランカ、ナイジェリアなどを挙げており、ジム・オニールのネクスト11と比較すると面白いが、要するに、執筆時点のレントゲン写真であるから、現状は刻々と変わっていると考えるべきであろう。
   シャルマは、その国のリーダーの質や実力を非常に重視しており、為政者如何によって大きく国情や発展推移が変わる現状を活写しており、また、ブラジルやインドには、真剣さが足りないと言ったコメントでも分かるように、国家政策や政治経済社会の腐敗ぶりなどにも、国家発展のポイントを置いていて、生き生きとした新興国レポートであり、非常に、教えられることが多い良書であると思っている。
コメント
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