熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

狂言「文荷」能「藤」を観て神保町、そして「国立名人会」

2013年06月05日 | 今日の日記
    今日は、観劇日と言うことにして、午後一番に、国立能楽堂に行って、狂言「文荷」能「藤」を鑑賞して、夜は、国立演芸場で、「国立名人会」で、トリは、落語協会会長の柳家小三治である。
   国立能楽堂主催の公演は、都合がつけば、毎回出かけているので、今日は、謂わば、今月の初日で、入場すれば、真っ先に、6月号のプログラムを買って読む。
   事前には、大概、演目の関係資料を見て、勉強して行くのだが、今回の能「藤」については、かなり持っている私の関係書籍には殆ど記されていないので、こんな場合には、詞章もあり、非常に丁寧に説明がされているプログラムが、重宝する。

   狂言の「文荷」は、こともあろうに、恋文を、主人に託された太郎冠者と次郎冠者が、恋の重荷だと竹竿にかついで謡いながら届けに行くのだが、途中で中身が読みたくなって読むうちに奪い合って手紙が千切れてしまう。
   風の便りだからと、扇であおいでいるところへ、帰りが遅いので見に来た主人に、見つかって、唾で張り付けた手紙を返事だと言って渡して逃げるのを、主人が追っ駆けて幕。

   これは、能の「恋重荷」のパロディ版と言うべきで、深刻な恋煩いの能とは雲泥の差で、恋し恋しとこれだけ書いてあれば小石でも重い筈だと言った駄洒落の連発だが、この恋文だが、実は、女性ではなく、稚児への手紙であるところが面白い。
   先月、この国立能楽堂で、片山幽雪の「関寺小町」を観たのだが、この時も、関寺の住僧たちが寵愛する稚児を連れて登場し、老女小町が、稚児に酒を注がれてほろりとして優雅な舞に触発されてよろよろしながらも、五節の舞を思いながら舞うと言うシーンがあるのだが、当時、乙女のように初々しく着飾った稚児に思いを馳せると言う男色趣味が普通であった名残であろうか。

   あのプラトニック・ラブ(Platonic love)だが、今では、「肉体的な欲求を離れた、精神的な愛」と言うことになってはいるが、元々は、「プラトン的な愛」と言うことで、男同士の愛で、
   ウイキペディアによると、プラトンの時代にはパイデラスティアー(paiderastia、少年愛)が一般的に見られ、プラトン自身も男色者として終生「純潔」というわけではなかった。プラトンは『饗宴』の中で、男色者として肉体(外見)に惹かれる愛よりも精神に惹かれる愛の方が優れており、更に優れているのは、特定の1人を愛すること(囚われた愛)よりも、美のイデアを愛することであると説いた。と言うことで、洋の東西を問わず、男色趣味が普遍であるのが面白い。
   義満と世阿弥、信長と蘭丸の男色関係は、有名である。

   話が脱線して長くなったが、能の「藤」だが、旅の僧(ワキ/森 常好)が、越中の多祜の浦の岸辺に爛漫と咲き乱れる藤の花を眺めながら古歌を詠ずると、美しい女人(シテ/里の女 梅若万三郎)が現れて、万葉集などの藤に因む和歌を語るうちに夕映えの花影に消えて行くと言う幻想的なシーン。
   月の出とともに、藤の花の精が美しい姿で現れて、四季の移ろいと花の美を語りながら序ノ舞を舞って、曙の薄明かりに消えて行く。
   藤の花を飾った天冠を頂き、藤色の装束に黄色い綺麗な衣を身につけた幽玄な能面の藤の精の美しさは格別で、序ノ舞の優雅さも感動的である。

   さて、次は、半蔵門で下りて、国立演芸場だが、時間があったので、どうしても、何時もの習慣で神保町で沈没して、書店めぐり。
   膨大な新しい本が出ているのだが、興味のある本のコーナーは決まっていて、判で押したように、同じルートを辿っている。
   買った本は、
   経営イノベーション50研究会編「競争に勝つ条件」
   藤原帰一著「戦争の条件」

   少し時間があったので、スターバックスよりマックの方が空いていそうだったので、マックに入って、読書しながら、小休止。

   さて、国立演芸場は、満員御礼で、何時もの、上席、中席の日とは違って、場内は一杯で、開演前まで、外で時間を待った。

   月に最低一度くらいは、落語を聞きに、この演芸場や他の演芸場に行っているのだが、まだ、それ程、年季が入っていないので、初歩の初歩と言うところだが、この頃、噺家は、実に話が上手くて、飽きさせない話術の冴えに吃驚している。
   関西にいた時には、漫才が主体だったが、東京は、演芸場では殆ど落語だし、まだ、面白い漫才を聞いていないので、最近では、落語の方に魅力を感じている。
   本題の古典落語の面白さもそうだが、落語の演題に合ったまくらも面白いのだが、カレント・トピックスをアレンジしたり、自分の経験や思いを適当にあしらって語るまくらの面白さも興味津々で、全く、他愛無くて、毒にも薬にもならない無駄話が多いのだが、それはそれで、一幅の清涼剤となって楽しめるのである。

   
   女性初の真打だった古今亭菊千代が、西行の歌道の旅での噺で「鼓が滝」
   信用金庫で働いていたと言う柳家〆治は、千葉のお大尽を嫌って会わない花魁が死んだと言って若い衆にお墓に行かせるのだが、いい加減な墓ばかり案内して、どの墓だと言われて、よろしいのをお見立てを、と言う「お見立て」
   面白いのは、「井戸の茶碗」を語った金原亭伯楽が、柳家小三治が、18人抜きで真打に昇進した時に、抜かれた18人が可哀そうだと言うので、次の会長が全員真打を乱発して、追加で真打になったのが、自分と林家木久扇だったと言って、その内幕本を書いたのが自分で、売店に並んでいると紹介。次の休憩時間に、売店に並んだ客に、「小説・落語協団騒動記」のサイン本を売っていた。
   柳亭小燕枝は、「万金丹」。江戸で食い詰めた二人の風来坊が、俄か坊主になって、住職の留守に葬式を行って、戒名が欲しいと言われて切羽詰って、万金丹の袋を渡して、言い逃れる話で、あの「ちはやぶる・・・」の話の類である。
   もう一つは、翁屋和楽社中の「曲芸」。

   最後は、大御所の柳家小三治の十八番とも言うべき「やかんなめ」。
   出囃子に乗って登場した瞬間から、観客の熱い期待と緊張感で場内は熱気を帯びるのであるから流石である。
   まくらは、同窓会の話から、「僕誰だか覚えている?」と言って来るのが一番困るんだと言いながら、本題が、「やかんをなめれば、癪が治る」と言う「癪の合い薬」の話であるから、ひとしきり、合い薬など薬の話などをするのだが、あっちこっち脱線して、本題に入ったのは、終演予定時間間際で、20分以上もオーバータイムの熱演で、流石に、日本一の噺家だと思って、話術の巧みさに聞き惚れてしまった。

   この話は、向島に梅見物に出かけた大家の奥様が途中で癪を起して七転八倒。この奥様の癪の合い薬は「やかんなめ」で、あいにくやかんはなかったが、通りかかったお侍の頭がやかんそっくり。決死の覚悟で、侍に頭を舐めさせてくれと頭を下げる女中と、無礼打ちだとカンカンになって怒る侍、笑い転げる侍の連れ、この錯綜した息詰まるような一部始終を、小三治は、舞台で頭を擦り付けたり仰け反ったり、百面相の表情よろしく、熱演の限りを尽くして感動ものである。
   仕方なく許した頭を、奥様は、侍の頭にしがみついて必死になって舐め回してかぶりつき、
   後で、侍の頭がヒリヒリと痛むので、連れの者に見させると頭に歯形がくっきり。「キズは残っていますが、漏(も)ってはいません」。と言うのがオチだが、とにかく、凄まじい。

   この話、侍ではなく、二人連れの江戸っ子と言うバージョンもあるようだが、やはり、侍だからこそ、面白いのであろうと思う。
   家に帰ったら、11時を回っていたが、面白かった。

 



   
コメント
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