熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

映画「空飛ぶタイヤ」

2019年08月02日 | 映画
   上映中に映画館に行けなくて、WOWOWで録画した映画「空飛ぶタイヤ」を見たのだが、面白かった。
   「下町ロケット」「半沢直樹」の直木賞作家・池井戸潤の原作で、「抑圧された人々の大逆転劇」で、正論がまかり通る痛快な結末なので、爽快そのものである。
   尤も、私も大企業のビジネスマンであったので、この映画が観客に問い詰めている企業の良心、社会的責任、言い換えれば、コンプライアンスの問題は、実際に経験済みであるので、痛い程分かって、共感に似たものを感じて観ていた。

   製造欠陥が判明した時に、会社として、バレなければ、リコール隠しで押し通して、損害を避けるか、それとも、社会的責任を全うすべく届け出てリコールを実施するか、
   リコール隠しの場合には、経営者の命令で社命として、従業員が良心を殺してでも、この悪事に加担することになるのだが、この映画で描かれているように、個々の社員の思惑や生き方がビビッドに表れて、人間性が滲み出ていて、実に悲しくも切ない。

   物語は、
   冒頭シーンは、走行中のトラックからタイヤが突然外れて空を飛び、歩道を歩いていた母子を直撃して、若い主婦が亡くなったトラック事故。事故を起こした赤松運送会社の社長赤松徳郎(長瀬智也)は、トラックの整備不良を疑われ、世間からもバッシングを受けるのだが、調査や聞き込みの結果、トラックの構造自体の欠陥に気づき、製造元であるホープ自動車に再調査を要求するが、門前払いで埒が明かず、一方、経営悪化で取引銀行から融資を止めれれて会社が窮地に立つ。同じような事故がほかにも起こっていて、製品の欠陥が明らかになっていて、上層部も承知の上で、ホープ自動車は、リコール隠しに奔走する。従業員の生活を守るために必死に駆けずり回って製品欠陥の状況証拠を追求し続ける赤松と、ことの重大性を知ったホープ自動車のカスタマー戦略課の沢田悠太課長(ディーン・フジオカ)たちの内部告発で、警察が動き出して、常務取締役の狩野威(岸部一徳)が逮捕されて幕。

   この映画の主人公は、勿論、赤松運送社長の赤松徳郎役の長瀬智也、文句なしに上手い。
   面白いのは、赤松からの執拗な問い合わせを受けても逃げ続けていたホープ自動車のカスタマー戦略課長・沢田悠太役のフジオカで、出世を考えていた普通の社員から、同僚の意味深な問い合わせから問題があるのを察して、品質保証部の小牧に問い合わせて、かってのリコール隠しの説明を受け、品質保証部のネットワーク管理者・杉本元を紹介されて、最後に、左遷された杉本から極秘T会議の記録を収容したパソコンを手渡されて、会社の悪質なリコール隠しの真相を知って、警察に持ち込むと言う良心に目覚める軌跡を上手く演じている。いくら善意になっても、枠を超えられない会社人間としての悲しい性が、見え隠れしていて切ない。

   このほかに、内部告発を聞いた週刊潮流記者の榎本(小池栄子)が赤松に接触して、スクープ記事を書くが、財閥の圧力で没になる話などは、政治がらみの忖度も含めて、報道の節度を疑う良くある話で、定番として面白いし、杜撰な企画故にホープ自動車への融資を渋るホープ銀行の融資担当の江崎(高橋一生)が、榎本の話を聞いて融資を差し止める話など、企業グループ連携の一面が見え隠れしていて、興味深かった。

   それに、魅せてくれるのは、ベテランの活躍で、常務狩野威(岸部一徳)の大企業の巨悪の権化のようなふてぶてしさ、赤松を支える赤松運送専務の笹野高史の何とも言えないしみじみとした町工場の女房役の人間味、赤松に重要情報を切々と訴える地方運送会社の社長野村征治の柄本明、相沢寛久の佐々木蔵之介などの渋い演技は流石である。

   欠陥商品の回収で先鞭をつけたのが、ジョンソン & ジョンソン(Johnson & Johnson)の「タイレノール毒物混入死亡事件」
   1982年、シカゴで、何者かにタイレノール(頭痛薬)に毒物(シアン化合物)が混入されて、7人が死亡するという事件が起きた時に、直ちにアメリカ全土から全てのタイレノールを回収し、異物を混入できない構造に改良した。コストを度外視した、この会社の命運をかけての、膨大な費用と人員を動員した回収劇が、企業理念の実践と危機管理に対する鑑として称賛された。
   今でこそ、企業の社会的責任の追及こそ、企業にとって最大の使命の一つだと言われているが、まだまだ、「悪い奴ほど、良く眠る」世界が横行する。
   Japa as No.1で、世界に雄飛していた頃は、良かったが、バブル崩壊後、失われた何十年が続いて、日本経済が疲弊すると、企業不祥事が後を絶たない。

   会社人間として、悪いことであっても、目を瞑って、社の決定事項に粛々と従って実行すべきかどうか、これほどでなくても、何のために、自分は生きているのかと、問い詰めなければならないことが、会社人生では、結構あって、「すまじきものは宮仕え」と言う武部源蔵の進境になることがある。
   その時、自分はどうするのか。
   To be or not to be, that is the question.
   これが問題である。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする