熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立劇場・・・3月歌舞伎「増補忠臣蔵」「梅雨小袖昔八丈」

2018年03月20日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月の歌舞伎は、2本立て。「増補忠臣蔵(ぞうほちゅうしんぐら)本蔵下屋敷」「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)髪結新三」である。

   意欲的な作品だが、人間国宝の吉右衛門や菊五郎の出演する大舞台と違って、役者が小粒と言うことなのであろうか、空席が目立って寂しい。
   出演者は、次の通り。
   『増補忠臣蔵』
桃井若狭之助   中村鴈治郎
三千歳姫     中村梅枝
井浪伴左衛門   市村橘太郎
加古川本蔵    片岡亀蔵 ほか
   『梅雨小袖昔八丈』
髪結新三      尾上菊之助
白子屋手代忠七   中村梅枝
下剃勝奴      中村萬太郎
紙屋丁稚長松    寺嶋和史
家主女房お角    市村橘太郎
車力善八      尾上菊市郎
白子屋下女お菊   尾上菊史郎
白子屋娘お熊    中村梅丸
家主長兵衛     片岡亀蔵
加賀屋藤兵衛    河原崎権十郎
白子屋後家お常   市村萬次郎
弥太五郎源七    市川團蔵 ほか  

   『増補忠臣蔵』は『仮名手本忠臣蔵』の増補作品で、桃井若狭之助とその家老・加古川本蔵の絆を描いた作品で、『仮名手本忠臣蔵』の九段目「山科閑居」で、虚無僧姿の本蔵が大星由良之助を訪ねる前日譚である。
   高師直に賄賂を与えて主君若狭之助の命を救った本蔵は、そのとばっちりを受けて刃傷に及んだ塩冶判官を背後から抱きかかえて制止した張本人。
   塩冶判官の本懐を遂げるべく仇討に向かう大星由良之助の息子大星力弥と本蔵の息女小浪とは許嫁関係であり、破談を回避して娘の願いを叶えるために、本蔵は、力弥に討たれるべく山科の大星邸に向かう、その前日の若狭之助との感動的な別れの一幕である。

   加古川本蔵行国は、実説忠臣蔵にはない架空の人物であるが、この『仮名手本忠臣蔵』では、非常に重要な登場人物であり、特に、名舞台である九段目「山科閑居」では、座頭役者が演じる最もドラマチックな舞台である。

   今回の舞台では、賂大名として揶揄されて苦悩する若狭之助が、本蔵お手打ちに見せかけて、奸臣の井浪伴左衛門 を一刀のもとに切り捨てて、本蔵に本心を吐露して感謝する主従の最後の邂逅とも言うべき感動的なシーンである。
   娘可愛さに死を決している本蔵の本心を見抜いて、若狭之助は、暇を与えて、選別に虚無僧衣装一式と高師直邸の絵図面を与える。
   正に、九段目「山科閑居」の複線であり、続けて観れば、よく分かって面白いと思う。

   明治30年(1897)12月京都南座で、初代中村鴈治郎が若狭之助を勤めて好評を博し、その後、二代目中村鴈治郎に引き継がれ、三代目中村鴈治郎(現・坂田藤十郎)も平成11年7月に大阪松竹座で手掛け、東京の大劇場では65年ぶりの上演となる今回、当代の中村鴈治郎が初役で勤める。と言う4代継承の舞台である。
   NINAGAWA十二夜の舞台で、翫雀時代に、七つ道具を背負ったコミカルタッチの右大弁安藤英竹を演じるなど、個性豊かな芸域も広い鴈治郎にとっては、久しぶりの目も覚めるような風格と威厳のある殿様ぶりで、やはり、上方役者4代の値打はある。
   登場人物の少ない1時間の1幕ものだが、三千歳姫の中村梅枝、井浪伴左衛門の市村橘太郎、加古川本蔵の片岡亀蔵 夫々、適役で上手い。
   特に、片岡亀蔵は、「髪結新三」で、家主長兵衛を演じていて、あくの強い個性的なマスクとキャラクターを生かして、大活躍で、魅力全開であった。

   髪結新三は、材木問屋白子屋の娘・お熊の婿取りの話を知って、お熊と恋仲の手代・忠七に駆け落ちを唆してお熊を誘拐し、身代金を得ようと企む。
   婿取り話を進めた善八の依頼で、お熊を引き取りに来た名うての親分・弥太五郎源七を威勢よくやり込めて突っ返して悪の凄みを見せたものの、老獪な家主・長兵衛には歯が立たたずコテンパンややられて説得されて、示談金30両の半分を、片身をやると言った初ガツオの話に託けて、かすめ取られると言うストーリー。

   とにかく、悪賢くて悪どいチンピラヤクザ風の新三が、人生酸いも辛いも知った老獪な大家に、徐々に遣り込められて行くと言う落差の激しさが面白い。
   前半は、新三の傍若無人な人を人とも思わない、しかし、姑息な悪の凄さが、平凡な庶民を窮地に追い込むのだが、後半は、強がりを屁とも思わない老獪な大家に、自己流の論理が通用せず、手玉に取られて、頭の回転の止まった新三の狼狽ぶりと陥落。
   ところが、この談判中に、大家の家に泥棒が入って、盗まれた金品と、自分からせしめた15両を差し引いて、大家が大損したと知って留飲を下げるあたりなどは、新三のチンピラのチンピラたる所以で、正に、落語の世界。

   この舞台は、明治6年(1873)6月中村座の初演で五代目菊五郎が髪結新三を演じ、さらに六代目尾上菊五郎が練り上げて持ち役とし、当代の尾上菊五郎も継承し、今回、五代目以来受け継がれてきた新三を、菊五郎の監修の下、尾上菊之助が初役で演じる。と言う、すなわち、4代の舞台である。

   これまでに、勘三郎や三津五郎の髪結新三を観ていて、面白かったと言う印象が強いのだが、菊之助の新三は、非常に、ダイナミックでメリハリの利いた威勢の良い新三
で、溌溂とした江戸の粋と言うか、上方とは違った悪の華の華やかさがあって、非常に楽しませて貰った。
   これも、鴈治郎の舞台同様に、艶やかな美しい女方の菊之助のイメージの方が強いので、菊之助の新境地を観た思いである。
   今回、髪結新三の尾上菊之助の長男・寺嶋和史が、「白子屋見世先」に紙屋丁稚長松として登場しており、可愛くて器用な舞台を見せていて観客は大喜び。
   何しろ、人間国宝の菊五郎と吉右衛門の孫であり、世襲が命とも言うべき梨園のことであるから、将来、どんな至芸を見せてくれるか末恐ろしい限りである。
   
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