国連と米コロンビア大学が設立した「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」が、恒例のWorld Happiness Report 2019を発表した。
2019年版の世界幸福度ランキングは、フィンランドが2年連続トップで、日本は先進国で最低の58位、日本人が思うほど、日本は幸せな国ではないのである。
to support well-being: income, healthy life expectancy, social support, freedom, trust and generosity. の6項目を評価するのだが、
日本の評価は、1人当たりのGDPが24位、健康寿命は2位で、まずまずだが、social support, freedom, trust and generosityに至っては、汚職の無さ39位、社会的支援が50位、社会的自由64位、寛容さ92位で、目も当てられないような、惨状であり、文明国から程遠いと宣告されているようなものである。


尤も、私自身は、この評価方法なり、評価結果については、大いに疑問を感じていて、そのまま、鵜呑みにすべきではないと思っている。
例えば、コスタリカが12位で、メキシコ、チリ、グアテマラ、ブラジル、パナマなど中南米諸国の殆どの国が、日本より、遥かにランクが上だとは、信じられないし、UAE、カタール、サウジアラビアなどの中東諸国などにも、後れを取っているとは、どうしても思えない。
私自身、Japan as No.1の時代から、バブル崩壊直後くらいまで、欧米に居て、切った張ったのビジネスに明け暮れていたので、今回、引き続いて評価の高い旧ヨーロッパは勿論、フィンランドと北欧諸国、解放された東欧などは、遥かに、経済的に下位の国で、貧しささえ感じていた程だったが、失われた30年で、鳴かず飛ばずの日本が、これほど、悲惨な状態に落ちぶれたのかと思うと、実に悲しい。
成長成長で、快進撃していた時には、すべて隠れていた残滓が、停滞の一途を辿って下降を続けた不況下で、政治経済社会の制度が、時代の潮流にキャッチアップできずに、制度疲労を起こして、ポンコツ化して機能しなくなった時期に、一気に噴出したと言うことであろう。
総合評価はともかくとして、social support, freedom, trust and generosityの低評価は、日本の社会構造そのものが、棄損したと言うと言い過ぎであろうが、病的な状態にあると言っても過言ではなかろう。
日本に居て、どっぷりと日本の生活に慣れてしまうと、政府の福利厚生などの社会保障制度や、自由制度や社会や他者への信頼や寛大さなど、特に悪いとも思わないし、それ程、不満は感じられないのだが、世界的な水準から言えば、随分、劣っているのであろう。
私が、今、日本社会で、一番問題だと思っているのは、先進国でも最悪に近いと言われている貧困率の高さで、先日、TVで、15.7%だと報道していた。
給食代を払えない子供や学校に行けない子供が増えていると言う。
私が、小学生の時、貧しくて弁当を持って来れない友達がいて、皆が、弁当を食べている時に、運動場に出て遊んでいるのを見て、子供心に悲しい思いをした。
尤も、弁当と言っても、宝塚の田舎でさえ、多くは、麦飯に、梅干し一つの日の丸弁当で、アルマイトの蓋の真ん中に大きな穴が開いていたのだが、それでも、親は必死だった。
もう、あれから、80年以上も経ち、飽食の80年代も経験した日本で、悲惨な終戦後と同じような悲しい風景が現出している。
強者・富者しか眼中にないと思しき安倍内閣の能天気ぶりの政治の欠陥の一つは、この、益々、格差社会が進行して、貧困率の上昇とともに、生活の困窮した家庭が、悲惨な生活に喘いでいる状態にも拘わらず、何の有効な政策をも打っていないことである。実に悲しい。
時事が、「子どもの貧困、初の全国調査=来年度、統一指標で実施へ-政府」と報じているが、そんな悠長な話ではないのである。
消費税のアップなどと言う大衆課税ではなく、ほんの少し資産税をアップして、再分配すると言うのも一法であろうと思うが、
この貧困率対策の悲しい一点を評価して、2019年版の世界幸福度ランキングで、日本を58位にするのなら、私は、納得する。
さて、このWorld Happiness Report 2019は、130ページ以上の大冊。
昨年は、移民の動向を扱ったようだが、今回は、デジタル・テクノロジーなど、新しい潮流にも目を向けている。
興味深いのは、Happiness and Community: The Importance of Pro-Socialityにおいて、
Generosity (寛大さ)が、個々人のポジティブなコミュニティ参画や人間関係の構築を促し、その人々の向社会性が、人々の幸せを増進する。社会や人々の寛大さと幸福とは、強力なリンケージ関係があり、その存在を証明していると、社会の寛大なオープン性の重要性を強調している。
この点から言っても、日本は、都市化、東京一極集中が極端に進んでしまって、益々、個々人が孤立化して閉鎖社会へと進んでいるようで、我々が子供頃に普通に存在した人間としての温かい触れ合いのあった社会から遠ざかっていくのであろう。
寛容さが92位とは、殺伐たる昨今の異常な事件を思えば、慙愧に耐えない。
Happiness and Digital technologyでは、我々を取り巻く多くのコミュニティ、自分自身の生活指針、種種のコネクトなどを理解するためのデジタルテクノロジーについて、デジタルユースやソーシャルメディア、ビッグデータなどとの人間の幸福について分析していて面白い。
また、Addiction and Unhappiness in Americaで、レポーターの一人ジェフリー・サックス教授が、アメリカ社会に蔓延しているドラッグ、アルコール、食品、肥満、インターネット使用に対する異常な常用癖依存症に警告を発して、公費によるメンタルヘルス・サービスの早急なスケールアップと薬品会社や食品会社など関係機関の規制強化を提言している。
(追記)ウイルスバスターを迂回した強烈なWeb脅威のアタックがあったので、数日前のブログ記事を2編削除しました。
2019年版の世界幸福度ランキングは、フィンランドが2年連続トップで、日本は先進国で最低の58位、日本人が思うほど、日本は幸せな国ではないのである。
to support well-being: income, healthy life expectancy, social support, freedom, trust and generosity. の6項目を評価するのだが、
日本の評価は、1人当たりのGDPが24位、健康寿命は2位で、まずまずだが、social support, freedom, trust and generosityに至っては、汚職の無さ39位、社会的支援が50位、社会的自由64位、寛容さ92位で、目も当てられないような、惨状であり、文明国から程遠いと宣告されているようなものである。


尤も、私自身は、この評価方法なり、評価結果については、大いに疑問を感じていて、そのまま、鵜呑みにすべきではないと思っている。
例えば、コスタリカが12位で、メキシコ、チリ、グアテマラ、ブラジル、パナマなど中南米諸国の殆どの国が、日本より、遥かにランクが上だとは、信じられないし、UAE、カタール、サウジアラビアなどの中東諸国などにも、後れを取っているとは、どうしても思えない。
私自身、Japan as No.1の時代から、バブル崩壊直後くらいまで、欧米に居て、切った張ったのビジネスに明け暮れていたので、今回、引き続いて評価の高い旧ヨーロッパは勿論、フィンランドと北欧諸国、解放された東欧などは、遥かに、経済的に下位の国で、貧しささえ感じていた程だったが、失われた30年で、鳴かず飛ばずの日本が、これほど、悲惨な状態に落ちぶれたのかと思うと、実に悲しい。
成長成長で、快進撃していた時には、すべて隠れていた残滓が、停滞の一途を辿って下降を続けた不況下で、政治経済社会の制度が、時代の潮流にキャッチアップできずに、制度疲労を起こして、ポンコツ化して機能しなくなった時期に、一気に噴出したと言うことであろう。
総合評価はともかくとして、social support, freedom, trust and generosityの低評価は、日本の社会構造そのものが、棄損したと言うと言い過ぎであろうが、病的な状態にあると言っても過言ではなかろう。
日本に居て、どっぷりと日本の生活に慣れてしまうと、政府の福利厚生などの社会保障制度や、自由制度や社会や他者への信頼や寛大さなど、特に悪いとも思わないし、それ程、不満は感じられないのだが、世界的な水準から言えば、随分、劣っているのであろう。
私が、今、日本社会で、一番問題だと思っているのは、先進国でも最悪に近いと言われている貧困率の高さで、先日、TVで、15.7%だと報道していた。
給食代を払えない子供や学校に行けない子供が増えていると言う。
私が、小学生の時、貧しくて弁当を持って来れない友達がいて、皆が、弁当を食べている時に、運動場に出て遊んでいるのを見て、子供心に悲しい思いをした。
尤も、弁当と言っても、宝塚の田舎でさえ、多くは、麦飯に、梅干し一つの日の丸弁当で、アルマイトの蓋の真ん中に大きな穴が開いていたのだが、それでも、親は必死だった。
もう、あれから、80年以上も経ち、飽食の80年代も経験した日本で、悲惨な終戦後と同じような悲しい風景が現出している。
強者・富者しか眼中にないと思しき安倍内閣の能天気ぶりの政治の欠陥の一つは、この、益々、格差社会が進行して、貧困率の上昇とともに、生活の困窮した家庭が、悲惨な生活に喘いでいる状態にも拘わらず、何の有効な政策をも打っていないことである。実に悲しい。
時事が、「子どもの貧困、初の全国調査=来年度、統一指標で実施へ-政府」と報じているが、そんな悠長な話ではないのである。
消費税のアップなどと言う大衆課税ではなく、ほんの少し資産税をアップして、再分配すると言うのも一法であろうと思うが、
この貧困率対策の悲しい一点を評価して、2019年版の世界幸福度ランキングで、日本を58位にするのなら、私は、納得する。
さて、このWorld Happiness Report 2019は、130ページ以上の大冊。
昨年は、移民の動向を扱ったようだが、今回は、デジタル・テクノロジーなど、新しい潮流にも目を向けている。
興味深いのは、Happiness and Community: The Importance of Pro-Socialityにおいて、
Generosity (寛大さ)が、個々人のポジティブなコミュニティ参画や人間関係の構築を促し、その人々の向社会性が、人々の幸せを増進する。社会や人々の寛大さと幸福とは、強力なリンケージ関係があり、その存在を証明していると、社会の寛大なオープン性の重要性を強調している。
この点から言っても、日本は、都市化、東京一極集中が極端に進んでしまって、益々、個々人が孤立化して閉鎖社会へと進んでいるようで、我々が子供頃に普通に存在した人間としての温かい触れ合いのあった社会から遠ざかっていくのであろう。
寛容さが92位とは、殺伐たる昨今の異常な事件を思えば、慙愧に耐えない。
Happiness and Digital technologyでは、我々を取り巻く多くのコミュニティ、自分自身の生活指針、種種のコネクトなどを理解するためのデジタルテクノロジーについて、デジタルユースやソーシャルメディア、ビッグデータなどとの人間の幸福について分析していて面白い。
また、Addiction and Unhappiness in Americaで、レポーターの一人ジェフリー・サックス教授が、アメリカ社会に蔓延しているドラッグ、アルコール、食品、肥満、インターネット使用に対する異常な常用癖依存症に警告を発して、公費によるメンタルヘルス・サービスの早急なスケールアップと薬品会社や食品会社など関係機関の規制強化を提言している。
(追記)ウイルスバスターを迂回した強烈なWeb脅威のアタックがあったので、数日前のブログ記事を2編削除しました。