ノーム・チョムスキーの新著だが、トランプが大統領選挙に勝利した直後に書かれた本なので、非常に、示唆に富んでいて面白い。
チョムスキーは、1996著の「 Perspectives on Power」で、自身の立ち位置を、「啓蒙主義や古典的自由主義に起源を持つ、中核的かつ伝統的なアナキズム」と称しているようだが、この本を読む限り、少し左に寄ったリベルリストと言った感じで、私など、彼の論点には、それ程違和感を感じていない。
経済学者としては、スティグリッツやクルーグマンを評価しており、グローバリゼーションなどの展開も含めて経済的な議論においても、踏襲している。
まず、国民にとって悪しき政府についてだが、政府は自分たちの正しさを立証できなければ、国民は、その政府を倒す権利があり、そうすべき義務を持っている。正当性のない政府を倒し、自由と正義の領域を拡張するのが、我々の義務であり、それに参画し、献身・努力することが、国民の一つの仕事であり、それは、単に政府の悪行を規制し、政府の悪行に歯止めをかけるだけではなく、政府の存在意義を問うことにもなる。
これは、18世紀ヨーロッパの啓蒙思想や古典的な民主主義思想から、直接流れてくる自由の伝統に由来するもので、これはまた、無政府主義(アナーキズム)の核心をなす原理で、民主主義の一つの表れである。
無政府主義は、自由民主主義の対極にあるのではなく、その一翼を担うものであって、同じ問題を別のやり方で取り組もうとしているに過ぎず、「政策の決定は、その決定に関心を持ち、その決定の影響を受ける人たちの手に委ねられるべきである」と言う考えで、公民権等の進歩はそのようなもので、これを進歩として認識している。と言っている。
この考え方が、先に記したチョムスキーの思想的背景なのだが、自分もそのような活動に人生を捧げて来たが、残念ながら、キング牧師やマルコムXのような偉大な組織者としての才能を持ち合わせていなかった。と述懐しながら、
重要なのは、一人の偉大な指導者ではなく、名もない無数の小さな活動の積み重ねであり、そのような人たちが歴史に残るような大きな出来事の土台を築いてきた。そのような名もなき人たちこそが、何事かを成し遂げた人たちであり、将来においても何事かをなす人たちである。と、若者たちに檄を飛ばして結んでいる。
チョムスキーは、アメリカ社会は、政治も経済も、他人を犠牲にしながら個人的利益を最大化しようとする欲望と貪欲を良しとする価値観に基づいた富裕層によって支配されている社会であって、これが、世界に跨るとなると、いずれ大規模な自滅に向かうことになるだろうと言っているのだが、アメリカ社会の富者・強者が、弱者から、と言うよりも、社会全体から、如何に悪どい権謀術数を駆使して、権力と富を集積するために収奪し続けてきたかを、本書の大半を費やして論じていて凄まじい。
さて、現実的な議論だが、
現在のアメリカ政府の政策は、国家権力と社会を支配する一部の特権階級、主として大企業の経営者などの要求を実行するために決められてきた。国民の利益・福祉は、二の次おろか全く無視され、国民の政府の諸機関や政治制度に対する強い敵意・反発を招いている。
大統領や大企業に対する嫌悪、さらには銀行に対する憎しみ、などが全土に広がり、民衆の様々な運動や活動が広まって来ている。
しかし、この怒りや憎しみが、間違った標的に向けられて、その目指す方向が、自己破壊的なものである。
その例が、トランプの登場だと言って、トランプおよび共和党を、コテンパンに批判している。
その前に、興味深いチョムスキーの見解は、アメリカで本当に正直で夢想家が登場した場合、社会に溜まりに溜まっていた不安や怒りが沸騰して、その不安や怒りが、社会を腐敗させている人物ではなく、ヒットラーがそうしたように、お門違いの弱者に向けられかねないと言うことである。
トランプは、十分に考えた理想を持っているとは思えないので、私心を忘れた夢想家と言うイメージに合致しないが、しかし、あらゆることに怒りを感じている民衆から巨大な支持を得た。相手の政治家を口汚く罵れば罵るほど人気が上がり、この現象は、「民衆のなかに広く深く溜まった激怒」である。
トランプを支持したのは、新自由主義が荒れ狂って、失業と貧窮のどんど底に貶められて社会から疎外された白人の労働者や中産階級でも特に収入の低い人たちであり、その多くは、オバマの「希望と変化」と言う殺し文句に幻惑されて支持したものの、無為のオバマに裏切られて幻滅した人々であり、その結果、オバマとは違った希望と変化を与えてくれたもう一人の「詐欺師」に引き付けられたのである。と言う。
その幻想が崩壊した時、どんな恐ろしい反動が待ち受けているのか。
私は、何回か、このブログで、トランプの経済政策の失敗の可能性と、強者・富者最優先の共和党が、弱者に良かれとする政策など打つはずがないので、必ず、トランプを支持した白人労働者たちの夢なり期待は裏切られるであろうと書いてきた。
アメリカ経済は、現在、失業率も低く、かなり、好調だが、ラストベルトの人々が、職を得て、生活の復興を実現できているのかどうかは分からないが、富の集中と格差の拡大、アメリカ民主主義と資本主義の危機など、根本的な問題が解決されずに、一層悪化を続けていることは事実のようなので、反動の起こり得る可能性は、大きいであろうと思う。
さて、先の選挙で、トランプの共和党政権に加えて、上下両院の議会も共和党支配となった。
チョムスキーは、共和党は、全速力で、人類を破壊の道へと促してきているから、世界史上最も危険な組織であるとまで言う。
石炭を含めた化石燃料の使用を増加し、企業に課されている様々な規制を緩和し、持続的エネルギー政策へ向かいつつある発展途上国への援助を拒否し、気候変動への世界環境会議への拒否、・・・共和党は、人類を破局へと言う崖っぷちに全速力で追い込みつつある。と言って、特に、環境問題への反動を強烈に糾弾して、
人間は、「種」として存続できるかを問うている。
この本は、「アメリカンドリームへのレクイエム」 鎮魂歌であり、「富と権力の集中への10原理」と言うわけで、10章にわたって、富と権力が、強者・富者に集中し続けて行くアメリカ社会の病巣を鋭く抉り出している。
貧しいヨーロッパから移民の著者の父は、劣悪なブラック企業まがいの工場で働きながら、大学を出て博士号を得た故に、一定限度の富と権利と自由と独立を達成することが出来たのだが、
今や、学費が異常に高騰して、奨学金や学資借金の重荷で、多くの若者が苦渋に喘いでいると言うのだが、こんな意味からも、アメリカンドリームは終わりつつあるのだと言う。
日本以上に、学歴社会のアメリカ、
大学を出なければ、どんどん蹴落とされて行く社会で、大学に行けなければどうするのか、チョムスキーは、教育問題に鋭く切り込んでいる。
チョムスキーは、1996著の「 Perspectives on Power」で、自身の立ち位置を、「啓蒙主義や古典的自由主義に起源を持つ、中核的かつ伝統的なアナキズム」と称しているようだが、この本を読む限り、少し左に寄ったリベルリストと言った感じで、私など、彼の論点には、それ程違和感を感じていない。
経済学者としては、スティグリッツやクルーグマンを評価しており、グローバリゼーションなどの展開も含めて経済的な議論においても、踏襲している。
まず、国民にとって悪しき政府についてだが、政府は自分たちの正しさを立証できなければ、国民は、その政府を倒す権利があり、そうすべき義務を持っている。正当性のない政府を倒し、自由と正義の領域を拡張するのが、我々の義務であり、それに参画し、献身・努力することが、国民の一つの仕事であり、それは、単に政府の悪行を規制し、政府の悪行に歯止めをかけるだけではなく、政府の存在意義を問うことにもなる。
これは、18世紀ヨーロッパの啓蒙思想や古典的な民主主義思想から、直接流れてくる自由の伝統に由来するもので、これはまた、無政府主義(アナーキズム)の核心をなす原理で、民主主義の一つの表れである。
無政府主義は、自由民主主義の対極にあるのではなく、その一翼を担うものであって、同じ問題を別のやり方で取り組もうとしているに過ぎず、「政策の決定は、その決定に関心を持ち、その決定の影響を受ける人たちの手に委ねられるべきである」と言う考えで、公民権等の進歩はそのようなもので、これを進歩として認識している。と言っている。
この考え方が、先に記したチョムスキーの思想的背景なのだが、自分もそのような活動に人生を捧げて来たが、残念ながら、キング牧師やマルコムXのような偉大な組織者としての才能を持ち合わせていなかった。と述懐しながら、
重要なのは、一人の偉大な指導者ではなく、名もない無数の小さな活動の積み重ねであり、そのような人たちが歴史に残るような大きな出来事の土台を築いてきた。そのような名もなき人たちこそが、何事かを成し遂げた人たちであり、将来においても何事かをなす人たちである。と、若者たちに檄を飛ばして結んでいる。
チョムスキーは、アメリカ社会は、政治も経済も、他人を犠牲にしながら個人的利益を最大化しようとする欲望と貪欲を良しとする価値観に基づいた富裕層によって支配されている社会であって、これが、世界に跨るとなると、いずれ大規模な自滅に向かうことになるだろうと言っているのだが、アメリカ社会の富者・強者が、弱者から、と言うよりも、社会全体から、如何に悪どい権謀術数を駆使して、権力と富を集積するために収奪し続けてきたかを、本書の大半を費やして論じていて凄まじい。
さて、現実的な議論だが、
現在のアメリカ政府の政策は、国家権力と社会を支配する一部の特権階級、主として大企業の経営者などの要求を実行するために決められてきた。国民の利益・福祉は、二の次おろか全く無視され、国民の政府の諸機関や政治制度に対する強い敵意・反発を招いている。
大統領や大企業に対する嫌悪、さらには銀行に対する憎しみ、などが全土に広がり、民衆の様々な運動や活動が広まって来ている。
しかし、この怒りや憎しみが、間違った標的に向けられて、その目指す方向が、自己破壊的なものである。
その例が、トランプの登場だと言って、トランプおよび共和党を、コテンパンに批判している。
その前に、興味深いチョムスキーの見解は、アメリカで本当に正直で夢想家が登場した場合、社会に溜まりに溜まっていた不安や怒りが沸騰して、その不安や怒りが、社会を腐敗させている人物ではなく、ヒットラーがそうしたように、お門違いの弱者に向けられかねないと言うことである。
トランプは、十分に考えた理想を持っているとは思えないので、私心を忘れた夢想家と言うイメージに合致しないが、しかし、あらゆることに怒りを感じている民衆から巨大な支持を得た。相手の政治家を口汚く罵れば罵るほど人気が上がり、この現象は、「民衆のなかに広く深く溜まった激怒」である。
トランプを支持したのは、新自由主義が荒れ狂って、失業と貧窮のどんど底に貶められて社会から疎外された白人の労働者や中産階級でも特に収入の低い人たちであり、その多くは、オバマの「希望と変化」と言う殺し文句に幻惑されて支持したものの、無為のオバマに裏切られて幻滅した人々であり、その結果、オバマとは違った希望と変化を与えてくれたもう一人の「詐欺師」に引き付けられたのである。と言う。
その幻想が崩壊した時、どんな恐ろしい反動が待ち受けているのか。
私は、何回か、このブログで、トランプの経済政策の失敗の可能性と、強者・富者最優先の共和党が、弱者に良かれとする政策など打つはずがないので、必ず、トランプを支持した白人労働者たちの夢なり期待は裏切られるであろうと書いてきた。
アメリカ経済は、現在、失業率も低く、かなり、好調だが、ラストベルトの人々が、職を得て、生活の復興を実現できているのかどうかは分からないが、富の集中と格差の拡大、アメリカ民主主義と資本主義の危機など、根本的な問題が解決されずに、一層悪化を続けていることは事実のようなので、反動の起こり得る可能性は、大きいであろうと思う。
さて、先の選挙で、トランプの共和党政権に加えて、上下両院の議会も共和党支配となった。
チョムスキーは、共和党は、全速力で、人類を破壊の道へと促してきているから、世界史上最も危険な組織であるとまで言う。
石炭を含めた化石燃料の使用を増加し、企業に課されている様々な規制を緩和し、持続的エネルギー政策へ向かいつつある発展途上国への援助を拒否し、気候変動への世界環境会議への拒否、・・・共和党は、人類を破局へと言う崖っぷちに全速力で追い込みつつある。と言って、特に、環境問題への反動を強烈に糾弾して、
人間は、「種」として存続できるかを問うている。
この本は、「アメリカンドリームへのレクイエム」 鎮魂歌であり、「富と権力の集中への10原理」と言うわけで、10章にわたって、富と権力が、強者・富者に集中し続けて行くアメリカ社会の病巣を鋭く抉り出している。
貧しいヨーロッパから移民の著者の父は、劣悪なブラック企業まがいの工場で働きながら、大学を出て博士号を得た故に、一定限度の富と権利と自由と独立を達成することが出来たのだが、
今や、学費が異常に高騰して、奨学金や学資借金の重荷で、多くの若者が苦渋に喘いでいると言うのだが、こんな意味からも、アメリカンドリームは終わりつつあるのだと言う。
日本以上に、学歴社会のアメリカ、
大学を出なければ、どんどん蹴落とされて行く社会で、大学に行けなければどうするのか、チョムスキーは、教育問題に鋭く切り込んでいる。