「Anti-government protests grip Brazil」
これが、ワシントンポストの記事のタイトルだが、100万人のブラジル人たちが、全土で、正に、内戦さながらの抗議デモを展開しており、国会議事堂がターゲットになるのは当然として、コンフェデの会場にまで押しかけていると言う。
当初は、地下鉄やバスなど公共料金の値上げに反対した若者たちのデモに源を発したようだが、国民たちの、教育や医療など国民生活の向上を無視して、来年のサッカー・ワールドカップに向けて競技場などに膨大な投資を進める政府への鬱積した不満が一挙に爆発した結果だと言う。
この口絵写真は、ルセフ大統領が就任直後に汚職塗れの閣僚を9人も更迭しなければならなかった時の、エコノミストの記事からの借用だが、古色蒼然としたラテン気質的な政治腐敗やアミーゴ縁故社会的な保守反動社会への国民の開花と目覚めの兆しとも言えようか。
BRIC'sの文字の真っ先のブラジルだが、経済大国であるとしても、前近代的な政治経済社会体制の遅れとグローバルスタンダードとの乖離が、福祉重視のブラジル人気質と相いれないのかも知れないが、金もないのに、ワールドカップやオリンピックなどの国威発揚に、膨大な金を注ぎ込むのではなく、もっと、足元を見よと言う国民の意思の表れでもある。
いずれにしろ、熱狂はするが、激昂したり激しくプロテストしたりするようなことのなかったブラジル人が、自分たちの税金がどのように使われているのか、不明朗極まりない腐敗政治から決別すべきだと目覚め始めた国民の強烈なプロパガンダだと言うことであろう。
暴動と言えば、もっと、酷くて、オリンピックに立候補したことさえ忘れて、内戦状態になっているのがトルコで、反政府デモの発端は、イスタンブール中心部に残された数少ない緑地であるゲジ公園の再開発計画だったが、非人道的な警察の行動や、相談もなく強引に進められる巨大計画など、エルドアン首相が国の統治に用いているイスラム教義を押し付けようとする権威主義的な施政に対する若者たちの憤懣が爆発したのだと言う。
エコノミスト誌が、”このトルコの混乱を、イスラム主義と民主主義が共存できないことを示す新たな証拠と見る人もいる。だが、エルドアン首相の宗教性は、問題の要点ではない。この一連の事態の本当の教訓は、権威主義に関わるものだ。オスマン帝国のスルタン(皇帝)のように振る舞う中流の民主主義者に、トルコは我慢ができないのだ。”と書いているが、アタチュルクとはちがうということであろうか.
最近のもう一つの激しい動きは、インドネシアでの石油値上げへの国民のデモである。
インドネシア政府の「4月から石油燃料を約33%値上げする」との発表に反対して、市民・労組員・学生らによるデモが各地で起こって、ジャカルタで数千人規模の抗議デモが街頭に展開され、警官1万4000人が警備にあたったと報道されていた。
ブラジルもトルコもインドネシアも、アメリカの投資会社が、成長著しい新興国の雄として持ち上げ過ぎている国々だが、政治経済社会体制が、発展段階にあって、非常に脆弱なので、簡単に、国民の激しい抗議行動が勃発して、深刻な社会不安を引き起こす。
投資有望国であっても、それは平時のことであって、カントリー・リスクは、極めて高い。
冷戦時代には、海外投資をするためには、真っ先に、その投資先のカントリー・リスクを調査して、リスクの高いところへの投資は避けたのだが、今日では、グローバリゼーションの流布と世界のフラット化によって、殆ど、ホスト国のカントリー・リスクを心配しなくなっている。
しかし、中国の反日暴動やアンチ・ジャパニーズ・センチメントを警戒して、日本企業が、中国から投資を引き上げるケースが出てきたように、これからは、益々、政情の不安定な民主主義の未成熟な国や地域への投資や進出には、十分に注意すべきであろう。
その点では、もう少し成熟した先進国では、いくら、政治経済社会情勢が深刻でも、激しい暴動に行くことは、比較的少ない。
その筆頭は、失業率が20%をはるかに超えていて、若年労働者の56%が失業していると言うスペインであろうか。
若年労働者の失業率の高さは、EUを始め世界的な傾向だが、それにしても、過半数以上の若者に職がないと言うのは、異常を通り越しており、本来なら、国中が騒乱状態になっていても不思議ではない筈である。
アメリカや日本なども、深刻さに対する反発係数が、極めて低い国かも知れない。
さて、なぜこれ程までに、強烈なデモが頻発して、全土に渡って騒乱状態が展開されるのか。
これは、アラブの春で独裁者たちによる専制政治が一挙に崩壊したように、ICT革命、特に、ツイッターやフェイスブックなどによるソーシャル・ネットワーク革命によって国民のマス行動を可能にしたからである。
このように規模が大きくて高度な組織統制システムを持つのは、これまでは、政府や軍隊だけであったのだが、安くてかつ簡単に容易に大衆を動員できるICTシステムが普及したことによって、一般市民が持つようになったからであろう。
今や、何事であれ、情報を隠蔽することなどは極めて難しくなり、中央からの統制などは殆ど不可能になってしまった。
騒乱状態にあるシリア政府は、当初、外国のネットワーク、テレビ局の国内での取材を禁止すれば、反政府勢力に対する残虐行為が国外に漏れる気遣いはないと考えていたのだが、SNNと称するウエブサイトの立上げによって、アサド政権が自国民を虐殺している動画が流布し始めて、多くの外国メディアがこれを取り上げて、一挙に国際問題となった。
多数の携帯電話やワイヤレス接続が可能となり、何処の僻地からでも僅かな費用でSNNのような簡易放送局のような簡便な情報発信システムが構築でき、個人のパソコンや携帯端末が、全世界への情報発信基地になってしまった。
アサド政権も、電気がそうであるように、携帯電話網などをすべて遮断するなどは出来なくなって、手の打ちようがなくなってしまったのだが、これこそ、フラット化する世界2.0の威力だと、フリードマンは説いている。
四半世紀前のベルリンの壁崩壊の時には、東欧諸国の民衆たちは、無線ラジオで、西欧の情報をキャッチして革命を起こしたと言うのだが、今の情報革命の威力は桁違いに大きくて強力である。
さて、わが日本の隣国中国などの民主化の進展は、どうであろうか。
案外、時間の問題かも知れない。
これが、ワシントンポストの記事のタイトルだが、100万人のブラジル人たちが、全土で、正に、内戦さながらの抗議デモを展開しており、国会議事堂がターゲットになるのは当然として、コンフェデの会場にまで押しかけていると言う。
当初は、地下鉄やバスなど公共料金の値上げに反対した若者たちのデモに源を発したようだが、国民たちの、教育や医療など国民生活の向上を無視して、来年のサッカー・ワールドカップに向けて競技場などに膨大な投資を進める政府への鬱積した不満が一挙に爆発した結果だと言う。
この口絵写真は、ルセフ大統領が就任直後に汚職塗れの閣僚を9人も更迭しなければならなかった時の、エコノミストの記事からの借用だが、古色蒼然としたラテン気質的な政治腐敗やアミーゴ縁故社会的な保守反動社会への国民の開花と目覚めの兆しとも言えようか。
BRIC'sの文字の真っ先のブラジルだが、経済大国であるとしても、前近代的な政治経済社会体制の遅れとグローバルスタンダードとの乖離が、福祉重視のブラジル人気質と相いれないのかも知れないが、金もないのに、ワールドカップやオリンピックなどの国威発揚に、膨大な金を注ぎ込むのではなく、もっと、足元を見よと言う国民の意思の表れでもある。
いずれにしろ、熱狂はするが、激昂したり激しくプロテストしたりするようなことのなかったブラジル人が、自分たちの税金がどのように使われているのか、不明朗極まりない腐敗政治から決別すべきだと目覚め始めた国民の強烈なプロパガンダだと言うことであろう。
暴動と言えば、もっと、酷くて、オリンピックに立候補したことさえ忘れて、内戦状態になっているのがトルコで、反政府デモの発端は、イスタンブール中心部に残された数少ない緑地であるゲジ公園の再開発計画だったが、非人道的な警察の行動や、相談もなく強引に進められる巨大計画など、エルドアン首相が国の統治に用いているイスラム教義を押し付けようとする権威主義的な施政に対する若者たちの憤懣が爆発したのだと言う。
エコノミスト誌が、”このトルコの混乱を、イスラム主義と民主主義が共存できないことを示す新たな証拠と見る人もいる。だが、エルドアン首相の宗教性は、問題の要点ではない。この一連の事態の本当の教訓は、権威主義に関わるものだ。オスマン帝国のスルタン(皇帝)のように振る舞う中流の民主主義者に、トルコは我慢ができないのだ。”と書いているが、アタチュルクとはちがうということであろうか.
最近のもう一つの激しい動きは、インドネシアでの石油値上げへの国民のデモである。
インドネシア政府の「4月から石油燃料を約33%値上げする」との発表に反対して、市民・労組員・学生らによるデモが各地で起こって、ジャカルタで数千人規模の抗議デモが街頭に展開され、警官1万4000人が警備にあたったと報道されていた。
ブラジルもトルコもインドネシアも、アメリカの投資会社が、成長著しい新興国の雄として持ち上げ過ぎている国々だが、政治経済社会体制が、発展段階にあって、非常に脆弱なので、簡単に、国民の激しい抗議行動が勃発して、深刻な社会不安を引き起こす。
投資有望国であっても、それは平時のことであって、カントリー・リスクは、極めて高い。
冷戦時代には、海外投資をするためには、真っ先に、その投資先のカントリー・リスクを調査して、リスクの高いところへの投資は避けたのだが、今日では、グローバリゼーションの流布と世界のフラット化によって、殆ど、ホスト国のカントリー・リスクを心配しなくなっている。
しかし、中国の反日暴動やアンチ・ジャパニーズ・センチメントを警戒して、日本企業が、中国から投資を引き上げるケースが出てきたように、これからは、益々、政情の不安定な民主主義の未成熟な国や地域への投資や進出には、十分に注意すべきであろう。
その点では、もう少し成熟した先進国では、いくら、政治経済社会情勢が深刻でも、激しい暴動に行くことは、比較的少ない。
その筆頭は、失業率が20%をはるかに超えていて、若年労働者の56%が失業していると言うスペインであろうか。
若年労働者の失業率の高さは、EUを始め世界的な傾向だが、それにしても、過半数以上の若者に職がないと言うのは、異常を通り越しており、本来なら、国中が騒乱状態になっていても不思議ではない筈である。
アメリカや日本なども、深刻さに対する反発係数が、極めて低い国かも知れない。
さて、なぜこれ程までに、強烈なデモが頻発して、全土に渡って騒乱状態が展開されるのか。
これは、アラブの春で独裁者たちによる専制政治が一挙に崩壊したように、ICT革命、特に、ツイッターやフェイスブックなどによるソーシャル・ネットワーク革命によって国民のマス行動を可能にしたからである。
このように規模が大きくて高度な組織統制システムを持つのは、これまでは、政府や軍隊だけであったのだが、安くてかつ簡単に容易に大衆を動員できるICTシステムが普及したことによって、一般市民が持つようになったからであろう。
今や、何事であれ、情報を隠蔽することなどは極めて難しくなり、中央からの統制などは殆ど不可能になってしまった。
騒乱状態にあるシリア政府は、当初、外国のネットワーク、テレビ局の国内での取材を禁止すれば、反政府勢力に対する残虐行為が国外に漏れる気遣いはないと考えていたのだが、SNNと称するウエブサイトの立上げによって、アサド政権が自国民を虐殺している動画が流布し始めて、多くの外国メディアがこれを取り上げて、一挙に国際問題となった。
多数の携帯電話やワイヤレス接続が可能となり、何処の僻地からでも僅かな費用でSNNのような簡易放送局のような簡便な情報発信システムが構築でき、個人のパソコンや携帯端末が、全世界への情報発信基地になってしまった。
アサド政権も、電気がそうであるように、携帯電話網などをすべて遮断するなどは出来なくなって、手の打ちようがなくなってしまったのだが、これこそ、フラット化する世界2.0の威力だと、フリードマンは説いている。
四半世紀前のベルリンの壁崩壊の時には、東欧諸国の民衆たちは、無線ラジオで、西欧の情報をキャッチして革命を起こしたと言うのだが、今の情報革命の威力は桁違いに大きくて強力である。
さて、わが日本の隣国中国などの民主化の進展は、どうであろうか。
案外、時間の問題かも知れない。